第6話
「塁って……内地出身だったんだ……」
俯きながら呟く佳奈を視線を向け、詩織は眉をひそめる。
「……佳奈……もしかして、おばさんの影響を受けてるの?」
「……影響っていうか……『内地人』には、良いイメージがなかったから……」
佳奈の言葉に、詩織はスッと目を細める。
「……塁のことが好きなら、佳奈のおばさんが言っている『内地人』と同一視しない方が良いよ」
「……それは……うん……分かっている……」
「本当?……おばさんが言う『内地人は孤児が多いから治安を悪化させる』って塁に当てはまる?」
「……当てはまらない……かな」
視線を迷わせながらも、呟く佳奈に、詩織は笑顔を向ける。
「それが分かってるなら大丈夫か……というかニュースでは『内地人』という表現で殊更悪く言っているけど、公表されている犯罪統計を確認したら、
「……えッ!?……たった1パーセントなの?」
詩織の言葉に、佳奈は目を見開き驚く。
「客観視できるデータと付き合わせて確認しないと、誰かの主観が入った情報……つまりデマに踊らされるだけだよ。」
「……うん……わかった……」
しゅんとなる佳奈を優しい眼差しを向けるも、悪戯っぽい表情を浮かべる。
「もし、佳奈が『内地人』を理由に塁と付き合うことを迷うようなら……塁、貰ってもいい?」
「ッ!?……だ、ダメ!……それは、ダメ!」
「塁……初めて見た時、私もいいなーって思ってたんだよね……」
頬杖をつきながら頬を赤らめる詩織に佳奈は慌てる。
「さ、先に付き合ったのは、わ、私だよ!」
「取り持ったのは、私だけどね。」
ニシシと笑う詩織に、佳奈は頬を膨らませる。
ひとしきり、揶揄うように佳奈を眺めた詩織は、居ずまいを正す。
「ところでさ……佳奈って……先週、塁の家にお泊りしたんだよね?」
「えっ!?……ま、まあ……うん」
照れながら視線を彷徨わせる佳奈をじっと見て、詩織は嘆息する。
「で、どうだったの?塁との甘い夜……」
「……えっと……その……素敵でした……」
「なるほど……じゃあ……舞い上がって、塁の家にご両親がいないことに何の疑問も抱かなかったって感じかな?」
「……うん……」
「……ご両親がいないことは、あえて聞かなかった理由は?」
「……ご両親は、ご旅行に行っているんだと思ってた。」
「……そっか……」
詩織は、うーむと、黒髪を弄りながら思案する。
「……塁の家にお泊りしたこと、茶化さないの?……」
「……茶化してほしいの?……」
「いや……しないで欲しい……」
「だよね……」
詩織は、うーむと、腕を組む。
「
「確かそのはず……」
「じゃあ……塁は、10年間、一人だったんだね……」
「ッ!」
詩織の言葉に、佳奈はハッとした表情を浮かべる。
「……孤児だけど、塁は歪まずに生きてきたんだってことはわかるよね。」
「うん……『内地人』って一括りにしていい話じゃないね……」
「……どこかのタイミングでさ……今日のことの謝罪兼ねて、塁をランチに誘おうよ!」
「うん!そうだね!」
佳奈と詩織は、お互いの視線を合わせると、力強くうなづく。
ブー ブー ブー ブー
「あ、電話だ……あ、お母さんだ……電話出るね。」
「うん……」
「もしもし。佳奈だよ。どうし……えッ!?……なんでそんな話になるの?」
詩織は、佳奈の会話を頬杖をつきながら、不安そうに見つめている。
「うん……だから、そんなんじゃないって……うん……じゃあ、切るね……」
電話を終えた佳奈は、スマートを両手で握りしめながら目をつぶり、嘆息する。
「……佳奈……もしかして、塁と付き合っているってこと、おばさんに言ってないんでしょ?」
「…………友達って、言ってる」
「じゃあ……塁の家に外泊したのも知らないの?」
「えっと……うん……はい……」
「……ということは、お泊りしたことで誰かと付き合っているんじゃないかって疑われて、その相手が『内地人』かもしれないって思われてるんだ。」
「……うん……」
「……じゃあ、ここはしおりんが人肌脱ぐか!」
「えッ?何するの?」
「佳奈は、私の家にお泊りしたってことにしよう!」
「えッ!?……い、いいの?」
「女の子同士で、アリバイ作るのって結構あるみたいだよ。佳奈は知らない?」
「初めて聞いた……」
「じゃあ……貸し1つってことで!」
拗ねたような佳奈に、詩織はドヤ顔を向ける。
「うっ……わ、わかったよう……この貸しはきっと高くつくんだろうなぁ……」
深いため息をつく佳奈に、詩織はニシシとイイ笑顔を向ける。
「じゃあ、佳奈のおばさん対応の作戦会議しよっか?」
「うん!」
テラス席で佳奈と膝附合わせながら、時折、含み笑いをする詩織に、他の学生が若干引いて距離を取り始めたことは……
◇◆◇
◆◇◆◇
壁一面の窓ガラスからさす日差しに目を細める。
指定された場所は、テクノパークの
入館用に連絡されたQRコードをオフィスビルの通用口横のカメラに指示通りに照らすと通用口のドアのロックが解除された。
エレベーターのエントランスから高層階への直通エレベーターに乗り、そこでも、指示通りに備え付けのカメラにQRコードを照らすと、移動先のボタンが自動的に点灯して移動を開始する。
インターホンを押し、到着したことを告げると、藍色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの白のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性が迎えに出てきてくれた。
エスコートされて訪れたオフィスもオフィスビルの外観と同じく、白を基調とした少し広めのカフェ風のレイアウトとなっている。
スチールのフレームと黒ガラスの天板で構成された長方形のテーブルに備え付けられた、白のダイニングチェアーに案内される。
「檜山君は、
白のダイニングチェアーエスコートしてくれた童顔の男性が俺に笑顔を見せる。
黒に近い濃藍色の髪と、優し気な光を湛える黒い瞳が印象的だ。
「あ、はい。丸山さんから
「なるほど。僕は、
そういうと、久間さんは、履いているスリッパの音をパタパタとさせて、奥のバー風のシステムキッチンへ向かう。
「コーヒーでいいかな?」
「あ、はい。ありがとうございます。」
久間さんは、ミラージュブラック色の冷蔵庫から出したペットボトルの水をケトルに注ぎ、ケトル台に設置する。
ふと、視線を外に向けると、窓ガラス越しに、白い波間がとぎれることのない海岸が視界に入る。ふと視線を上げると、地平線の先までつづく碧い海と、真蒼の空が広がっている。
「職場環境は、比較的良い方だと思うよ。」
久間さんは、マグカップ2つに、ドリップコーヒーのフィルターをのせる。
と、お湯が沸いたことを知らせるケトルのアラームが鳴る。
視線をオフィス内に移すと近未来的な流線形のデザインを取り入れた
「人間工学的に、生産性を高めるためのデザインらしいよ。その
見ると『生産性』を高める流線形のデザインを取り入れた5台の
「そうなんですね。」
久間さんは、ドリップコーヒーのフィルターからお湯を2つのマグカップに順に注いでいく。
ふと視線を横に向け、一部の
「……個人的には、ちょっと大きめの大学の研究室って感じに見えてたりします。」
「うん……まあ、そうだよね。」
苦笑しながら、久間さんはドリップコーヒーを入れたマグカップを2つ持ちながら近づいてくる。
長方形の黒ガラスの天板にマグカップを2つ置く。マグカップには、クマらしきキャラクターがプリントされている。
「砂糖とミルクは必要かい?」
「いえ。ブラックで大丈夫です。」
そう応えると、黒ガラスの天板に置かれた1つのマグカップを持ち琥珀色のコーヒーを口にする。
「……苦みがそれほどないですね……ドリップコーヒーからこんな味がだせるんですね……」
「水の方にちょっとした工夫があってね……淹れ方は秘密だよ。」
半ば感心していると、久間さんは笑みを浮かべ、マグカップを持つと自分で淹れたコーヒーを口にする。
「さて、早速だけどアルバイトの話をしようか……檜山君、今の専攻は?……あ、まだ1回生だったか……」
「あ、はい。今、
「なるほど……じゃあ、今回の求人は見てるのかな?」
「えっと……確か『液体金属の組成および方式案の検討』でしたっけ?」
「うん。そうだよ。うちの会社で、新素材に使えそうな液体金属を偶然組成できたんだよ。」
「水銀みたいなものと考えていいのでしょうか?」
「まあ、直ぐに思いつくのは水銀だと思うけど……うーん、言葉としては難しいのだけど、『再生医療における体組織の形成場』として使えそうなもの……『疑似細胞』という表現になるかな。」
「ッ!?……それって……四肢を失った人の治療にも使えるってことですか?」
「あー……治験とかもまだだから何ともいえないけれど、夢を見るなら、可能性はあると考えてくれていいよ。」
「なるほど……」
かつて、
「……
自然と口から出た言葉に、久間さんは一瞬驚いた表情を見せた後、微笑を浮かべる。
「驚いたな……うちの会社で目指しているのは、まさに、そのことなんだよ。」
「えっ!?」
「今こうしている間にも
「なるほど……」
神妙な表情を浮かべていたのだろう。久間さんは、俺に微笑むとつづける。
「今回のアルバイトでお願いしたいのは、企画段階にある新素材の検証なんだよ。新素材の特性を出来るだけ解明したいっていうものなんだ。まあ、似たような研究は他社さんも実施しているから、檜山君はそれほど気負わなくてもいいよ。」
「あ……はい。」
「じゃあ、強力してくれるってことで、話を進めてもいいだろうか。」
「もちろんです!」
願ってもないことだと思い、力強く頷く。
「じゃあ、これからよろしくね。檜山君。」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。久間さん。」
微笑をうかべ差し出された久間さんの手を握り、握手をする。
久間さんは一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべるも力強く握り返してくれた。
そのことに嬉しくて僕は気が付かなかった。
久間さんの瞳に、当初湛えていたのとは違う剣呑な光が宿っていることに。
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