第3話

 司令部前方のメインスクリーンにリアルタイムで表示された部隊の展開状況が動き出す。人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ北部の各軍管特区に配置された部隊を示す数十の青のブロックアイコン表示が灰色に変わる。

 赤いブロックアイコンが灰色のアイコンを超えて移動を開始する。赤いブロックアイコンが北部のオーストラリア、ベトナム、ブルネイの各国行政区画がある場所へ到達する。

 

 「……人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ北部のオーストラリア、ベトナム、ブルネイの軍管特区、沈黙しました……中華大国と露西亜連邦の部隊、行政区画に到達した模様。」


「なんだと!?こちらの増援は、何をやっている!」


 オペレーターからの報告に対して、大柄の角刈りの男が野太い声で確認をする。

 白を基調とした軍服に身を包んでいるものの、筋骨隆々の胸板は歴戦の兵士を彷彿とさせる。


「……全滅した模様です……」


「……」


「く、久世司令……ご指示を……」


 真っ青になったオペレータの縋るような視線を前に、久世司令は絶句する。

 気まずい沈黙を破るように、白を基調とした軍服に身を包んだスキンヘッドの偉丈夫が報告する。

 

「久世司令……監視映像を解析した結果、中華大国と露西亜連邦所属と思われる無人機ドローン数十機により無力化された模様です。」


 思考停止していた久世司令は、その報告に視線をスキンヘッドの偉丈夫に移す。


「……増援含めてか?」


「……はい」


 そうかとつづけて、久世司令は思案気にメインスクリーンを見やる。

 人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの北部海上には、赤のブロックアイコンで埋め尽くされている。赤のブロックアイコンが徐々に左右に広がり、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカを取り囲むように、画面の下方向へ移動し始める。


「高山少佐……先般開催された『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』の緊急会合の結果はどうなった?」


「『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの戦力を適宜活用した上で、臨機応変に『原国家体制連盟フェストゥーン』からの侵攻を撃退することを期待する』、以上です。」


 高山少佐は、左手の報告書を震えながら持つと、悔しそうな表情で歯を食いしばる。右手は真っ白になるほど握りしめている。

 

「……増援はなしか……」


 久世司令は、そこで言葉を区切るとメインスクリーン上で、徐々に人工幻夢大陸ネオ・アトランティカを取り囲むかのように動く赤いブロックアイコンを眺めたまま高山少佐へ確認をする。

 

「……念のため確認だが……『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの戦力をで』との文言が含まれているのだな?」


「はい……ただし、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの他国の軍管特区の残存戦力ですが、各国の大使館より中華大国と露西亜連邦所属の強襲揚陸艦の接近に対処するため、こちらへ戦力を割くことはできないと回答があり……」


 久世司令が見つめるメインスクリーン上では、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ北部3軍管特区に隣接するカナダと北米連合の軍管特区付近で赤いブロックアイコンの動きが止まる。

 

「……軍官特区の戦力は期待できんか……増援が全滅した結果、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの保有戦力は司令部の防衛にあたっているものだけか……」


 淡々と状況を述べる久世司令に、司令部のオペレーター達が不安そうな視線を向ける。久世司令は、腕組を組むと目を閉じる。


 久世司令の現状分析を受けて、言いづらそうな表情を浮かべるも、高山少佐は報告をする。

 

「……ご認識の通りです。司令……」


 高山少佐の報告を受け、久世司令は目を開けると、組んでいた腕を解く。


「……判った……では、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカのまだ動かせる戦力を当てにできるか確認をすべきだな……」


「ッ!?……まだ動かせる戦力ですか?」


「……幸い、現在、カナダと北米連合の軍管特区が踏ん張ってくれている。今のうちに次善策を検討し、状況に対する対策前進を図る。セトニクス・エレクトロニクスの大神CEOにホットラインを。」


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


「……幸い、現在、カナダと北米連合の軍管特区が踏ん張ってくれている。今のうちに次善策を検討し、状況に対する対策前進を図る。セトニクス・エレクトロニクスの大神CEOにホットラインを。」


 久世司令の指示に、高山少佐は怪訝な表情を浮かべる。

 

「……セトニクス・エレクトロニクス……ですか?」


「そうだ。時間がない。メインスクリーンに回してくれ」


「確か機動兵器アーム・ムーバーの駆動系の部品メーカーだったはずでは?」

 

「表向きはな……」


「……表向き?」


 久世司令の言葉に、高山少佐は眉を顰める。

 続けて確認しようと口を開くも、オペレーターの報告に遮られる。

 

「セトニクス・エレクトロニクス側とオンライン、繋がりました。メインスクリーンに回します。」


 オペレーターの操作により司令部のメインスクリーンに、サブウインドウが表示される。サブウインドウ上部には『Emergency Conference (hard encrypted)』というラベルが表示されている。

 

 サブウインドウには、重役椅子に腰かける黒スーツの美丈夫が映し出される。肩まである艶のある黒髪、強烈な意思の光を湛える黒い瞳は、底冷えする程に冷たい切れ長の眼差しと相まって、眼前の相手を射すくめると同時に威圧するかのようだ。


 男の姿を見た司令部のオペレーター達は、思わず息を呑み、呼吸をするのを忘れたかのように動きを止める。高山少佐もサブウインドウを凝視しながら射すくめられたかのように動きを止めている。


「……久しいな。大神。10年ぶりか。」


 久世司令は、ただ一人平静を保ちながら言葉を発する。

 

「久世か。相変わらず、後手にまわっているようだな。」


 大神の鼻で嗤うような物言いに、激高した高山少佐が威圧された状態を振りほどき割って入ろうとするが、久世司令は片手でそれを制止する。


「何分、腰の重い国家元首魑魅魍魎共の相手をせにゃならんのでな……先手を取りたくとも足かせが付いた状態ではままならんよ。」


 大神は、フンと嗤うと底冷えする声を発する。


「……で。何の用だ。」


「助力を頼みたい。」


 大神を睨みつけるかのように見つめながら、久世司令は、間髪入れず用件を伝える。


「……10年前の焼き直しだな。」


「まったくだ……で、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカに投入可能な戦力残存しているか?」


「……現状だと『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』の蒼虎騎兵アジュール・アーム2機のみだな。」


「……『漆黒の兵団エル・シュラウド』が北米連合のオペレーション・サンライズに関与すると聞いた。北米連合の軍管特区に配置した戦力があれば……」


「我々も、生憎と暇ではない。」


 久世司令の言葉を遮るように大神が、冷たい声で切り捨てる。


「……是非もなしか……」


「降りかかる火の粉は払う。要請があったことは伝えるが指揮官は、勇者ケイ=アルマナの弟だ。期待するな。」


「……そうか……」


 苦悶するような表情を浮かべる久世司令に大神は、さらに冷たい眼差しと声でつづける。


「多少、時間を稼げれば、遠征中の『白の勇士団バリアント・ブリゲイド』の主力部隊が帰還するタイミングで挟撃が期待できる程度だな。」

 

「……期待か……」


 渋面になる久世司令を冷笑するかのように大神は続ける。


「……生憎と、お前たちの苦境に手を貸したお人好しケイ=アルマナは、10年前、『ミッドウェーの奇跡』と引き換えに死んでいる。諦めろ。」


「……勇者ケイ=アルマナはもう居ないのだったな……」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる久世司令に大神は、ぞっとするような冷たい眼差しを向ける。


「10年前同様、久間を頼ることだ。『漆黒の兵団エル・シュラウド』は関与しない。」


 それだけ言うと、メインスクリーンがブラックアウトする。


「……つ、通信……先方より遮断されました。」


「く、久世司令!……な、何なのですか!あれは!」


 久世司令は、物凄い剣幕で食って掛かる高山少佐を一瞥すると、嘆息する。


「……セトニクス・エレクトロニクス現CEOにして、SSSランク・ハンタークラン、最強と謳われている『漆黒の兵団エル・シュラウド』の団長だ。」


「ッ!?」


 予想外の返答に高山少佐は言葉を出せず、ぱくぱくと口を動かす。


には、最早、我々を救う理由がないのだよ。」

 

「理由!?……理由ならあるでしょう!人工幻夢大陸ネオ・アトランティカに住まう人々の生命と財産を守るという崇高な理由が!」


は、我々の義務であって、あれにとってはだ。」


「……」


 久世司令の言葉に、高山少佐は二の句が継げず絶句している。


が10年前に協力した理由は、勇者ケイ=アルマナがいたからだ。勇者ケイ=アルマナがいない今、我々には、『漆黒の兵団エル・シュラウド』に助力を請うことすらできんよ。」


「あの……勇者ケイ=アルマナとは……」

 

「ああ……高山少佐はあの時、日本国の国防軍所属だったな……10年前も中華大国と露西亜連邦の武力による現状変更があったのは知っているな。」


「それは、存じています。しかし、それは外交努力で未然に防がれたと……」


「……各国首脳が表面上、そう取り繕っているだけだ。」


「……実態は異なると……」

 

「……10年前、中華大国と露西亜連邦は今回の約3倍の規模の戦力を投入した。」


「3倍!?」


「……そんな中、当時、機動兵器アーム・ムーバーを初めて実用化したタイムーンコーポレーションへ助力を請うことで、中華大国と露西亜連邦の戦力の約7割を削ることで痛み分けへ持ちこむことが出来た。その時、協力してくれたのが勇者ケイ=アルマナだ。」


「……」


「不思議な男だった。絶望的な状況の中でも、誰もが彼の言葉を聞き、希望を抱くほどにな。多くの者に慕われ困難な状況を切り拓く様がまるで『勇者』だと。そして、それがケイ=アルマナの『二つ名』となった。以降、我々の中で『勇者』とはケイ=アルマナの代名詞となっているのだ。」


「そのような者が……」


 高山少佐は、はっと気づく。


「……彼の縁者……勇者ケイ=アルマナの弟が人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの北米連合の軍管特区で『漆黒の兵団エル・シュラウド』を率いていると、先ほどありました。彼に協力を取り付けることは……」


 久世司令は、勝手な希望を抱き言葉を発した高山少佐を冷たく一瞥する。

 

「……10年前、結果的に我らは、勇者ケイ=アルマナを見殺しにしてしまった。最も恨んでいるのは、その勇者ケイ=アルマナの弟だ。我々を救う理由など持ってはおらんよ。見捨てるか……我らの隙を見て背中から狙撃する理由はあるだろうな。」


「……」

 

 深い嘆息の後、久世司令は、オペレーターに指示を出す。


「セトニクス・エレクトロニクスの久間主任研究員へコンタクトを。高山少佐。」


「はッ!」


「貴殿は、司令部付きの作戦参謀を交えて詳細を詰めよ。」

 

「はッ!」


「これより本司令部は緊急事態体制へ移行する。緊急報知を発出し、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカに住まう人々へ避難を呼びかける。」


「久世司令……それは……」


「……1つの体制が崩壊するときというのは、残酷だな。住民の命と財産を守れない、覚悟のない為政者を軍部が代行すること自体クーデータと変わらんが……よしんばあの世で再会できることを望む。以上だ。」


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


 ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン


 再度の警報のあと、無機質な電子合成された声によるアナウンスがカフェテリアに備え付けられたスピーカーから鳴り響く。


 100人分近くある座席に座っている老人や子供達が不安そうな表情を浮かべる。

 寄り添うように佇む年配の母親らしき女性や、父親らしき男性が何事かと辺りを見渡す。


『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ行政府から、緊急報知を行います。住民の皆さんは、避難先のシュエルターから視聴をお願いします。』


 ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン


『繰り返します。人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ行政府から、間もなく緊急報知を行います。住民の皆さんは、避難先のシュエルターから視聴をお願いします。』



「今度は、一体、何なのよッ!?」

 

 カフェテリア横の長椅子に腰かけていた、胸元まで伸びたセミロングの茶髪の少女が喚く。白のカーディガンを羽織った膝下丈のネイビーのデニムワンピース姿の身体を抱きしめる。


「佳奈、落ち着きな……きっといい知らせだよ……多分……」

 

 自信なさげに長い黒髪をポニーテルに纏めた少女が佳奈に視線を向ける。

 花柄の膝上丈のワンピース姿の膝の上にトートバッグを乗せて胸の前で抱きしめている。

 

 と、カフェテリアの奥に設置された50インチの巨大なスクリーンに、大柄の角刈りの男の姿が映し出される。白を基調とした軍服に身を包んでいるが、筋骨隆々の胸板は歴戦の兵士を彷彿とさせる。

 背景に、合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルンの象徴となっている青の正12角形の中に、翡翠色の円の描かれたシンボルが映し出されている。


『住民の皆さん、初めまして。私は、『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』により人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの中央軍司令部を任されている久世宣明と申します。』

 

 久世司令の野太い声による第1声に、カフェテリアに集まった人たちは、食入るようにスクリーンを見つめている。


『まず、皆さんへのご報告が遅くなったことをお詫び申し上げます。』


 一礼の後、正面を向いた久世司令が続ける。

 

『現在、ここ人工幻夢大陸ネオ・アトランティカは、未曾有の危機に直面しております。』


 そこで言葉を区切る。口を開こうとするも、逡巡するかのように閉じる。


『……』

 

 その様子に、カフェテリアに集まった人たちから不安そうな声が漏れる。



『……先刻、『原国家体制連盟フェストゥーン』より『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』に対して宣戦布告がなされました。』


「な、何だって!?」

「ど、どういうことッ!?」

「おいおい、嘘だと言ってくれよ!」

 

『宣戦布告と併せ、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカに対し、中華大国と露西亜連邦の連合軍による侵攻が開始されました。既に、北部のオーストラリア、ベトナム、ブルネイの軍管特区は『原国家体制連盟フェストゥーン』の支配下にあります。』


「「「……」」」

 

 続く久世司令の言葉に、先ほどまでの喧噪は嘘のように静かになっている。


『この侵攻に大義がないのは自明ですが、軍による本格的な反攻作戦を開始するにあたり、住民の皆様へお願いがございます。どうか、最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。決して、戦闘行為が終了するまで、シェルターの外へ出ないでください。』


「おいおい!冗談じゃないぞ!『原国家体制連盟フェストゥーン』が『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』に宣戦布告ってなんなんだよ!」


『繰り返します。住民の皆様は、最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。決して、戦闘行為が終了するまで、シェルターの外へ出ないでください。』


「明日、北米連合へ出張しないといけないんだぞ!戦争ってなんなんだよ!」


 久世司令は、住民の避難を促す言葉を繰り返すと、画面が合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルンの象徴となっている青の正12角形の中に、翡翠色の円の描かれたシンボルが映し出されたものに切り替わる。


「ちょっと待てよ!説明しろよ!」

「私達、どうなるの!?」

「シュエルターから出るなって、食糧とかどうするんだよ!」


 無機質な電子合成された声によるアナウンスがカフェテリアに備え付けられたスピーカーから鳴り響く。


 『住民の皆様は、最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。決して、戦闘行為が終了するまで、シェルターの外へ出ないでください。』


「ああ、くそっ!ここの施設の責任者は誰だ!」

こんなところネオ・アトランティカに居られるか!仕事があるんだ空港へいかないと!」

「ここからどうやって出たらいいんだ!」


 『繰り返します。住民の皆様は、最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。決して、戦闘行為が終了するまで、シェルターの外へ出ないでください。』

 

 一部のビジネスマン風の男性や女性が騒ぐのを100人分近くある座席に座っている老人や子供達が不安そうな表情を浮かべてみている。寄り添うように佇む年配の母親らしき女性や、父親らしき男性は口々に不安を口に出しながらも情報交換を始める。


「……どうしよう……詩織……」


「どうって……佳奈……私達に何ができると思う?」


「でも……何かしないと、取り残されちゃうよ!」


「……漠然とした不安はどうしようもないけど……」


「なんで、そんなに落ち着いていられるの!?」


「私も、落ち着いてない!怖いよ!……でも、何もできないでしょ!」


「……ごめん……言い過ぎた……」


「……いいよ……私も言い過ぎた……」


「……」


「……兄貴が死んでからさ……」


「……うん」


「……ずっと不安だった……どうやって生きていったらいいか、判んなかったから……」


「……」


「でもね……騒いでもどうしようもないんだよ……」


「……」


「冷静に、出来るだけ冷静になって情報を集めて、何が正しいかを見極める必要があるだよ。」


「……正しい情報……」


「……すくなくとも……私達は、さっきの市街戦で生き残れた……助けられた。」


「うん……」


「だから……この施設に避難できた時点で他の住人よりは状況的には良い方だと思う。」


「どういうこと?」


「……人工幻夢大陸ネオ・アトランティカには、まだ戦争が始まったことすら知らずに生活していた人もいる。その人達は、今から、避難場所を探さないといけないってことだよ……」


「それって……」


「……多分、大勢の人が死ぬんだと思う……」


「……」


「さっきの緊急放送で、久世っておじさんがシェルターから出るなって言ったよね?」


「……うん」


「あれってね……シェルターから出た人は助けませんよってことの裏返しだよ……」


「えっ!?」


「あんな緊急放送って、10年前に起きた『ミッドウェーの奇跡』でもなかったのは覚えてる?」


「あ、うん。あの時は一歩引いた第三者的な視点での報道だけだったし……まるで劇場報道だったよね……」


「……佳奈はそんな感じだったんだ……でも、私は……私の両親が死んじゃったり、兄貴も軍と協調する作戦とかに狩りだされていたから私も死ぬのかなって思ってた。」


「……詩織……」


「多分、10年前、私は当事者側だったと思う……だから今回のこんな状況でも『ああ……またか』って思っているんだ……」


「……」


「だから、妙に落ち着いているのかもしれないけど……」


「……詩織……」


「佳奈……大丈夫だよ……ただ10年前、久間ってやつに兄貴が見殺しにされたから、塁君が同じように見殺しにされないかってことが気になっているだけ……」


「あ……塁にはさっき伝えたけど……釈然としてなかったっけ……」


「しょうがないよ……今は、久間ってやつが塁君に本性を上手く隠しているようだから……」


「……」


「でもね……塁君に注意喚起はできた……それだけで、塁君の生存率、少し上がった気がしている。自己満足でしかないけど……」


「……詩織……」


「また……3人で『カサンドラ』でお茶したいね。」


「うん……そうだね」


 カフェテリアの住民の喧噪が大きくなる傍ら、佳奈と詩織はそう言うと、どちらかともなく伸ばした手をそっとつなぐ。お互いがまだ、生きていることを確かめるように。

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