第2話 大典太光世

 天下五剣のうち、第一話で紹介した童子切安綱どうじぎりやすつながその筆頭にあることは、おそらくプロの刀剣鑑定家でも異論のないことであろう。

 問題はランキング二位の位置に、どの名刀を置くかである。

 いま増殖中といわれる刀剣女子なら、三日月宗近みかづきむねちかを選ぶ可能性が高い。なぜなら、宗近は限りなく美しいからだ。

 細身でりが高く、平安時代の太刀特有の優美な一振りであるに加えて、宗近の異名の由来となった独特の刃文は見る人の目をひきつけて離さない。刃の下半分、つまり刃縁はぶちにそって随所に三日月の刃文が見られるのだ。まさに稀有な名刀といえよう。

 仏門関係に造詣が深く、別して日蓮にちれん上人ファンなら、迷わず数珠丸恒次じゅずまるつねつぐを第二位、いやランキング筆頭にさえ選ぶかもしれない。

 というのも、数珠丸は日蓮上人が破邪顕正けんしょうの剣として佩刀したという、異色の一振りなのだ。

 鬼斬りの伝承がある皇室御物の宝剣鬼丸国綱おにまるくにつなも捨てがたい。

 さて、前置きが長くなったが、筆者としては、またしても独断と偏見により、大典太光世おおてんたみつよを迷いながらも名刀ランキング二位とする。

 大典太光世は、そもそも足利家の重宝として鬼丸国綱おにまるくにつな骨喰藤四郎ほねばみとうしろう大般若長光だいはんにゃながみつなどとともに、始祖の尊氏以後伝承されてきた。

 その後、足利幕府最後の将軍義昭よしあきから秀吉に譲られ、今日では加賀百万石前田家の文化遺産を保存管理する「前田育徳会いくとくかい」によって所蔵されている。

 では、なにゆえに、大典太光世は加賀前田家に渡ったのかというと、大まかに言って三つの説がある。

 一つ目は、慶長三年八月、死期を悟った秀吉が形見分けとして盟友前田利家に分け与えたというもの。

 二つ目は、備前中納言宇喜多うきた秀家に嫁いでいた利家の愛娘豪姫ごうひめ(秀吉養女)の病気平癒へいゆを、宝刀の霊力にすがって祈願するため、秀吉から借り受けて、結果、拝領となったという説である。

 最後の三つ目は、秀吉から直接利家に渡らず、まず徳川秀忠に渡り、前田家三代目の藩主利常が、長女亀鶴(秀忠養女)の病を治癒する目的で拝借したことから、前田家に渡ったという説である。

 結果としては、豪姫、亀鶴の両姫とも病が平癒したというから、大典太光世の霊力、おそるべしというところであろうか。

 無論、武用刀としての威力も抜群であったことも、二位に推した理由である。

 寛政四年、江戸千住の小塚原こづかっぱらで、徳川幕府の御様御用おためしごよう首斬り役の山田朝右衛門あさえもん吉睦よしむねは、大典太光世での試し斬りをつとめた。

 そのハイライトは、土壇場に積み重ねた罪人の死体による三つ胴試しである。朝右衛門が「えいっ!」と裂帛れっぱくの気合いを発して、太刀を振りおろすや、二体をスパッと両断し、三体目の背骨で止まったといわれている。

 天下の宝刀は、凄まじい剛刀でもあったのだ。 

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