第四幕
第1話
中華大国が
それが今、
数百の艦船群から1キロ北の位置に、横一線となるように展開している10隻の空母からは、エイ型のドローンが滑走路となる甲板に、一度に10機、格納庫から順次ゆっくりとエレベーターで姿を現す。
音もなくホバリングするように、ゆっくりと上空に浮遊すると一気に数百メートルの上空へ飛び立つ。その後、進路を
ドローンが飛行する上空から見下ろすと、
南征艦隊の中心となる旗艦『南海龍王』。
大きさで他の20隻の戦艦を軽く2周りは凌駕する。
全長300メートル、幅45メートル排水量9万トンを誇る翡翠色の装甲は、洋上の島を連想させる。
その旗艦『南海龍王』の艦橋。
南征艦隊を率いる提督が指揮する司令部は、重厚な調度品が飾り立てられた、扇状に広がる宴会場と呼称するのが相応しい空間となっている。
そこへ士官と思しき頑強な体躯の男が、急ぎ足でその場に足を踏み入れるも立ち止まる。漆黒に近い黒の軍服の胸元には、亀甲盾の前で直剣が十字に重なった勲章のブローチが輝いている。
小麦色に焼けた精悍な顔立ちが露になるよう、額を出るようにその黒髪をオールバックにしている。長い黒髪は、後ろに纏め白い紐で括り、背中に垂らしている。
正面に広がる横長のメインスクリーンに視線を向け、藍色の瞳を細める。
「
「沿岸部までの制海権、確保!」
「偵察ドローン群を展開し、哨戒に当たらせろ!」
「残存戦力、想定内です。上陸部隊による鎮圧開始します!」
「偵察ドローン群が収集した情報で、最適な行軍ルートの割り出し急げ!」
「遭遇戦発生時の、最適な戦闘エリアの選定急げ!」
「陸戦部隊を搭載した強襲揚陸艦を前面へ押し出せ!」
報告に対する指示がやり取りされた方向に目を見やると、オペレータ席が扇状の段々畑のように段差ごとに積み上がっており、喧噪に包まれている。
その様子を横目に、扇状に広がる空間の中央部へと歩を進める。
「
中心部に設置された重役椅子で葉巻を咥える、枯草色の軍服に身を包んだ小太りの男が目の前の気の弱そうな痩身の男に喚く様子が視界に入る。軍服の胸元には、いくつもの勲章のブローチが輝いている。病的なまでに白い肌と連動するかのように、黒の短髪に白がメッシュのように混ざっている。
「第二派の本格展開準備はどうなっている!?」
「……現在、確認「第一波で切り崩した前線固定のため、先遣隊を先行させています。」」
小太りの男の怒声の後に続く、気の弱そうな痩身の男の報告を遮り、頑強な体躯の士官が歩を進めながら応じる。背中に垂らしている黒髪が、まるで尻尾のように横に揺れている。
「……こ、これは……李特尉……」
小太りの男は、慌てて手に持つ葉巻を重役席横の肘掛にある灰皿へ置くと目尻を下げ、もみ手をする。
気の弱そうな痩身の男は、李特尉を見ると一瞬くすんだ碧眼を大きく見開く。
が、直ぐ手元の黒のクリップボードに視線を落とし、所在無さげにクリップボード上の報告書を捲る。小太りの男と同じく枯草色の軍服に身を包むも、胸元には勲章は1つも輝いていない。
李特尉は、小太りな男の前で歩みを止めると踵を鳴らして敬礼をする。
精悍な表情を崩さず、底光りする眼光を陳に向ける。
大柄な体躯を包む漆黒に近い黒の軍服の胸元には、亀甲盾の前で直剣が十字に重なった勲章のブローチが輝いている。
「陳提督。我が国が誇る試作型
「……な、なるほど!それは頼もしいですな。……我が国の新鋭機群を先行させるのは……」
「老師の指示で動いております。」
探るような陳提督の表情に、李特尉は威圧するかのような表情で応答する。
「……老師の……指示……」
「
李大尉の言葉に、陳提督の片方の眉がピクリと動く。
「ま、待たれよ。そのような指示、私は聞いては「試作機動特務大隊は、
李特尉は、そう言うと右腕を胸元で横に構え輝く勲章を強調する。
陳提督は、亀甲盾の前で直剣が十字に重なった勲章のブローチを苦虫を嚙み潰したような表情で凝視する。
「……
「ご理解いただけたようで感謝いたします。」
「……老師の御裁可……なればな……」
陳提督は苦虫を嚙み潰したような表情のまま、敬礼する李特尉から気の弱そうな痩身の男に視線を向ける。
「李大佐……
李大佐と呼ばれた気の弱そうな瘦身の男は、ぼそぼそとした口に籠るような声音で銀縁の眼鏡フレームを触りながら手元の黒のクリップボード上の報告書を読み上げる。
「……既に段階的に第二派の本格展開を進めるよう指示……しており……李特尉の御采配により前線固定が成った暁には……」
気の弱そうな痩身の男が報告する声を遮るようにオペレータが、焦った声音で報告する。
「せ、先行する『
オペレータの報告に陳提督は、一瞬、間の抜けた表情を浮かべ李大佐はギョッとする。
李特尉は、ほうと少し驚いた表情を浮かべる。
「ぜ、全滅だと!?」
「……はい。」
暫しの沈黙。
時間にして数秒であろう沈黙は、陳提督によってやおら破られる。
「前線を固定化のために先遣した……わ、我が軍の精鋭が操る100機の
「哨戒ドローン群を交戦区域へ展開し、収集情報をメインスクリーンへ!敵戦力を確認したい。」
一人喚く陳提督を横目に、李特尉はオペレーターへ指示を出す。
オペレータは李特尉の胸元の勲章に、一瞬、視線を向けた後、コンソールを操作する。
「哨戒ドローン群、一部を前線固定予定区域へ展開します。」
「哨戒ドローン群からの情報をリアルタイムでスクリーニング処理します。」
「おい!位置情報ずれてるぞ!
「相関分析結果も反映しろ!」
「交戦区域の情報、正面のメインスクリーンに表示します。」
オペレータ達のやりとりを経て、司令部正面のメインスクリーン上に、戦場となった
李特尉は、表示された結果に眉を顰め、眼光を鋭くする。
「……に、2機の……よう……です」
数秒の沈黙の間を置いて、報告を行ったオペレータは、何とか言葉を絞り出す。
「な……な……なにっ!?」
聞き間違いを確認するかのように、陳提督が聞き返す。
「て、敵戦力……に、2機の
「た、たった……たった2機の……
唖然としている陳提督へ、李大佐が恐る恐る進言する。
「閣下……恐らく報告にあった『
「き、聞いておらんぞ……プ、『
慌てふためき醜態をさらす陳提督からオペレータは、目を逸らす。
逸らした視線の先に、露西亜連邦の識別信号を発する青いポイントが3つ出現する。
「……新たな機影3つ出現しました!」
「あ、新手か?」
「い、いえ!……識別信号を見る限り、これは露西亜連邦の……友軍の反応です!」
「……情報収集を急がせろ!」
オペレータと陳提督のやり取りを横目に、李特尉は陳提督に敬礼をする。
「戦況の推移が予断を許さないため、
陳提督が、李特尉の言葉に振り向くも、既に司令部の出口へ向かって歩み去った後だった。
「……老師の……虎の威を借る駄犬め!」
にこやかだった表情は、李特尉の後ろ姿を見続けている中で徐々に無表情になり、次第に般若の如く怒りの表情へと変わる。李特尉の小さくなりつつある背中を視線で射殺さんばかりに睨みつける。嫉妬の混ざった粘着な視線と共に。
◇◆◇
「……相も変わらず……威張り腐った豚めが……」
精悍な表情を忌々し気に顰め、漆黒に近い黒の軍服に包む大柄な体躯を怒らせて司令部となる艦橋から格納庫へ向かうエレベーターに乗り込む。
背中に垂らしている長い黒髪が、ふわりと揺らめく。
途中、見慣れぬ軍服にすれ違う士官達は怪訝な表情を見せるが、李特尉の胸元に輝く亀甲盾の前で直剣が十字に重なった勲章のブローチを見るや慌てて直立不動の姿勢を取り敬礼する。
乾いた電子音の後、格納庫へ到着したエレベーターの扉が開く。
エレベーターの扉の向こうには、細身で華奢な身体を漆黒に近い黒の軍服に包む麗美な女性が視界に入る。後ろに手を組み、格納庫のハンガーに固定された漆黒の
横顔の整った輪郭にドキリとする。
エレベーターから格納庫へ歩を進めると鳴るカツカツという乾音に美麗な女性がこちらを振り向く。艶やかな光を湛えた黒い瞳がこちらをとらえ微笑する。陶磁器のような白い肌に控えめな紅で彩られた唇が何処かなまめかしい。
華奢な身体を包む漆黒に近い黒の軍服の胸元には、亀甲盾の前で直剣が十字に重なった勲章のブローチが輝いている。
一瞬、驚いた表情をした後、クスクスと口元を押さえ破顔する。
「……ご機嫌斜めですね。李特尉?」
目尻に抑えがながら目を細める女性を見やり李特尉は苦笑する。
「……趙特尉……醜悪な豚と会話をすれば、吐き気もしよう。」
「……お父様もご一緒でしたでしょうに。職務の範囲でも少し、お話になられたので?」
「……李大佐は、軍務中であった……」
目を逸らし不機嫌になる李特尉をみやり、女性は、呆れた表情を浮かべる。
「まあ……
「……改善の必要性は理解してはいる。だが、不甲斐ない父を目の当たりにするとな……」
「前回も同じことを仰ってましたよ。お父様の御振舞は、処世術ですよ?」
「だから……善処すると……」
じぃっと上目遣いで見つめる趙特尉に李特尉が、嘆息する。
「……判った……後で李大佐には、プライベートメールを送っておく」
「はい。それでいいのです。親子なのですから。」
髪をかき上げ微笑する趙特尉の美貌に一瞬、目を奪われそうになり、視線を格納庫へ移動させる。
格納庫中央部のハンガーに固定された、整備中の重装甲の漆黒の
他のハンガーに固定されている他の
李特尉は、司令部でのやり取りを思い出し、思案気な表情を浮かべる。
「……趙特尉。我々は一旦、後方の
「まあ……前線の固定化は『
李特尉の言葉に、趙特尉は表情を明るくする。
「いや……全滅した。」
「……は?」
予想外の返答に、趙特尉の表情が固まる。
「
「D装備をッ!?……1個師団を殲滅するための兵装ですよ!過剰戦力すぎます!」
「……過剰ではない可能性がある。」
「……それほどの大戦力を
探るように目を細める趙特大尉の黒い瞳を、碧眼で見つめ返す。
「いや……相手は『
「えッ……『
呆然とする趙特尉に近づくと、ハンガーに固定されている重装甲の漆黒の
「……ここでどのような決断をするかが分水嶺……そう思えてならない。」
「……老師はこの事態を予測しておられたのでしょうか……」
李特尉と趙特尉は、連れ立って漆黒の
「……わからん……が、我々は我々が出来ることを遂行するのみだ。」
「……そう……ですね。」
ゆっくりと近づく胸部ハッチ前でカーゴが止まる。
カーゴから胸部ハッチに飛び移ると、李特尉は趙特尉の手を取りコックピットに乗り込む。
李特尉は、複座となっているリクライニングシートの前の席に座るとコントロールパネルを操作する。スタンバイ状態から稼働状態へ移行する振動音がリクライニングシートから身体で感じる。
全天周囲モニターが外の格納庫の映像を映し出す。
趙特尉は、複座となっているリクライニングシートの後ろの席に座り、コントロールパネルを操作する。胸部ハッチが閉じる。
全天周囲モニターに映る作業員や物資が格納されているコンテナが、赤い正方形に囲まれる。
『脅威判定:Low』
判定結果が赤い正方形の中に表示されると、白い正方形に変わり、消える。
「周囲の脅威判定、問題ありません。ハンガーよりリフトオフします。」
リクライニングシートの後ろの席から趙特尉の声が聞こえる。
李特尉は、ハンガーのロックが外れたことをコンソール上の表示で確認すると、
「
漆黒の
音もなくカタパルトデッキからゆっくりと浮かび上がる。
徐々に速度を増すと、一気に数百メートル上空へと飛び立つ。
全天周囲モニターの斜め下に、横一線で展開する空母が視界に入る。
その中でも、2回り大きな赤茶けた装甲の空母の方へゆっくりと降下していく。
空母の甲板には、エイ型のドローンが引っ切り無しに格納庫のエレベーターから現れては、ゆっくりと上空へ飛び立つ。
ドローンが出現する場所から離れた、甲板の一画に円形のサークルのような光が点灯すると、一定間隔でゆっくりと点滅を繰り返す。
「
「リンクした。
「……過剰な兵装に思うのですが……」
「敵はEU最大の
「……」
「なに。ロールアウトしたばかりとはいえ
「……出し惜しみ無しで、対処しないといけませんわね。」
思案気な、趙特尉は油断のなくコンソールに表示される
「兵装のチューニングは、任せる。」
「任されましたわ。李特尉の戦術に合わせてたチューニングを行いますわね。」
気が付くと、円形のサークルのような光が点灯する甲板上に着地していた。
甲板上を誘導するランプが点滅し出す。
「……いずれにしても、老師の指示が最優先だな。」
「……そうですね。」
趙特尉は相槌を打つと、不明瞭な未来を憂うかのように瞳を閉じ嘆息した。
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