第4話

 曇天の空模様を見上げる。


「雨……降りそうだな。」


 俺は、キャンパス内のカフェのテラス席で『液体金属の組成』のシュミレーターに入力するパラメータの組み合わせパターンを研究ノートにいくつか書きこんでいた。


 見上げた空模様に研究ノートを閉じ、テラス席の座っている椅子に掛けていた黒のスタイリッシュなトートバッグに仕舞い込む。

 テラス席のテーブルに置いたマグカップとトレイをカフェの返却口に返す。


 ふと見ると、キャンパス内のカフェの奥の席に、佳奈が他の同級性と思われる女性グループに混ざって話をしているのが視界には入る。

 時折、笑顔を見せながら頷く様子を見て、嘆息する。


「……佳奈とはしばらく距離を置いた方が良いだろうな……」


 呟きながら、スマホの講義予定表アプリを表示して詩織がいつも出席している授業の出席者リストを確認する。


「詩織は……今日、講義を欠席予定か……」


 昨日、詩織と最後に交わした言葉が脳裏を過ぎる。

 

『な、なんで詩織が『久間さん』の名前をしっているの?』


『……なんでって……そいつが、私の兄貴を見殺しにした奴だからだよ……』


 詩織が間接的に久間さんと関わっていたことに今更ながら驚きを隠せない。

 しかも、とても悪い形で。


「……考えても仕方がないか……今日は、もう講義がないからバイトにでもいくかな……」


 そう呟いた時、トートバッグの中から振動が伝わってくる。

 

 ブー ブー ブー ブー


 トートバッグから取り出した、消音モードのバイブレーションが振動しているスマートフォンのディスプレイを見る。


「電話…………智也!?」


 表示された友人の名前を確認し、通話ボタンをタップした。


『塁か?……今、大学か?』


「うん……大学だよ。どうしたの?」


『今から、会えたりするか?』


「あ、うん。大学の講義は、もうないから大丈夫だよ。」


『お、じゃあ、そうだな……この前のテクノパーク内のカフェ……えっと』


「『カサンドラ』?」


『あ、そこそこ。そのカフェでこの後、待ち合わせしようぜ。』


「いいよ。じゃあ、今から移動するね。」


『おう。俺はこれから準備して出るから、30分ほどカフェで時間つぶしてくれ。』


「……了解。では後ほど。」


『おう。またな。』


 通話を終了する。


「……自分から誘っておいて、30分、待ってろか……智也らしいな。」


 苦笑いを浮かべながら、俺は、キャンパスからテクノパークへ向けて歩き出した。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


「智也は……まだ来てないか……」


 テクノパークの『カサンドラ』の入り口から見渡すも、友人の姿を発見できないでいた。

 奥まったテラス席を見るとまだ、空きがあるようだ。


 コーヒーをカウンターで注文後、テラス席に歩を進め腰かける。


「あ……久間さんからもらったVRMMOの設定資料を見ないと……」


 呟きながらトートバッグからバインダーを取り出し、内容に目を通す。


「えっと……確か『魔王を倒す感じの剣と魔法の異世界風』ってことだったけど……」


 資料を捲りながら、内容を確認していく。

 キャラクターのラフ図や、世界観をまとめた資料に目を通す。


「魔王と、魔王を倒す勇者がいて……ダンジョンもあるんだ……えっと『プレイヤーは、ゲーム内のキャラクターを自由に選択する形ではなく』……『事前に入力したプロフィールから相関性が高いキャラクターとしてゲームをプレイする形となります』か……まあ、全プレイヤーが『勇者』を選べたらゲームバランスが崩れるよな……」


 ゲームシステムの説明を読もうとページを捲る。


「あ、塁!……悪い、待たせちまったか?」


『カサンドラ』の店側からテラス席へかけられた声に、顔を上げる。


 薄紺色のデニムのジンズに、藍色のTシャツの上に黒のジャケットという出で立ちの智也が足早に近づいてくる。

 

 対する俺は、濃紺のデニムのジンズ、青のYシャツの上に藍色のジャケットを羽織っている。


「智也……呼び出しておいて30分、待てって言うのは、どうかと思うぜ……」


 苦笑いを浮かべながら、バインダーを閉じ、トートバッグに仕舞い込む。

 

「すまん……急に、加奈……睦月加奈の専属メイドさんから連絡があってな……その……塁と打ち合わせしないとまずいなって思ってさ。」


「専属メイドか……改めて聞いてもなんか凄いな……というか打ち合わせって?」


「この間、言ってた……睦月加奈がさ、ご両親のお見舞いに、入院されている病院がある『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ』に来週やってくるって件だよ。」


「……そういえば、言ってたな……」


 ここのところ、佳奈の件や、久間さんと詩織のことで、すっかり忘れていた……。


「ああ、それが来週じゃなくって、今週末に予定が繰り上がったんだとよ。」


「えッ!?……今週末?……今日が水曜だから……3日後か……」


 アルバイトの予定と被りそうだなと思い、腕組をして思案気な表情を浮かべる。


「ああ……で、その……今、付き合っている娘とは……関係を……その……解消できそうか?」


 智也の気まずそうな表情を見て、色々と気を遣ってくれたのだと気づいた。


「……ああ……関係は解消できているよ……気を遣わせたな……ありがとう。」


「えッ!?……よく別れ……いや、関係解消できたな?」


 言い直しながら、周囲をチラリと確認する智也を見てクスリと笑う。


「そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ……俺がバイトで忙しくなってさ……最近すれ違いがちだったからさ。」


「……そうか……それなら良いけどよ。」


 暫く俺をじっと見た後、嘆息する。


「……本当みたいだな……じゃあ、気兼ねなく睦月佳奈と再会する場を……」


「あ、それなんだけどな……バイトの予定と被るかもしれないから、候補日だけ教えてくないか?」


「バイト?……そんなに忙しいのか?」


「まあ……アルバイト先が、新しいシステムを開発中でな……そのテストを手伝ってるんだ。」


「システムのテストか……俺の大学UCLAの同期でも、IT関連のバイトやってる奴いるけど大変なんだってな。」


 いささか憮然とした表情を浮かべる智也をみて、苦笑を浮かべる。


「せっかく、調整してくれているのに悪いな。」


「いや……大丈夫だ。とりあえず睦月佳奈の専属メイドに確認して候補日を出してもらうよ。」


「ありがとう。分かったら教えてくれると助かる。」


 スマホに表示されている時間を確認する。

 久間さんと約束した時間が近づいているのに気付く。


「あ、悪い。そろそろバイトの時間だ。もう行かないと。」


「えッ!?……まだ15時だぞ……っていうか、お前そんなに金銭的に苦しいのか?」


「いや……最近は余裕あるよ。ただ急に業務量が増えてな。もし早めに入れそうなら手伝って欲しいそうだ。あと拘束時間が長くなるから食事とかは出前とか取って貰えているし。経費で。」


「そ、そうか……なら良いけど。ちなみにバイトは週3とかで入っているのか?」


「通常は、それくらいだけど……今は色々と立て込んでいるから……週6かな。」

 

「週6だって!?……大丈夫なのか?そのバイト。」


「大丈夫だって……落ち着いたら週3に戻るから。じゃあな!」


「あ、ああ……」


 何処か釈然としない智也を横目に、俺はバイト先であるセトニクス・エレクトロニクスのオフィスビルへと向かった。

 

 ◇◆◇

 ◆◇◆◇

 

 セトニクス・エレクトロニクスがある40階の通路奥にある通用口横の非接触リーダーに入館証を照らしてロックを外す。

 ドアを開けてオフィス内に入る。

 

「お、来たね。」


 濃灰色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの朽葉色のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性が迎えに出てきてくれた。


「あ、久間さん……今日はまとまった時間が取れそうです。」

 

「お、良かった!じゃあ早速、始めようか……昨日の腕輪は左手首に装着してもらえているかな?」


「はい。装着してますよ。」

 

 羽織っている藍色のジャケットを脱いで青のYシャツの左腕の袖を捲り左手首を見せる。

 久間さんは幾何学模様が刻まれた白銀色の腕輪を眼に留め、頷く。


「良かった。丸一日装着してもらっていたのは、その腕輪に塁君の生体情報を蓄積するためなんだ。」


「生体情報……健康維持のために装着するヘルスケア製品が収集する脈拍や体温とかですか?」


 以前、どこかのTV番組でアスリートが自分のベストコンディションを数値で判断するために使っているという説明をしていたことを思い出しながら久間さんに訊る。


「まあ、似たようなものかな。『アガルタオンライン』のアバターと檜山君の差異を出来るだけゼロに近づけて訓練した結果を正確にフィードバックするための仕組みだよ。あ、カルラもう準備できてる?」


「OK。あとは、ヒヤマがTryすればいいだけ。」


 久間さんの向こうで先ほどからキーボードを叩いていたカルラさんは、振り返ることなくぶっきぼらぼうな口調で返事をする。


「……了解。じゃあ今日は戦闘補助システムを体感してもらってから、時間があればVRMMOにチャレンジかな。」


「分かりました。では、シュミレーター・ルームに入りますね。」


「うん。お願い。」


 オフィスエリアからシュミレーター・ルームへと通じるドアへ向かい歩を進める。


「……えっと……今日は昨日、追加機能として実装した『マルス』の性能評価だっけ?」


「……『マルス』と……『アレス』のフィードバックデータも欲しい……」


 シュミレーター・ルームへ入る時に聞こえた久間さんとカルラさんのやり取りの中で『マルス』と『アレス』いう言葉が妙に耳に残った。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


 シュミレーター・ルーム中央部部分に設置されたリクライニングシートの上に座り、ヘッドギアを装着する。リクライニングシートの正面からコンソールがせり上がってくる。

 コンソールのパネルに文字が次々と表示され流れていくのを横目に見ながら、専用ヘッドギア横の電源を入れる。


 ヘッドギアに起動時のメッセージが順次表示されていく。


 最後に『Agartha Online will start .』というメッセージが表示されたのを最後に、一瞬、気絶するような感覚を経て視界が暗転する。

 

 気が付くと、雲1つない澄み渡すような蒼穹の空が目の前に広がっていた。

 視線を落とすと、地平線の向こうまで広がる草原が視界に入る。


「……この前と同じか……」


 右手に何か堅いものを握っているのに気付き、見下ろすと、90センチほどの長さの片刃の片手剣の柄を握りしめている。柄の根本のスイッチを押す。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン


 低い音と共に高周波ブレードの青白い光が薄っすらと灯る。


 『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!』

 

 同じタイミングで鼓膜をビリビリを振るわせる雄叫びが聞こえる。

 少し遅れて突風が正面から叩きつけられる。


 正面を見やると、いつも通り草原の向こう側から黒い巨体が尋常ではない速度で近づいてくる。

 今回も、体長5メールほどの狼に似た魔獣だった。


「……3回目だからな……かなり慣れてきたな……」

 

 腰を落とし、右手に持った片手剣を目前に掲げる。

 前回とは異なり迫りくる魔獣から青い軌道が6つ、パーセンテージの数字とともに表示される。


 『40%』、『35%』、『11%』、『8%』、『5%』、『1%』


 迫りくる魔獣は『40%』が表示された短い青い軌道を辿るように突進してくる。


 「これは……もしかして……魔獣の攻撃確率が高い軌道を示しているのか?」


 試しに『1%』が表示された大回りの青い軌道の方向へ移動する。

 魔獣は『40%』が表示された起動を辿り、俺の横を通り過ぎる。

 俺の横を通り過ぎた魔獣は、勢いを殺さないように大回りでUターンし、再び突進してくる。


 腰を落とし、右手に持った片手剣を目前に掲げる。

 すると迫りくる魔獣から青い軌道が6つパーセンテージの数字とともに表示される。


 『50%』、『25%』、『15%』、『6%』、『3%』、『1%』

 

 迫りくる魔獣は、『50%』が表示された短い青い軌道を辿るように進路を変更する。


 「やっぱり……これは、攻撃予測を行う仕組みなんだ……」

 

 今度は、『3%』が表示された少し大回りの青い軌道の方向へ移動する。

 魔獣は『50%』が表示された起動を辿り、俺の横を通り過ぎる。


 俺の横を通り過ぎた魔獣は、勢いを殺さないように大回りでUターンし、再び突進してくる。


 腰を落とし、右手に持った片手剣を目前に掲げる。

 迫りくる魔獣から青い軌道が6つ、パーセンテージの数字とともに表示される。


 『60%』、『20%』、『10%』、『7%』、『2%』、『1%』

 

 『60%』が表示された短い青い軌道から少し逸れるように2、3歩左へ移動する。

 そして、すれ違いざまに構えた片刃の高周波ブレードを、その黒い巨体に叩きつける。


 ザシュッ!


 落ち着いて攻撃を行えたため、前回以上に確かな手ごたえを感じる。

 魔獣の傷口から青い血とおぼしき液体が、勢い良く噴き出る。


 『グㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽ』


 警戒を露にした魔獣は、俺から距離ととって身をかがめる。

 

 じっとその様子を見る。

 右前脚の付け根辺りから青い血が流れ出しており、こちらを憎々し気に睨みつけている。


 俺は腰を落とし、右手に持った片手剣を目前に掲げる。

 しばらく睨み合いながらも、俺の方からじりじりと距離を詰めていく。

 攻撃しやすいのは魔獣の右前脚あたりかな。眉間や首はすれ違いざまなら当てやすいか。

 

 そう思ったとき、魔獣の右前脚、首、眉間部分に赤いマーカーとパーセンテージの数字が表示される。


 『69%』、『23%』、『18%』


 「これは……攻撃が当たりやすい確率か?」

 

 そう呟いた時、魔獣が痺れを切らしてのか飛び掛かってくる。


 飛び掛かってくる魔獣から青い軌道が6つ、パーセンテージの数字とともに表示される。


 『70%』、『10%』、『8%』、『5%』、『4%』、『3%』


 『70%』が表示された短い青い軌道から少し逸れるように2、3歩左へ移動する。


 すれ違いざまに、『70%』の数値が表示されている赤いマーカーがある、右前脚に向かって構えた片刃の高周波ブレードを振りぬいた。

 

 ザシュッ!!


 『グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』


 けたたましい叫び声とともに、魔獣の右前脚が宙に舞い、草原に落ちた。


「これは……パーセンテージが大きい赤いマーカー部分は、クリーンヒットするのか……」


 右手に持った片手剣を目前に掲げる。

 苦しみもがく魔獣を見やると、いくつもの赤いマーカーが表示される。


 青い軌道は表示されなかったので、危なげなく近づくと、一番大きなパーセンテージが表示された赤いマーカーから順に片刃の高周波ブレードで斬りつける。


 斬りつけるたびに、叫び声を上げる魔獣は、5合目の斬撃とともに動かなくなった。


『Battle Practice Mode: You win !』 


 同時にポップアップメッセージが表示されるとつづけて、続けてステータス画面が表示される。


 ■ルイ=ヒヤマ

 [Activity Value(活動値)]

  HP(体力):E

  MP(魔力):E-

  PP(気力):E-


 [Ability Value(能力値)]

  ATK(筋力):E+

  VIT(耐久力):E+

  AGI(器用):D+

  DEX(速度):D+

  LUC(幸運):E


 [Special Skill(固有スキル)]

  武装神技マルス / 魔装神技アレス


 [Common Skill(共通スキル)]

  None

 

 「固有スキル」の部分に表示されているキーワードを怪訝な表情を浮かべながら見ていると、雲1つない澄み渡すような蒼穹の空や地平線まで続く草原が目の前から消え真っ白になる。


 直径5メートルの球形のシュミレーター・ルームの全天周囲モニターに外の映像が映る。

 ディスプレイ越しに備え付けのコンソールパネルを立ちながら操作する久間さんが視界に入る。


『はい。お疲れ様でした。今回は戦闘補助システムを有効にしてみたけれど、魔獣との戦闘はどうだったかな?』


「えっと……いろいろと聞きたいことはありますが、かなり楽に行えましたね。」


『だろうね。僕も塁君が来る前に試してみたけど、回避や攻撃の意思決定がしやすいから戦闘により集中できるよね。』


「はい……ただ……」


『ただ……何かな?』


「……この戦闘補助システムに慣れすぎてしまったら、戦闘補助システムが使えない事態に陥った時……かなり混乱をきたすかなと……」


『……まあ……それは今後の課題だろうね……現時点では、まずは魔獣との戦いでの生還率をあげることが最優先だからね。戦闘補助システム無しでの戦闘訓練を別途考えないとだね……』


 久間さんは腕組をしながら『便利すぎるのも逆にこまるのか』と呟いているのが、ディスプレイ越しに聞こえる。


「……ところで、戦闘補助システムってステータスの『固有スキル』の部分に表示されているものですか?」


『ん?ああ、そうだよ。魔獣の攻撃予測を青い軌道で表示する武装神技マルスと、効果的な攻撃箇所を赤いマーカーで予測する魔装神技アレスだよ。』


「……なるほど。ちなみに、このスキルのネーミングはもしかして……」


「あー……それは……」


 久間さんはディスプレイ越しに少し目を逸らし、恥ずかしそうに続ける。


『……剣と魔法の異世界の舞台に合うかなって思って僕がつけんだよ。』

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