第三幕

第1話

「無事に合流できてよかったよ。塁君。身体のは調子もう大丈夫かな?」


 クリーム色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの濃藍色のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性が心配そうに、濃紺のスーツ姿の男性に声を掛ける。


「はい。今は、落ち着いています。久間さん。ご心配をおかけしました。」


 はにかみながら一礼するスーツ姿の、どこかあどけなさが抜けきらない塁の表情が、社会人経験のない学生であることを連想させる。


「それは良かった。」


 久間は笑顔で頷くと、人口密度が高くなった周囲を見渡し苦笑する。

 

 セトニクス・エレクトロニクスが入居しているビルの地下10階にあるカフェテリアの100人分近くある座席には、疲れ切った老人や子供達で溢れかえっている。

 近くのカフェテリアの座席では、寄り添うように佇む年配の母親らしき女性や、父親らしき男性が愚図る子供をあやしながら、不安そうな表情を浮かべている。

 

「……成り行きで避難民を一時的に受け入れているから、多少、大所帯になっているんだ。」


「成り行き……ですか?」


「うん。本当は、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカに遠征している『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』の部隊と合流するだけだったんだけどね。ショッピングモールで戦闘に巻き込まれて負傷した人達も保護することになったんだ。」


「あの……『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』ってSSSランクの狩猟探索者ハンターのクランですよね……」


 塁は、久間の言葉に出てきた狩猟探索者ハンターのクランの名前を戸惑いながら口に出す。


「えッ?……うん。そうだけど……」


 不思議そうな表情の久間に、塁は意を決したかのように口を開く。


「……あの……今回、加奈……あ、友人達と一緒に『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』の人達に保護されて、こちらに連れてきていただいたんですが……その……セトニクス・エレクトロニクスって、『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』と何か関わりがあるん……ですか?」


「うん。あるよ。」


「……あ……あるんですか!?」


 何を言っているんだろうと不思議そうな表情を浮かべる久間に、塁は目を剥く。


「あれ?言ってなかったっけ?」


「き……聞いてないですよ!」


 あっけらかんとした口調で話す久間に、塁は激高する。


「あー……そうだったかな。ごめんね。急遽『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』と、うちセトニクス・エレクトロニクスのPMCとの合同作戦を実施することになったんだよ。」


「ッ!?……ち、ちょっと待ってください!急遽って何があったんですか?あと、『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』って単独で欧州最大の幻想洞窟ダンジョンを討滅したクランなんですよ!そんなところと合同作戦が可能って……セトニクス・エレクトロニクスのPMCってどんな実績あるんですか?」


 久間は腕組をしながら、思案気に応える。


「あー……急遽っていうのはね……公式発表があるまでは控えないといけないからまだ言えないけど、『原国家体制連盟フェストゥーン』と『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』の武力衝突が人工幻夢大陸ネオ・アトランティカで起きそうだからその対応について当局から要請があったからだよ。」


「ぶ、武力衝突ですか!?」


 予想外の答えに塁は目を剥く。

 

「……詳しくは、もう少しで当局が発表するから、そっちを見てね。」


「あ……は、はい。」


 不承不承頷く塁に、歯切れが悪そうな表情を浮かべて久間がつづける。

 

「あと……うちセトニクス・エレクトロニクスのPMCの実績だったね……うーん……日本国の要請に応じて、都度、日本国本土の魔獣の駆逐をするぐらいかな。」


「ッ!?……人工幻夢大陸ネオ・アトランティカから日本国まで遠征してですか!?」


 久間の言葉に塁は、驚きと共に確認をする。

 

「あー……檜山君……もしかしてうちセトニクス・エレクトロニクスのPMCは知らなかったかな?」


「……知らないですし、聞いてませんよ!」


 塁は、久間とのどうにも嚙み合わない会話に少し苛立ちを見せる。


「そっかー……そういえば、言ってなかったね。じゃあさ……『白の勇士団バリアント・ブリゲイド』って知っているかな?」


「ッ!?……知らないと潜りですよ!……日本国の魔獣災禍スタンピード・ヘルを収束させたPMCじゃないですか!俺も助けて貰ったたことあります!」


 驚きと興奮を一度に発露したかのように捲し立てる塁に、久間は微笑を浮かべる。


「『白の勇士団バリアント・ブリゲイド』がうちセトニクス・エレクトロニクスのPMCなんだよ。」


「えッ!?」


 驚きのあまり、続く言葉が声にならず口をぱくぱくさせている塁に、久間は思案気に続ける。

 

「……訓練用シュミレーターをホーイング社製の人型起動兵器アーム・ムーバーのコックピットとして調整する必要が出てきたときに案内しようと思ったけど……『白の勇士団バリアント・ブリゲイド』の起動兵器アーム・ムーバー整備ドッグに行ってみるかい?」


「ッ!?……い、いいんですか?」


「今、人が足りなくてね……できれば『白の勇士団バリアント・ブリゲイド』の起動兵器アーム・ムーバーの整備を手伝ってほしいんだ。」


 久間の言葉に、塁はゴクリと喉を鳴らす。

 

「……さっき、こちらへ移動する際に起動兵器アーム・ムーバー同士の市街戦に遭遇しましたが……起動兵器アーム・ムーバーの整備ってことは……その、武力衝突で本格的な戦闘が発生するってことですよね。」


 不安そうな表情を浮かべる塁に、久間は笑顔を向ける。


「基本的に、檜山君は『セトニクス・エレクトロニクス』でのアルバイト契約を裏付けとした業務範囲を手伝ってくれればいいよ。つまりコックピット周りの調整とかかな……」


「……わかりました。それぐらいならマニュアルとか見れば出来ると思うので。」


 久間の言葉に、塁は安堵した表情を浮かべる。


「ありがとう。じゃあ、檜山君の件は、こちらで調整しておくよ。」


「こちらこそ、声を掛けていただきありがとうございます。でも……人手が足りないなら出来ることであればお手伝いします!」


「ありがとう!まあ、カルラがいるから大丈夫じゃないかなぁ……どうにもならなかったら僕も手伝うからさ。何とかなると思うよ。」


「久間さんもですか?」


「うん。これでも、僕は起動兵器アーム・ムーバーのテストパイロットとかもやってるからね。一応、大尉相当の職責なんだ。」

 

 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


 診察室で、白衣を着た3人の人物が、縦2メートル、横4メートルの長方形のテーブルを挟んで2人の女性と向かい合っている。

 テーブルの天板はタッチパネルディスプレイとなっており、『睦月 光蔵』『睦月 加代』という名前の下にバイタルデータがリアルタイムで更新されているグラフや血液成分表が表示されている。


「……以上が、ご両親をセトニクス・エレクトロニクスの医療施設へ移送後の経過となります。」


 銀髪の灰色のスーツの上から白衣をまとった医師が、白のワンピースに濃紺のショールを羽織った栗毛の少女に視線を向ける。ワンピースと同じ白のハイヒールが清楚さを強調している。

 そして、タッチパネルを操作すると、『Medical Monitoring 3』というラベルが上部に表示されたウインドウがディスプレイ中央に出現する。表示横倒しにされた7台の円筒形の装置が等間隔に設置された部屋の様子が映し出される。


 白のワンピースの栗毛の少女は、食い入るように表示された中央のディスプレイに見入る。

 と、はっと気づいたように顔を上げると、安堵した様子で居住まいを正すように一歩下がり、深々とお辞儀をする。

 

「お父様とお母様に大事が無くて良かったです。グレイ先生……本当にありがとうございました。」

 

 頭を下げる少女に、グレイは困惑した表情を浮かべる。

 グレイの後ろに控えている男女二人の医師達は、驚きの表情を浮かべている。

 

 その様子を見た、栗毛の少女の傍らに立つ白のスカートスーツの女性が嘆息する。

 濃紺色のハイヒールが明確な意思を持っている女性を連想させる。


「……加奈様……グレイ先生は、単に契約を履行されているだけですよ。」


「ステラさんが仰ることはわかります。……こういう場であっても、『睦月グループ』の代表として相応しい振る舞いが求められていることも……」


 加奈は鈴の音のようなか細くはあるが、はっきり聞き取れる言葉を一旦、止める。

 そして、意思の光を宿した瞳をステラに向ける。


「それでも、私にとっては、お父様とお母様の命を繋いでいただいた恩人です。恩人には、お礼をしてもしすぎることは無いと思います。」


 じっと見つめる加奈の瞳をステラは見つめると、ふっと微笑を浮かべる。


「承知しました。それが、加奈様の御意思であれば尊重いたします。」


「……えッ!?」


 いつもと違う、ステラの反応に加奈は困惑の表情を浮かべる。


「……とても強くなりましたね。加奈様。臨時とは言え、『睦月グループ』の代表として就任された直後はとても不安でしたが……」


 苦笑を浮かべるステラの言葉に、加奈は赤面する。

 

「……それは……とても必死だったので……」


 加奈に向ける優しい眼差しを真剣なものに変えると、ステラはグレイに向き直る。


「それでは、社長と奥様の意識が戻った時点でご連絡をお願いいたします。」


「承りました。」


 事務的なステラの要請にグレイも事務的に応じ、視線を後方の2人の男女の医師に向ける。加奈とステラが一礼し、診察室を退室していく様子を視界の端で確認する。

 

「……『OSIRIESオシリス』自身による自動補正は終わっているとは思うが、この施設とメディカルセンターの環境差異が治療用カプセルに反映されているかを再確認しないといけない。手伝ってくれ。」


「……環境差異ですか?」

 

 青いフレームの眼鏡をかけた女性医師が怪訝な表情を浮かべる。


「この施設は、私設ではあるが軍事施設だからな。当然、民間向けのメディカルセンターとの環境差異は存在する。差異を確認する治療用カプセル用のチェックリストがタブレット端末にあったはずだ。」


 言われて、女性医師がタブレット端末を操作する。


「……ありました。ただ……」


「どうした?」


 困惑する女性医師へ、隣の男性医師とグレイが視線を向ける。


「メディカルセンターで点検した時には存在しなかった機能がチェックリストに見受けられるので……」


「……機能?麻生御侍史。チェックリストに何が表示されている?」


 グレイが、麻生にいぶしかしげな視線を向ける。


「メディカルセンターに設置されていた治療用カプセルで選択可能な『OSIRIESオシリス』の機能は『検診』『分析』『治療』の3つでした……チェックリストには、これら3つに加えて『細胞活性』と『復元』という機能に紐づくチェック項目が確認できます。これは……」


 戸惑いながら報告する麻生に、グレイは得心したような表情を浮かべる。

 

「……それなら問題ない。元々『OSIRIESオシリス』はこの施設で開発されたものだからな。この施設の環境にあわせて本来の機能が有効化されただけだ。」


「ッ!?……本来の機能?この施設の環境にあわせて?」


「ああ……『OSIRIESオシリス』は目的のために『白の勇士団バリアント・ブリゲイド』を運営するセトニクス・エレクトロニクスで企画・基礎検討の後、フィジビリティ検証を繰り返して開発されてきたからな。」


 困惑する女性医師にグレイは淡々と答える。

 その様子を見ていた男性の医師が怪訝な表情を浮かべる。

 

「グレイ御侍史……なぜそのようなことを御存じなのですか?」

 

「……私が、セトニクス・エレクトロニクスの医療部門の責任者で『OSIRIESオシリス』の開発を主導したからだ。高山御侍史。」


「「ッ!?」」


 驚きの表情を浮かべた麻生と高山を交互に見やると、グレイは居住まいを正す。


「……もう少しで当局が発表予定だが……人工幻夢大陸ネオ・アトランティカで『原国家体制連盟フェストゥーン』と『合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルン』との間で武力衝突の可能性が高まっている。」

 

「ッ!?……武力衝突……ですか」


「……まさか……一連のAアラートの発令は……」


 麻生と高山の反応に頷くと、グレイは続ける。

 

「麻生御侍史、高山御侍史……二人はメディカルセンター所属ではあるが、武力衝突が起きた場合、負傷者の治療で手を借してもらうことは可能だろうか。」


「ッ!?」


「……それは……」


「実際に戦闘への参加を要請するものではない。負傷者の治療だ。」


「「…………」」


「……もしも、手を貸してもらうことが可能であれば、セトニクス・エレクトロニクス側で臨時医療職員としての雇用契約締結後となる。条件面などは、要相談だから締結前に相談してくれればいい。」


 グレイの提案に、麻生と高山は顔を見合わせる。

 

「……わかり……ました……」


「…………とりあえず、契約内容を確認させてください。」


 麻生と高山の反応に、グレイは頷く。


武力衝突が始まった場合、メディカルセンター所属のままでは人工幻夢大陸ネオ・アトランティカを脱出する手段が限られてしまうからな……セトニクス・エレクトロニクスの臨時医療職員であれば、輸送機なりで第3国への退避も可能だ。検討してみてくれ。」


 グレイの言葉に、麻生と高山は再度、顔を見合わせると頷いた。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


「……まさかセトニクス・エレクトロニクスが『蒼の騎士団プリメーラ・クロイツ』と関係があったなんてな……加奈は、ここの医療施設に収容されているご両親の様子を見にいくって言ってたけど、終わったかな?」


 塁は、トートバッグからスマートフォンを取り出し、加奈へメールを送ろうとメールアプリを起動する。


「あれ……メールが結構来てるな……って詩織と……佳奈!?」


 メールの送信者の名前を見て塁は目を見開く。

 気を取り直してメールの内容を確認していく。


「久間さんが……危険?……何を言ってるんだ?」


 カフェテリア横の通路で立ち尽くしながらメールを見ていると、誰かが近づいてくる気配を感じて振り返る。


 振り返ると、花柄の膝上丈のワンピース姿の長い黒髪をポニーテルに纏めた少女と、膝下丈のネイビーのデニムワンピース姿の胸元まで伸びたセミロングの茶髪の少女が、驚いたように立ち尽くしている。茶髪の少女は、白のカーディガンを羽織っている。


「えッ!?……詩織と……佳奈!?」

「えッ!……塁君!?」

「る、塁!?」

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