幕間2

 『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ』から北米連合へ居を移して半年が経過しました。


 北米連合では、幻想洞窟ダンジョンとそこから湧き出す魔獣の脅威に対抗するため、大都市に周辺住民を避難させ防衛体制を強化しているらしい。


 住民が増えると、大都市でも受け入れが大変なのではないかと疑問に思った。

 本田さんが言うには、『一昔前に流行ったSmartCityの流れに乗って導入した基盤となる仕組みを拡張して増加した住民への行政サービスを効率化しているようです。』とのこと。

 

 専門用語が多かったので理解できなかったから、学校の勉強以外に経済の情報も意識して取り入れていく必要性を改めて感じました……。


 『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ』と違い、北米連合では幻想洞窟ダンジョンとそこから湧き出す魔獣の脅威が身近にあるのだと説明を受けました。

 

 幻想洞窟ダンジョンが遠い世界のことに感じてしまう『人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ』に違和感を感じる程、多くのことを知りました。


 私は、この世界のことをあまりにも知らなさすぎたのです。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇

 

 北米連合東海岸のボストンに、睦月グループが保有する高層タワー・ホテルの最上階52階の1フロアが、私の居住スペースとして割り当てられている。


「今いる部屋も、十分、広いというか……広すぎるよね……」


 最上階の中心部の部屋がメゾネットの吹き抜けだなんて。

 しかもマホガニーデスク、所謂、重役机と備え付けられた重役椅子が、私の作業用デスク兼勉強机となっている。


 トイレや食事、お風呂には、重役机の天板に設置された専用電話で、都度専任メイドの方を呼び出してフロア内の別パーティションへエスコートされて行くルール。

 外出は、SPの方2人と、専属メイドが付いた状態でのリムジン移動。

 買い物は、指定のブティックで専任メイドが仲介する形でお店の方との間を取り持ってもらう形でのみ可能。


「まるでドラマのセレブみたい……」

 

 本田さん曰く『まがりなりにも睦月グループの代表権を持っておられるのですから、必要な措置です。また、訪問客に対する威圧も兼ねていますので。』とのこと……。


 重役椅子のふかふかのクッションに身体を預け、目を閉じぼんやりとする。

 

「塁君がいてくれたら……心強いんだけどな……」


 思わず吐露した言葉に、慌てて周囲を見渡す。

 誰もいないことが確認でき、ホッと一息つきながら重役机の天板の上で肘をつく。


「……ステラさんに聞かれたら、『いい加減、VIP待遇に慣れてください』って言われそうだな。」


 ステラさんというのは、今の住居に到着した際、本田さんから紹介された専任メイドの方だ。

 セラ先生のような銀髪で、パリコレモデルのような抜群のスタイル。目鼻立ちがはっきりした、ハリウッド映画の女優さんのような容姿の方で、出身大学はセラ先生と同じハーバード大学とのこと。


『セラ先生とおなじだ……』

 

 何気なく呟いた時、それまで変えなかった表情の方眉をピクリと動かし『……セラ先生とは、セラ=スカーレットのことですか?』と確認されたときは驚いた。


 お知り合いなのかと訊ねると『……従妹でございます。』と表情を消してお返事をいただいた。


 ……あまり、触れてはいけないのだとなんとなく理解した。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


 ボストンに居を構えると同時に、インターナショナル・スクールへの転校手続きも完了した。

 

 最初は、ボストンのインターナショナル・スクールでは、どんなお友達ができるのだろうかと楽しみにしていました。


 だけど……授業は同じフロアの勉強部屋に備え付けられたTV会議システムという設備を使ってリモートで受ける形になると説明を受けた時は、とても残念なきもちになりました……。


「新しい学校で友達さえ作れないなんて……」


 本当に気が滅入る。


 そして、極めつけが受験についてだ。


大学受験SATは、何処かの会場に移動してと思ったのにな――」


 ステラさんとのやり取りを思い出し、深く嘆息する。

 

 『お嬢様が足をお運びいただく必要はありません。CBT形式で行えるよう手配をし、専用の受験設備を準備いたしましたので。』


『……で、でも、SATって公平性が求められますよね。試験監督の方がいない形での受験って認められないと思うのだけど……』


『問題ございません。試験管理委員会より、専任の女性の試験監督を派遣いただけますので。』


『…………』


『お嬢様は何もご心配することなく受験勉強に集中いただき、当日に実力を発揮してください。』


『……はい……頑張ります。』


「……でも、大学に合格さえすれば、塁君と逢えるよね。」


 塁君と大学で再会することを心待ちにしながら、私は、今できることを精一杯、頑張りました。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇

 

 SAT受験の後、手続書類一式を送付して数か月。

 ハーバード大学から合格通知を受け取った時、私の心は、ただ1つの想いで占められていた。


「これで、よやく塁君と逢えるんだ……」


 と。


『えへへ……フレンチじゃなくて、ディープキスでした……またね……バイバイ』


 唐突に、図書室で最後に塁君と交わした言葉が脳裏を過ぎる。


「…………」


 本当に愛おしいと思える男性との思い出が、万感の想いとともに私の心を占めていく。

 気が付くと合格通知を胸に抱いたまま、静かに泣いていた。

 

 でも、塁君がハーバード大学に入学どころか受験さえしていないことを、私が知るのはもっと後のことだった。

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