幕間5
「……以上が、接収作戦の第一派先遣隊作戦中断までの報告となります。」
薄暗い4メートル四方の部屋の一面壁が巨大なディスプレイとなっている。
ディスプレイの前で頑強な身体を軍服に身を包んだ、銀髪の壮年の男が直利不動の姿勢から敬礼を行う。
「……俄かには信じられんな……」
ディスプレイ越しに相対する金色が混ざった銀髪の男は、重役机の天板で両肘をついて、顔の前で手を組んでいる。
「……ASSALT GRIFFONの戦闘記録の解析を急がせていますが事実であることは間違いないです。ズーバルト閣下」
「……そうか……当面の仮想敵国……いや仮想敵は北米連合ではなく『
「はっ!……早晩、東欧州の
「……中華大国の支援で
「では!」
ロスチスラフが喜色を浮かべるも、ズーバルトは嘆息する。
「……ただ現在、中華大国からの要請で極東方面軍の増強が最優先となっている。」
「……増強した戦力が欧州方面軍ではなく極東方面軍へ回されているのは、それが理由ですか……」
ズーバルトの言葉に、ロスチスラフは表情を曇らせる。
「国内の
「……閣下……」
「……前世紀初頭、我らが偉大なる指導者の導きで安全保障上の課題解消を目的として遂行した隣国侵攻が、未だ続く国難の根本原因になろうとは夢にも思うまいて……」
「……それほどまでの状況なのですか……」
「……国の経済は破綻し、若者と老人は死地へと追いやられた。残された女子供は、生きるために他国へ渡った……国が自国民を犠牲にした事実は時間経過と共に薄れはせんし、指導者が変わろうとも払拭はできんよ。」
「……ですが、我が国の経済も魔獣素材の加工を行う企業が工業地帯に工場を集積することにより立ち直りつつあります!」
「……中華大国の国防軍が狩った魔獣の素材加工を目的とする、中華大国資本の企業の工場が産み出す雇用だ。他国依存の雇用が、現時点でのわが国の経済の根幹となっている……」
「……どのような形であれ経済が良くなっているのであれば、教育により愛国心を醸成して国を富ませようと考えると自分は考えます。」
「……愛国心を育む教育を施したところで、ネット上に溢れる我が国の過去の所業を目の当たりにした次代を担う世代は、国への不信感を増幅させ他国へ渡っているのが現状だ……国民不在の広大な国土のみが残った状態を国とは呼ばんよ。」
「……情報統制による過去の事実の隠ぺいは……既に国の所業を知っている国民へは逆効果ですな……」
「……加えて
「……」
「……全ては国のかじ取りを誤った過去の指導者の責任だ……故に、安易な戦略変更が更なる試練を国民にもたらすやもしれぬ……指導者層は交代すればよいがすべての
「ズーバルト閣下……」
力なく言葉を紡ぐズーバルトを前にロスチスラフは悔しそうに拳を握りしめ、表情を曇らせる。
少しの沈黙の後、ズーバルトは嘆息すると、その表情に鋭い眼光を浮かべロスチスラフへ向ける。
「……ところで、ロスチスラフ少将。話題は変わるが……現在、北米連合が第7艦隊を本国へ呼び戻しているとの情報が入っている……」
「……第7艦隊が?」
ロスチスラフは怪訝な表情を浮かべる。
「……北米連合は魔獣共に占拠された都市解放を目的に、自国内の
「その情報の確度次第で、我が方の戦力も再配置を再検討する必要があると?」
「その通りだが、北米連合の戦力の再配置が
「……」
「……中華大国による長年の献身的な支援で著しく低下した国力が改善の途にあるとはいえ……北米連合の動向を警戒せざるを得ない……感情面で納得し辛いだろうが貴君らの冷静な判断を求める。」
「……承知いたしました……」
◇◆◇
◇◆◇◆
「少将!閣下のご裁可はいかがでしたか。」
赤味がかった金髪の男が、通信室の扉から出てきたロスチスラフに声を掛ける。
濃紺色の軍服を身にまとっており、両肩の階級章から中尉の階級であることを示している。
期待と不安が同居した表情を読み取ったロスチスラフは、目を伏せ左右に首を振る。
「クッ……やはり駄目か……」
「グレゴル中尉……いや、今は『赤狼』だったか。今回の件、閣下としても看過できないこととしてご認識いただいている。」
「……ご認識いただけたのであれば、何故、ご裁可いただけなかったのですか?」
「……国家元首の観点では、現状維持が国家にとってメリットがあるとご判断されたためだ。」
肩を落とす『赤狼』にロスチスラフが言葉を濁す。
「……やはり中華大国との関係維持が優先されると……」
「『赤狼』……今の発言は、聞かなかったことにしてやる。滅多なことをいうものではないぞ。」
「申し訳……ありません。」
「この話は以上だ。接収作戦の第二派に備えておけ!」
「ハッ!」
「……だから言ったろう。徒労に終わると。」
去り行くロスチスラフを敬礼で見送る『赤狼』に銀髪の男が声を掛ける。
濃紺色の軍服を身にまとっており、両肩の階級章から大尉の階級であることを示している。
「『銀狼』……徒労に終わろうとも、この行動は間違っていないはずだ!」
『赤狼』は、睨みつけるように『銀狼』に視線を向ける。
「そう。間違ってはいないさ……俺たちはな。」
「俺たちは……だと?」
「そうだ……単に、この国のかじ取りを行う奴らが間違うだけだ。」
「……どういうことだ?この国が中華大国の意向を優先していることと関係あるのか?」
「まあな……」
『銀狼』の言葉に、『赤狼』は怪訝な表情を浮かべる。
「なぜ、中華大国のの意向が優先されると思う?」
「中華大国から圧力が掛かっているという噂を聞いたことがあるが……」
「それは噂で事実ではない……」
「事実ではないだと?」
『銀狼』の言葉に、『赤狼』は眉を顰める。
「実態は、意思決定を誘導する情報のみが閣下の下へ届いているからだ。」
「……ちょっと待て……それは、内部に中華大国の意を汲んだ裏切り者がいるということか?」
「いや……中華大国から間違った情報がホットラインを通じて連携されているというのが正解だ」
「ホットラインで連携される情報の精査は、我々
「その精査をするための情報すら間違っているとしたら?」
「……何だと!?」
『銀狼』の言葉に、『赤狼』は驚きの表情を浮かべる。
「この国の情報収集能力は高いが、情報源はすべて中華大国の息のかかった外部団体だ。」
「……つまり、全ての情報が意図的に操作されていると……」
「そうだ……そのため、
「……今回のようにか?」
「そうだ。そして、その収集した情報を中華大国の意を受けて操作された情報と混ざらないように報告することが必要となってくる。」
「報告経路は、俺達が関与できることではないぞ!」
「……そのためのロスチスラフ少将だ。」
「あッ!……なるほど。ロスチスラフ少将なら直接閣下へ報告するという手段が使えるな。」
「そうだ……だから今回の件で、
「……閣下まで報告される情報が正確であれば……まともな判断が行われるということだな?」
「その通りだ……後は、獅子身中の虫とやらがもし居れば、炙りだすための算段ぐらいを考えるくらいだな。」
「……そうか……無駄ではなかったのだな……」
「『赤狼』……この国のためにできることを積み重ねれば、露西亜連邦が再び、独立独歩の道を歩むことに繋がるだろうさ。」
「……分かった。では、俺達ができること……つまり正確な情報を収集して閣下まで報告しつづけるだけだな。」
「そうだな……」
『銀狼』と『赤狼』は、視線を交わすと力強く頷いた。
僅かながらの希望を見いだしたことを確かめるように。
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