第4話
整備用ドッグとして利用されている高さ40メートルの巨大な空間の中央部に、この空間を支える幅5メートルほどの円柱が天井までそびえ立っている。
その円柱の上部、3メートル幅を帯のように曲面ディスプレイがはめ込まれている。6面に分割された画面には
唐突に6面すべての画面上に、大柄の角刈りの男の姿が映し出される。白を基調とした軍服に身を包んでいるが、筋骨隆々の胸板は歴戦の兵士を彷彿とさせる。
背景に、合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルンの象徴となっている青の正12角形の中に、翡翠色の円の描かれたシンボルが映し出されている。
『住民の皆さん、初めまして。私は、『
久世司令の野太い声による第1声に、整備用ドッグにいる作業員達は作業を止め、スクリーンに視線を向ける。
『まず、皆さんへのご報告が遅くなったことをお詫び申し上げます。』
一礼の後、正面を向いた久世司令が続ける。
『現在、ここ人工幻夢大陸ネオ・アトランティカは、未曾有の危機に直面しております。』
そこで言葉を区切る。口を開こうとするも、逡巡するかのように閉じる。
『……』
その様子に、作業員達は興味をなくし作業に戻っていく。
「……えっと……」
スーツ姿の黒髪のあどけない顔立ちの青年は、その光景に戸惑いの表情を浮かべる。
「塁君……僕たちは新情報が発表されない限り、いちいち反応しないんだよ。」
クリーム色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの濃藍色のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性が苦笑いを浮かべている。
「……久間さんは既にご存知とのことでしたからリアクションが薄いのは分かるんですが、他の方も既にご存じの情報なんですね……」
『……先刻、『原国家体制連盟フェストゥーン』より『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』に対して宣戦布告がなされました。』
「情報おせーよ。」
「戦端が開かれてから大分、時間経ってんじゃん。」
「……どうせ正規軍は、何もできないんだろ……」
聞こえてくる作業員達の声に、塁は、困ったように久間を見やる。
久間は、肩を竦める。
『宣戦布告と併せ、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカに対し、中華大国と露西亜連邦の連合軍による侵攻が開始されました。既に、北部のオーストラリア、ベトナム、ブルネイの軍管特区は『
「軍管特区だけで済むわけないじゃん!」
「……また情報隠してるぜ……どうしようもないね。」
「どうせ政府高官のお偉いさんは、既に第3国へ高飛びしてんだろ?」
続く久世司令の言葉に、作業員達は、口々に冷笑を浮かべる。
『この侵攻に大義がないのは自明ですが、軍による本格的な反攻作戦を開始するにあたり、住民の皆様へお願いがございます。どうか、最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。決して、戦闘行為が終了するまで、シェルターの外へ出ないでください。』
「住民用の避難シェルター増設の予算措置、昨日の議会で却下されたって報道されてなかったか?」
「お偉いさんは現実が分かってないね。結局、住民は見殺しかぁ……」
「10年前、『
『繰り返します。住民の皆様は、最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。決して、戦闘行為が終了するまで、シェルターの外へ出ないでください。』
「……中華大国と露西亜連邦が
傍に立つ久間が呟く昏い声音に、塁はビクリと身を震わせる。
久世司令は住民の避難を促す言葉を繰り返すと、画面が合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルンの象徴となっている青の正12角形の中に翡翠色の円の描かれたシンボルが映し出されたものに切り替わる。
「で、結局……住民置いてけぼりかぁ……ある意味凄いな……」
「まあ、いつものこったな。」
「あ、久間さん!……俺ら結局、何するの?」
ハンガーに固定された
「小林君か……あとで作戦共有するけど、端的に言うと
歯切れが悪そうな久間を、塁が不思議そうに見つめる。
「あれ?陸戦用の
「パイロットがいないからね……」
「ああ……ケイ達は、今、日本国へ遠征に行っているんだっけ。」
ツナギ姿の小林が、合点がいったとばかりに頷く。
「
「あれ……修復って結構、時間かかる作業じゃなかった?」
「……思いのほか、早く終わったんだよね……」
「……久間さん、また何かしたでしょ?」
「……修復用
小林がジト目で見るも、久間はさっと目を逸らす。
「……ふーん……
「……」
笑いをかみ殺しながら、小林は視線を塁に向ける。
「……で、もしかして彼が噂のバイト君?」
「えッ?……噂ですか?」
突然、話をふられた塁は、面喰いながら小林を見る。
「そう。
「あ、はい。アルバイトで関与させてもらってますが……」
塁は、不思議そうな表情を浮かべる。
「今まで、誰も
「……役にたったなら良かったです。」
塁は、はにかむような笑みで応える。
小林の用件が終わったのを確認して、久間が塁に視線を向ける。
「塁君は、丁度調整中の機体のコックピット周りの整備を手伝ってくれると嬉しいな。」
「はい……わかりました。」
◇◆◇
◆◇◆◇
「檜山君、作業着はどうかな?」
「……着なれてないので、少し動きにくいですが、作業に支障はなさそうです。久間さん。」
塁は、少し大きめの作業着を、袖を折り返しながら微調整する。
「なら良かったよ……調整をお願いしたいのは、あの機体なんだ。」
久間が指さす先を見ると、整備用ドッグの奥まった場所に設置されたハンガーが視界に入る。
「あの機体……確か
言いかけて、夢で見た一振りの美しい刀の姿が脳裏を過ぎる。
刀身に刻まれた、光を放つ角と翼をもつ四本脚の獣――麒麟の紋様。
『我へと至る扉――今は眠りし大天使へと至れ――』
ドクン ドクン ドクン
近づくにつれ、動悸が早くなる。
「型式名『TAT-X-005』……コードネーム『ライトセイバー』。さっき話題に出した『
久間さんの声が、耳鳴りがしている時のように何処か遠くから聞こえてる。
久間は、機体手前に設置されたカーゴへ塁を連れて乗り込む。
カーゴの手すりに備え付けられているコンソールを操作する。
空いている胸部ハッチの手前へ移動する。
「……
久間に促された塁はコックピットに乗り込む。
前方のリクライニングシートの前面にあるコンソールパネルを確認しながら腰かける。
慣れた手つきで全天周囲モニターの電源を入れる。
全天周囲モニターに映る作業員や物資が格納されているコンテナが、赤い正方形に囲まれる。
『脅威判定:測定不能』
ビープ音と共に判定結果が赤い正方形の中に表示されると、点滅を繰り返す。
けたたましく鳴り響くビープ音に、塁は、驚きの表情を浮かべ固まる。
久間は、苦笑いを浮かべながら、塁が腰かけるリクライニングシート前面のコンソールパネルを操作する。
全天周囲モニターに映る赤い正方形が消え、合わせてビープ音も消える。
「……追加兵装のBオプションの火器管制の調整がまだ終わっていないんだよ……」
「なるほど……コックピット周りの調整ってこのことだったんですね。」
「操縦系は問題ないのだけど、追加兵装への換装と併せて後方のリクライニングシート……つまりオプションオフィサーの操作系を何とかする必要があるんだよ。」
久間の説明を聞きながら、塁は前席のコンソールを操作して、後席とのコミュニケーションシステムのウィンドウを全天周囲モニターの右前方に表示させる。
表示されたウィンドウを埋め尽くすように次々と流れるエラーメッセージに顔を引き攣らせる。
「これは……使い物にするの大変そうですね……」
「
「あー……まあ、バイトの時にお手伝いしたデバッグ作業と比べたら、マシだと思いますが……ちょっと時間ください……」
「ありがとう!じゃあ、頼むね!」
久間の笑顔に、嘆息するもコンソールを操作して複座の制御システムの調整用に別のウィンドウを全天周囲モニターの左側に表示させる。
制御パラメータを表示させたウインドウに視線を向けると、その向こう側に、整備中の
「……あの機体、これから戦闘なんですか?」
「まあね。侵攻してくる敵
「足止め……ですか?」
「うん。シュエルターに、まだ避難出来ていない住民が結構多いみたいでね。」
「あの……さっき整備員達が言ってた……その住民全員分のシェルターって足りているんですか?」
「足りてないみたいだね……」
「臨時の……その、企業が保有している地下シェルターを借り上げて避難誘導するとか、やりようがあると思うんですが……」
「……やらないのではなくて、できないみたいだよ。」
「えっ!?……できないってどういうことですか。」
怪訝な表情を浮かべる檜山に、久間は肩をすくめる。
「久世司令によると、これまでも中華大国と露西亜連邦の脅威を説いて住民用シェルターの建設や、企業が保有する地下シェルターを借り上げるための予算申請をしたらしんだ……」
「申請はしているんですね!」
「うん。ただ、『
「……それって……じゃあ、今、避難できない人達は……」
塁は、表情を曇らせる。
「助けようがないね……僕たち『
久間の言葉に、塁は視線をリクライニングシートの前のコンソールまで下げる。
「……『俺に力があれば、助けられるのに』って考えてないかい?」
久間の言葉に、はっと視線を上げる。
「勘違いしてはいけないよ。今、塁君は僕ら『
「……」
「僕らは、僕らができることを積み上げることしかできないんだ。」
何処か自分に言い聞かせるように話す久間に視線を向け、口を開くも言葉が見つからず閉じる。
なんとなく、塁は視線をリクライニングシートの前のコンソールまで下げる。
「……わかりました。俺ができること、手伝わせてください。」
塁の言葉に、久間は微笑を浮かべ、頷いた。
「ああ……それとこの機体は、起動できる人が限られているんだ。」
「えっと……限られているってどういうことですか?」
「起動キーとして、生体情報を登録したパイロットのみが起動できるんだよ。」
「なるほど……」
「コントロールパネルの『Activation』タブで表示した認証画面の認証が通らないと起動しないから。」
そう言うと、前面のコントロールパネルの『Activation』タブをタップする。
表示された画面を右手の掌でディスプレイに触れる。
5本の指を乗せた画面上に5つの円が表示され指紋をスキャンする。
5つの円がランダムで濃赤色に変わり、画面上部に『Authentication : NG』の文字が表示される。
「こんな感じだよ。だからあまり気にせず整備してくれていいからね。」
「あ、はい……あの……」
「うん?」
「試しにやってみてもいいですか?こういう認証デバイス見るの初めてなので……」
「ああ、いいよ。」
久間が再度コントロールパネルの『Activation』タブをタップする。
表示された画面へ、塁は恐る恐る右手を伸ばす。
右の掌でディスプレイに触れる。
5本の指を乗せた画面上に5つの円が表示され指紋をスキャンする。
5つの円がランダムで濃赤色に変わり、画面上部に『Authentication : NG』の文字が表示される。
「なるほど……確かに起動できないですね。」
どこかホッとしながら右の掌をディスプレイから離そうとした。
『我へと至る扉――今は眠りし大天使へと至れ――』
ズキンッ!
胸に鈍い痛みが走った。
「ぐッ!」
同時に、全天周囲モニターのとコントロールパネルの画面にノイズが走る。
全天周囲モニターの上部にポップアップメッセージが表示された。
『Code:99999 Krishna system is Activated ... updating phase start ...』
鈍い軌道音と共に全天周囲モニターが薄い朱色に染まっていく。
そして『in process』というラベルの付いたサブウィンドウが無数に表示される。
「こ……これは……」
久間が慌てながら、全天周囲モニターの至るところに表示された『in process』というラベルの付いたサブウィンドウに流れ出したメッセージを確認する。
塁は、突然のことに目を見開く。
「『ライトセイバー』の制御OSが自動駆動している……のか……」
久間は呟いたとき、塁が悲鳴を上げる。
「……ぐっ……うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「塁君ッ!?……どうし……」
ふと塁が右の掌を乗せているディスプレイを見やる。
5本の指を乗せた画面上に5つの円が表示され指紋を再スキャンする。
5つの円がランダムで濃緑色に変わり、画面上部に『Authentication : OK』の文字が表示される。
「認証された!?」
すると全天周囲モニターの至るところに表示された『in process』というラベルの付いたサブウィンドウが次々と消えていく。
そして、ポップアップメッセージが表示された。
『Krishna system ver 1.1 updated phase is completed.』
同時に、塁が意識を失いリクライニングシートに倒れ込む。
「塁君!?」
慌てて後方のリクライニングシートに倒れ込む塁に近寄る。
びっしょりと汗をかいた塁の胸部が静かに上下しているのを確認する。
「……息はしているか……しかし一体、何が……」
言いかけた時、全天周囲モニターにノイズが走る。
次の瞬間、角と翼をもつ四本脚の獣――麒麟が表示されたサブウィンドウが開く。
「何ッ!?」
久間は驚愕の表情を浮かべる。
『……クマラよ……覚醒した真実の鍵を我の下へ……』
抑揚のない電子音がコックピット内に響く。
直後、久間が今まで見せたことのない憎しみの表情を浮かべ叫ぶ。
「『覚醒した真実の鍵』だと!?……何を言っている!バアル!」
『覚醒した真実の鍵を通じて力を与えた……降りかかる火の粉を払い我の下へ……』
直後、サブウィンドウが開き3対6枚の翼を持つ白い天使の
[Active Weapon]
Homing Wing Shot 10000 / 10000
[Deactivate Weapon]
Wing Shot 300000 / 300000
「これは……殲滅戦用の兵装へ拡張したのか……」
『クマラよ……覚醒した真実の鍵を我が元へ……』
抑揚のない電子音が再びコックピット内に響く。
直後、角と翼をもつ四本脚の獣――麒麟が表示されたサブウィンドウが閉じる。
久間は、表情のない黒い瞳を気絶している塁を向け、感情の無い声で独り言ちる。
「……バアル……この『真実の鍵』は俺のものだ……」
◇◆◇
◆◇◆◇
全天周囲モニター上部は、雲1つなく広がる蒼天の空が映し出されている。
「この空の下で、のんびり過ごしたいもんだね。」
ぼんやりと上げた視線に映る空を眺めながら、独り言ちる。
『おいおい。何を現実逃避してるんだ?今は戦闘中だぞ。クロノ。』
前方のモニター右下に『Sound Only』と表記されたサブウインドウから呆れた男性の声が聞こえる。
「……っていってもさ……あんまり……というか……ほとんどやることないし。」
不貞腐れたような声音で、『Sound Only』と表記されたサブウインドウに応答し視線を下げる。
レーサーのつなぎ服に似た黒いパイロットスーツ姿で全天周囲リニアシートに片肘をつきながら、全天周囲モニター越しに僚機が構えるライフルから紫白色の閃光が間断なく雲霞の如く迫るエイ型のドローンに打ち込まれる様を眺める。黒いフルフェイスのヘルメットに紫白色の閃光が映る。
前面に表示されているサブモニターの左部に、『Auto Shooting Mode Activated』という文字が点滅している。
サブモニターには地平線から迫るエイ型ドローンの群れにターゲティングされた無数の赤枠の中に数字が表示されている。表示された数字の順番にターゲティングの赤枠に向けて紫白色の閃光か打ち込まれていく。
数発の紫白色の閃光が撃ち込まれると、赤枠の中の数字が『killed』という文字に変わると赤枠が消える。その度にターゲティングの赤枠内の数字が更新される。
『まあ……このまま放っておいても、勝手に戦闘が終わるからな』
「……こいつら、
『降りかかる火の粉は払うって方針だからな』
「大神さんらしいと言えば、らしいね。」
『今更、
「散々、策定した防衛計画を提案したのを『不要』と判断したのは、『
『こちとら、慈善事業じゃないからな。オペレーション・サンライズを策定した北米連合は、危機感を持っていたから俺達は、支援する意味を見いだしてるが……』
「オペレーション・サンライズ発動時に、中華大国と露西亜連邦が
『どんな感じと言われてもな……自動迎撃しているだけだから、どう反応していいか分からん』
「あはは。ごめんごめん……確かに、ここまで自動化されてしまっていると逆につまらないね……せっかく
『……ま、いずれにせよ退屈ではあるわな……』
誰かのあくび混じりの声が聞こえると、苦笑する息遣いが複数聞こえた。
と、正面のサブモニターに、突然、青いターゲティングが2つ表示される。
「何だ……」
黒いヘルメットのバイザー越しに怪訝な表情を浮かべる。
『おいおい……ありゃ『
「……『
『共有された作戦計画書を見る限り、俺たちの支援無しでやるんだろ?』
「というかこのままだと、こちらの射線上に友軍が到達するんじゃない?」
『……いや……僚機の識別コードが付与されているから、誤射はないはずだ……』
「俺達には、傍観者でいろってことか……」
『たった2機だが……
「そりゃ言えてるね」
『Sound Only』と表示されたサブウィンドウから複数の嗤い声がこだます。
全方位周囲モニターで囲まれたコックピット内にこだます嗤い声へ、クロノは苦笑を浮かべながら前面のコンソールを操作する。
『Zoom 300%』というラベルのついたサブウインドウが表示させる。
「さて……お手並み拝見ってところか……」
クロノは、胸の前で腕を組むと、中華大国の新型と思われる黒いマントのような装甲の人型
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