第7話

「うん。面白い。檜山君、君の観点は、すごく斬新だね。」


 目の前の液体金属の組成シュミレーターに表示された結果を一頻り確認し後、黒に近い濃藍色の髪に、黒い瞳をした童顔の男性が俺に笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます。ただ、久間さんが企図して設定された仮説に帰結しない結果は意味ないです。」

 

「最初からそこまで追い込まなくてもいいんだよ。」


 最初に久間さんと会ったのは、大学1回生の後期授業が始まる直前だった。

 学生課の丸山さんの紹介という形で、コンタクトをとったのがきっかけだ。

 

 指定のメールアドレスに連絡したところ、翌日の授業終わりに面接という運びになった。面接官が久間さんで、その日のうちに体験での業務に従事させてもらえた。


 それ以来、早いもので1年もアルバイトに従事させてもらっている。


「そういえば、そろそろ2回生の後期だよね。来年の研究室への配属希望は出したころかな?」


「あ、はい。今のところ、影山教授の研究室への配属希望を出しています。」


「おお!影山教授の研究室への希望を出したんだね。影山教授とは、液体金属の組成に関して共同研究をしているから、僕の方からもそれとなく檜山君のことは、プッシュしておくよ。もし、無事に配属されたら、今、アルバイトで関与してもらっている仕事が研究テーマになるかもだね。」


「そうなんですか!?であれば、すごくやりがいがあります!」


「うん。いいね!檜山君の斬新な観点があれば、液体金属の研究が進展しそうだよ。」


「どこまで進展するかは知りませんが、頑張ります!」


 ブー ブー ブー ブー

 

 と、作業机デスクの上に置いてある、濃藍色のスマートフォンが振動した。


「あ、電話かな……はい。久間です。はい……えッ……それうちで引き取るんですか?」


 久間さんが驚くのも珍しいなと思いながら、液体金属の組成シュミレーターの環境変数のパターンをいくつか作業机に広げた研究ノートへ書きだしていく。

 

「……まじですか……まいったな……こちらもあまり人手が……」


 と言いかけた久間さんが、何故か、俺の方をじっと見ているのに気が付いた。


 研究ノートに書きだす作業を止めて、久間さんの方を見る。


「……人手は確保できそうです……あ、はい。なので、一度、検討しますね。」

 

 電話を切ると、久間さんは腕組をしながら、うーんと悩み始めた。


「……どうかされたんですか?」


 なんとなく聞かないといけない気がしたので訊ねる。


「『アガルタ・オンライン』って聞いた事あるかな?」


 マイナーなネットゲームだろうか。


「聞いたことは……ないですね。」


「う~ん……普通は知らないか……限られた狩猟探索者ハンターしか利用していないし……」


 狩猟探索者ハンターという言葉にドキリとする。

 

「えっと……限られた狩猟探索者ハンターしか知らないってことは、幻想洞窟ダンジョン絡みのものなんですか?」


「あ、ほら、13年前に巨大津波災禍ダイダルウェイブ・ヘル巨大地震災禍タイタンズ・ヘルがあったよね。」


 13年前、太平洋に接する国々を襲った巨大津波。

 その後の2次災害を含め、現在では巨大津波災禍ダイダルウェイブ・ヘルとの呼称で統一されている。


「あ、はい……あれは……とても酷かったですね……」


 その復興が途に就き出した頃、インド西部が発生源となった巨大地震に端を発した連鎖災害により、この世に地獄絵図が顕現した。

 現地入りした各国の救援隊や報道陣すら巻き込み、判明しているだけで3億人が死亡。

 未だに、7億人が行方不明となっている。

 現在では巨大地震災禍タイタンズ・ヘルとの呼称で統一されている。

 

「その時に、現地で救助を行うレスキュー隊員向けに、過酷な環境でも耐えられるように訓練用シュミレーターが開発されてね。」


「えッ!?……そんなものがあったんですか!?」

 

「僕も知らなかったんだけどね……その後、魔獣災禍スタンピード・ヘルが起きた際、レスキュー隊員用の訓練用シュミレーターを改修したものが『アガルタ・オンライン』の原型らしい。」


「えっと……原型ってことは、今は狩猟探索者ハンター向けの対ダンジョン攻略訓練シュミレーターが存在しているんですか?」


 巨大地震災禍タイタンズ・ヘルで被災した国への救助の遅れや他国の陰謀論も含めて各国首脳が泥仕合を行う中、世界各地の平野部や山岳部、海底を含め合計108の巨大な陥没が発見されるも、当初は巨大地震災禍タイタンズ・ヘルによる爪痕と判断され、が脅威とは認識されていなかった。

 巨大な陥没から体長5メートルを超える獣……魔獣の群れが湧き出してくるまでは。

 

 巨大津波災禍ダイダルウェイブ・ヘル巨大地震災禍タイタンズ・ヘルの被害が立ち直る間もなく、巨大な陥没から湧き出した魔獣の群れに、村や町はもとより都市も蹂躙されることとなった。

 各国の軍により当初は撃退できていたが、蜃気楼のように消えては現れる巨大な陥没、幻想空洞ダンジョンから止めどなく湧き出す魔獣の群れに飲み込まれていった。


 今では、魔獣を生み出す元凶である幻想空洞ダンジョンを駆逐するために、戦闘訓練を受けた軍人が狩猟探索者ハンターとして活動している。


 久間さんのいう、訓練シュミレーターで訓練すれば、狩猟探索者ハンターとして活動できるかもしれないとの逸る心をおさえながら訊ねる。


「まあ存在はしているんだけど……とっつきにくくてね。」


「とっつきにくい?」


「まあ、なんだ……戦闘訓練を長年積んできた兵士でないと耐えられない難度でね。」


 苦笑いを浮かべる久間さんの言葉に、とあることに気づく。


「えっと……もしかして、その難度が原因で、狩猟探索者ハンターになれるのが軍人限定ってことだったりしますか?」


「……まあ、その通りなんだ……あまり言わないでくれるかい?」


 愕然としながらも、釈然としないことの確認を行う。


「なるほど……えっと、では、なぜ今回その訓練シュミレーターのことを話題にされたんですか?」


「そのとっつきにくさを、何とかして欲しいという依頼がうちの会社に来たからだよ。」


「とっつきにくさを何とかって……」


 絶句していると、苦笑いを浮かべながら、久間さんは事情を嚙み砕いて説明してくれた。


「まあ、分からなくて当たり前だから気にしたらダメだよ。狩猟探索者ハンター養成機関……名前は忘れちゃったけど、そこが突貫で開発した訓練用シュミレーターを狩猟探索者ハンターからの要望をフィードバックする形で機能拡張したきたものらしい。」


「そんなことをしてきたんですね……」


「そもそも、狩猟探索者ハンターを養成する必要がでてきたのは、世界中に溢れ出た魔獣の駆除に世界各国の軍隊では手が回らなくなってきたからなんだよ。」


「あ、それは聞いたことがあります。」


「ただ、狩猟探索者ハンターを養成するにしても戦闘訓練を十分に積んだ兵士じゃないと訓練用シュミレーターを使うことすらできない。幻想空洞ダンジョンの被害が拡大するなかで、狩猟探索者ハンターの養成が間に合っていない。だから……」


「だから……戦闘訓練を十分に積んでいない人でも訓練が行えるように、訓練用シュミレーターを使いやすくする必要があるということですね。」


「流石だね!……正解」

 

 現在、魔獣との闘いは足りない狩猟探索者ハンターの代わりに、民間企業連合が出資する形で設立された民間軍事会社PMCに雇われた傭兵部隊の参戦により、辛うじて戦線を維持することが出来るようになった。

 なお、一部の精鋭傭兵部隊は魔獣を駆逐するだけでなく、幻想空洞ダンジョンの探索および破壊により魔獣の発生を止めることに成功したため、今では彼らも狩猟探索者ハンターと呼称することが定着している。


「具体的には、どんな形で使い勝手をよくするんですか?」


「それはね……シュミレーターによる訓練効率を最大化するためにゲーミフィケーションの要素を加えて機能拡張をして、VRMMOのようにするって話になっているんだよ。」


「VRMMOですか!?……というか……そんなゲームのように改修するって……まさか!?」


「うん。察しが良いね。特別な訓練を受けていない人……つまり、学生や一般人へも門戸を開くことが前提での機能拡張と改修なんだよ。」


「えっと……じゃあ、俺が関与するのは……」


 狩猟探索者ハンター用の訓練シュミレーターで訓練を積める可能性があるのかとの想いに、鼓動が早くなる。


「機能拡張と改修を行った『アガルタ・オンライン』の使い勝手を確認すためのテストプレイヤーになって欲しいんだよ。塁君には。」


「…………」


『……なんなんだよ……なんで誰も救えないんだよ……』


 あの時、姉さんが消えてしまった日に何もできなった自分の言葉が脳裏を過ぎる。


「あー……やっぱり……ダメだったかな?」


 困ったような表情を浮かべ、頭を搔いている久間さんを見つめる。


「いえ……俺にやらせてください。」


「良いのかい?」


「実は……日本国の内地で起きた魔獣災禍スタンピード・ヘルで両親が死んでいるんです。」


「えッ!?……あ、すまない不躾な話をしてしまって……」


「いえ……あの時、避難所に避難した俺は何もできなかったんです。だから、理不尽な状況に対抗できる力があればと、ずっと願ってきたんです。」


「…………」


「だから、俺……訓練シュミレーターのテストプレイヤーとなって、俺自身が狩猟探索者ハンターになれるのかやってみたいです。」


「…………なるほど……こちらとしては、願ってもないことだけど……『復讐』そのものを止めるつもりはないけれど、君が狩猟探索者ハンターとして活動する場合、テストプレイヤーのアルバイトの契約では許可できない。だから、もし本当に狩猟探索者ハンターとして活動する気があるのであれば、我が社のPMCと契約の上でってことになるけどいいかな?」


「はい……俺には異論はないです。」


「分かった。じゃあ『液体金属の組成』に加えて『訓練シュミレーターのテストプレイヤー』の仕事もお願いするね。差しあたっては、新たな契約からだね……」


 思案気に頭を掻いている久間さんに、俺は深々と頭を下げた。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇

 

「『アガルタ・オンライン』か……」


 大学の講義もそこそこに、独り言ちながら講義ノートを黒のスタイリッシュなトートバッグに片付ける。


「塁~……ランチ行こうよ。」

 

「来週から試験期間に突入するから塁の講義ノートは、このしおりんが守るよ!」


「……単に俺の講義ノートを金づるに、また商売する気だよね。」


 ジト目で詩織をみると、乾いた笑みを浮かべて誤魔化す。


 佳奈は、胸元まで伸びたセミロングの茶髪にデニムのショートパンツにカットソー、白のカーディガンを羽織っている。ベージュのトートバッグを右肩に掛けている。

 詩織は長くなった黒髪を後ろに下ろしている。膝上丈の碧いワンピースという出で立ちだ。青い幅広のトートバッグを左腕に掛けている。


「佳奈と詩織って午後一の授業ってある?」


「ん。確かなかったよ。次の講義は15時から」


「しおりんはね……なんと講義はもうないのでした!」


「なるほど……じゃあ、ランチは久しぶりにテクノパーク内の『カサンドラ』とかでどう?」


 俺の提案に、佳奈と詩織は笑顔になる。

 

「いいね!」


「乗った!」



 

 環太平洋総合技術大学TPCTUのキャンパスからテクノパーク内の『カサンドラ』までは、徒歩で10分くらいの距離にある。

 

 確か佳奈と詩織に出会った時も『カサンドラ』でお茶したな。


 案内された席も同じテラス席だったこともあり、思い出していた。

 ランチセットを3人で食べ空腹を満たす。

 

「ところで、最近バイトに精を出している塁に、しおりんは質問があるのです。」


 ランチ後のコーヒーを飲んでいる中、やや芝居がかった言い方で居ずまいを正しながら詩織がコホンと咳払いをする。


「……」


 ちらりと、佳奈をみると視線を逸らしてる。

 なんとなく、心当たりがあるので少し緊張しながら詩織に視線を戻す。


「……なにかな。」

 

「佳奈のことなんだけど……最近、塁は佳奈ときちんと逢ってあげている?」


 やや真剣な表情で、じっと俺を見る詩織に俺は嘆息する。


「……逢えてないな……」


 俺の返答に、詩織はわざとらしくため息をつく。

 

「……塁がアルバイトで忙しいのはわかるよ。でも……」


「詩織……いいんだよ。塁には塁の考えがあるし……私は塁の重荷にはなりたくないし……」


「佳奈さ……ちゃんと言いたいこと言わないといけないよ?わかってる?」


「わかってるよ!でも……でもね……塁には講義で逢えるんだし……」


「講義以外で中々逢えないこと自体、付き合っているとは言わないよ!」


「ッ!?……それは……」


 佳奈と詩織が言い合う度に声が大きくなっていき、他のテーブル席の客や外を歩いている人達が視線をこちらに向ける。


「えっと……場所を変えないか?」

 

「あ……ごめん」


「あ……そ、そうだね」


 俺の提案に自分達が割と大声で口論していたのに気付き、佳奈と詩織は赤面する。


「じゃあ……」


「もしかして、お前、塁か?」


 隣のテラス席に座っているカップルの男性が、俺に声をかける。


「えッ!?……あ、はい。」

 

 怪訝な表情で、相手を見る。

 デニムのジンズ、白いTシャツの上に黒のジャケットを羽織っている。


「俺だよ。智也……葉月智也だ……『聖ヨゼフ・パシフィック学園』の3-Aで同じだった。」


「あ!……智也……なのか。」


「そうだよ!……それより塁、お前この2年間、何をしてたんだよ。全然、連絡なかったし。」


「ごめん……ちょっと、バイトと講義で忙殺されてた。」

 

「バイトだあ!?……お前、一体なにが……っていうか……」


 チラリと智也の視線が、俺の隣に座っている佳奈を見たような気がした。

 

「ねえ!智也。あたしにも話させてよ。」

 

 と、智也の隣に座っている長い黒髪を後ろに流している女性が、俺の方を睨むように見ている。

 というか、睨んでいる。

 黒いシースルーに白いカーディガンを羽織っている。

 

「あ、そうだな……悪い……」


「檜山君……私のことわかる?……篠崎楓よ」


「えっ!?篠崎さん……」


 『聖ヨゼフ・パシフィック学園』の時と比べて、とても大人っぽい姿に戸惑う。


「ちょっと確認したいのだけど……お隣の女性のかた……佳奈さんというのかしら……その方と檜山君はお付き合いしているのかしら?」


 少し、棘がある言い方に佳奈が肩をビクリと振るわせる。


「……まあ、そうだけど……」


「そう……なら……ここで話題にすべきではないわね。」


 そこまで言うと、篠崎さんは嘆息し、やれやれとばかりに頭を横に振る。


「……あー、塁……後で連絡するよ……」


 と、智也が詩織と佳奈の方をチラリと見ながら、歯切れ悪く口ごもる。


 そして、俺にだけ聞こえる声でつづけた。


 「加奈と……睦月加奈と連絡が取れた……」


 智也からもたらされた、その情報に、俺は……俺の心は酷く乱れた。

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