第2話
雲ひとつない蒼天の朝。
起床後、身支度を整える。
キッチンの洗面台横のカウンターに食洗器から薄底のプレート皿、所謂、コーンフレーク皿を取り出して置く。
カウンター横のアヒルのキャラクターがプリントされた包装箱からコーンフレークを注ぐ。
ミラージュブラックの冷蔵庫から、牛乳を取り出そうとして、冷蔵庫正面の液晶パネルの表示をふと見る。
「あ、牛乳……買い足すの忘れてたな……」
セトニクス・エレクトロニクスのバイトで行くようになった職場となるオフィスに設置されている冷蔵庫の下位モデルがなんとなく気に入ったので、バイトで貯まったお金から購入したものだ。
「この家に越してきた時に、備え付けられた冷蔵庫が故障したタイミングだったし……」
独り言ちながら、液晶パネルを操作し、冷蔵庫に入っている食材リストを表示する。
「商品のバーコードをスキャンしながら入れるだけで、冷蔵庫が管理してくれる機能はやっぱり便利だよな……」
タイムーンコーポレーション傘下の家電メーカーが開発した最新モデルはやはり便利だとつくづく思う。
「下位モデルだけど……と、あ……豆乳があるか……じゃあ、今日はコーンフレークに豆乳かな。」
豆乳を入れた場所を液晶パネルで確認して、冷蔵庫から薄緑のパッケージを取り出す。
コーンフレーク皿に豆乳を注ごうとして、くしゃみをする。
「……今日は、ちょっと肌寒いな……温めてからにするか。」
戸棚から取り出したマグカップに豆乳を注ぎ、オーブンレンジに入れる。
1カップ分を温めるスイッチを押す。
オーブンレンジの液晶パネルに温めまでの時間、60秒からのカウントダウンが表示される。
『いずれにしてもさ……お前、このままだと最低の二股野郎ってことになるから何とかしろよ。』
カウントダウンの数字を見ながら、昨日の智也からの言葉が脳裏を過ぎる。
「分かってるさ……そんなこと……」
目を閉じ、嘆息するも続けて、佳奈との電話のやり取りが脳裏を過ぎる。
『あの……私とのお付き合いなんだけど……』
『うん……』
『私とね……別かれて欲しいの……』
佳奈の別れの言葉を思い出し、深い嘆息をする。
「……なんだっていきなり言い出したんだよ……いずれにしても、理由を確認しないと……」
そう呟いて目を開けたと同時に、温めが終了したことを知らせるアラームが鳴った。
◇◆◇
◆◇◆◇
「確か……佳奈は今日、2限の物理数学に出席予定だっけ……」
スマートフォンから、
2限の物理数学のアイコンをタップし、出席予定者リストを表示する。
「出席だな……」
出席予定者リストの上部に出席者、下部に欠席者の一覧が入っている。
講義準備のために、出席予定者の成績に合わせた授業を準備するとかで、
「まあ、病欠って理由で欠席してたら、別の機会に確認だな……」
講義ホールの入り口から佳奈が来ているかを確認する。
佳奈は、いつも詩織と一番前の中央席に陣取っているから、こういう時は分かりやすい。講義ホールの席は、フリーアドレスだからどこに座ってもいいのだけれど、いつの間にか定位置となっていたよな。
「まだ……来てないか……」
講義ホールに入り、俺の定位置である中央の席に座り、テキストとノートを取り出す。
「
独り言ちながら、前回までの講義内容をノートを捲りながら思い出していく。
チャイムが鳴り、教授が入ってくる。
ちらりと佳奈がいつも座っている席を見る。
「今日は、欠席かな……」
ぼんやり呟いた時、講義ホール前方の入り口から佳奈と詩織が入ってきた。
一瞬、佳奈と視線が合うも、そっと逸らされた。
「……講義が終わってからだな。」
◇◆◇
◆◇◆◇
講義が終わったタイミングで、前方中央の席に視線を向ける。
「佳奈は……まだいるな……詩織も一緒か」
テキストやノートを片付けると、佳奈の方へゆっくりと近づく。
詩織と何やら話しながら、笑顔も漏れ出ている。
「あんまり……気にしていないのかな。」
ズキリと胸の奥が痛む。
昨日のやり取りが脳裏を過ぎる。
『あの……私とのお付き合いなんだけど……』
『うん……』
『私とね……別れて欲しいの……』
佳奈の言葉を振り払うように歩を進める。
気が付くと、佳奈が座っている席近くに居た。
「佳奈……」
「!?……る、塁……ごめんなさい……」
佳奈は、俺に気づくも目を逸らす。
席を立つとトートバッグを肩にかけ、足早に講義ホール前方の出口へ向かう。
「あっ……」
足早に講義ホールの出口に向かう佳奈を制止しようと動くも詩織が俺の前に立つ。
「詩織?」
「あー……塁君、今は佳奈……そっとしておいた方が良いよ……」
何処か、困ったような表情を浮かべる詩織を見る。
「事情……知っているの?」
「えっと……まあ……」
目を逸らし、微妙に歯切れが悪い詩織をじっと見る。
「……『カサンドラ』のランチをご一緒するのはどうかな?」
「……と、とても魅力的な提案だけど……佳奈のプライバシーとかあるから……」
チラとこちらを見たのを逃さず、追加の提案を行う。
「ランチにジェラートを付けるよ。」
「……えっと……し、しおりんは、そういう買収には……」
チラチラとこちらを見ながら、じりじりと後ずさる詩織を見て嘆息する。
「……『カサンドラ』の『プリン・ア・ラ・モード』もつけるよ。」
「えッ!?……そ、それって……通常のじゃなくて、季節のフルーツ盛り合わせのやつ?」
後ずさるを止めて、じっと俺を見る詩織に笑顔を向ける。
「そうだよ……なんなら、詩織が好きなダージリンティーを付けてもいいよ。」
「乗った!!」
簡単に買収されるんだな詩織って。
あまり相談しすぎて情報を渡さないようにしないといけないな。
……ちなみに俺のこの方針転換は、詩織には内緒だ。
◇◆◇
◆◇◆◇
「つまり……佳奈のお母さんが反対していると……」
「ふん、そうらんら……ふぁなはおはあはんと」
「食べ終わってからでいいよ……」
『プリン・ア・ラ・モード』を頬張りながら喋ろうとする詩織を止める。
嘆息しながら詩織と座っているテラス席から空を見上げる。
朝と同じで、雲ひとつない蒼天だ。
逆に、俺の心は曇り模様だな。
内心で苦笑しながら、注文したコーヒーを一口啜る。
ちらりと詩織を見る。
背中まである黒髪をサイドテールにし、黒のタイトスカートに白のブラウスという出で立ちに皮ジャンを羽織っている。足元の黒のブーツが黒のタイトスカートとシンクロしていて映える。
端正な顔立ちなんだから、黙っていたら清楚な美人なんだけどな。
「……塁君、惚れ直した?」
「えッ!?」
『プリン・ア・ラ・モード』を食べ終わった詩織は、上目遣いで俺をじっと見る。
一瞬、その視線にドキリとする。
「でも……今、ちょっと失礼なこと考えたでしょう?」
「いや……」
反射的に目を逸らす。
「ふーん……まあ、いいけどさ……私とのことは、佳奈ときっぱり別れてからだよ?」
悪戯っぽくウインクする詩織の言葉に、思わず咳き込む。
「……いや……今のところ、詩織には恋愛感情なんて無いから……」
「ガーン!……ちょっとは考えてくれても良いじゃん!」
口をとがらせる詩織をジト目で見る。
「……佳奈の件で、悪乗りしているようにしか思えないから、それ以上はやめた方が良いと思うよ……」
「あー……やっぱりそう見えちゃうか……タイミング悪いなー……割と本気なんだぞ!」
「はい、はい。」
「あー……絶対、本気にしてないよね!」
「この状況で本気なら、逆に、ドン引きだよ。」
若干、疲れ気味に詩織の言葉に応える。
「はあ……まあ、いっかー。次の機会にチャレンジするから。」
「えッ!?」
「いや……こっちの話。で、佳奈の件だよね。」
頬杖をつきながらぼやいていた詩織は、居住まいを正す。
「あ、うん。」
「佳奈の昨日の電話はね……佳奈のお母さんが、所謂『内地の人』に対して悪感情を抱いているのが原因なんだ。」
詩織の言葉に、俺は、眉をひそめる。
「『内地の人』って……
「そう……なんだかマスコミの偏向報道に染まっちゃってねー」
続けて嘆息する詩織は、若干、呆れ顔だ。
「……」
「
「……所謂、デマに載せられている人か……厄介だな……そういう人に限って、信じたいものしか信じないって聞いたことがあるし。」
顔を顰める俺に、我が意を得たりとばかりに詩織は頷く。
「そうなんだよ……最初は、上手くごまかせていたんだけどさ、私とのスマホのメッセージアプリのチャット履歴を勝手に見られたんだってさ。酷いよね。」
「……佳奈のお母さんって、そこまでするんだ。」
「まあね……でも、佳奈からサヨナラを切りだされて、逆によかったんじゃない?」
悪戯っぽくウインクする詩織に、怪訝な表情を向ける。
「……なんで?」
「以前、ここで再会した『聖ヨゼフ・パシフィック学園』の同級生君……だっけ。その人から昔の彼女さんとよりを戻したら、みたいな感じで言われてるんじゃないの?」
「えッ!?……なんで……」
ドキリとして、思わず詩織の目を見る。
「……やっぱりねー……」
「……カマをかけたね……」
ムッとする俺に、詩織はシレっとした表情を見せる。
「塁君って顔にすぐに出るからね……それに佳奈も、なんとなく気が付いてると思うよ。」
「えッ!?……何も言ってないよ……」
俺の言葉に、詩織は大げさに嘆息する。
「塁君、良い?……高校卒業から2年後のこのタイミングで同級性がこないだみたいな意味深な会話してたら大抵の女の子は何かあるって気付くよ。普通。」
「……そういうものなの?」
渋面になる俺へ、詩織は大きく頷く。
「……佳奈と、こんな形で終わるのは、なんか寂しいな……」
「……こういう形で終わる恋愛もあるってことでいいんじゃないかなー」
俺の吐露した思いに、詩織はどこか達観したような表情で応える。
その大人びた詩織の表情になんとなく、こういう終わり方もあるのかと妙に納得してしまった。
「……」
「……」
微妙な沈黙に居心地の悪さを感じ、口を開こうとしたとき。
ブー ブー ブー ブー
テラス席のテーブルの上で、消音モードのバイブレーションが振動しているスマートフォンのディスプレイを見る。
「あ、電話……えッ……久間さん!?」
俺のその言葉に、詩織が表情を硬くする。
詩織の様子に、怪訝な表情を浮かべるも、表示されたアルバイト先の上司の名前を確認し、通話ボタンをタップした。
『あ、塁君……今、大学の講義中だよね?』
「あ、いえ……今ちょうど講義と講義の隙間時間なので大丈夫です。どうしたんですか?」
『例のテストプレイヤーのバイトの件で進展があってね。一部、予定が繰上になったんだ。』
「えッ!?進展があったって……かなり難度が高い作業でしたよね。」
『そうなんだけど、心強い助っ人が来てくれてね。アガルタ・オンラインのリバースエンジニアリングが98%まで完了したんだ。』
「えッ!?もう、そこまで進展したんですか?」
『うん。なので申し訳ないのだけど、今日、授業が終わったらオフィスに来てくれるかな?』
「今日ですか?……講義が6限まであるので、お伺いするのが19時超えそうですが……」
『あ、それくらいなが丁度いいかな。来てくれたら、今後の進め方について打ち合わせするから。』
「久間さんが大丈夫なら、講義が終わってからお伺いしますね。」
『ありがとう。じゃあ、待ってるね!』
「はい。では、後ほど。」
通話を切る。
テストプレイヤーの仕事が急に進展したな。
ある意味、佳奈とのことを考えないように出来るからいいのかも知れない。
そう思ったとき、詩織が真剣な表情を浮かべて、俺を見ていることに気づく。
「……塁君、今の電話の相手って……誰?」
躊躇いがちな詩織に、怪訝な表情を向ける。
「えッ……今のバイト先の上司の人だよ。」
「名前……」
「えッ?」
「『久間さん』って言ってたよね?」
「うん。」
「その『久間さん』って『
「な、なんで詩織が『久間さん』の名前をしっているの?」
「……なんでって……そいつが、私の兄貴を見殺しにした奴だからだよ……」
「えッ!?……」
今まで見せたことのない憎悪の炎が籠った詩織の瞳に、俺はただ射竦められていただけだった。
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