第4話

 「えーと……たしか、5015だったっけ……」


 冬の肌寒い風が残る中、桜が色づく季節へ移り始めていた。


 俺は、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカ中心部の企業群が集まるテクノパークに隣接する環太平洋総合技術大学TPCTUのキャンパスにやってきていた。


 昨年の秋、加奈との突然の別れは、俺を自分の目的を果たすことに追い立てた。

 復讐のための第1歩として環太平洋総合技術大学TPCTUを受験したのだ。


「実力模試では合格判定Bだったから、ちょっと不安だよな……」


 独り言ちながら、合格発表者が張り出されている場所を探しながら、キャンパス内をウロウロしていた。


 ブー ブー ブー ブー


「あ、電話……智也か……」


 消音モードのバイブレーションで振動するスマートフォンのディスプレイを見る。

 表示された友人の名前を確認し、通話ボタンをタップした。


『塁か……今、どこにいるんだ?』


環太平洋総合技術大学TPCTUのキャンパスだけど……」


『……お前……結局、その大学を選ぶのかよ……SATの結果を見る限り、願書出せばどこでも合格できるじゃねえか……』


 若干意気消沈する智也の声に、躊躇しながらも俺自身の考えを伝える。

 

「……俺本来の目的……それを達成するために、大切なことだと思ったからだよ。」


『……まあ……俺にはもう何も言えないけどよ。危ないことはすんなよ。』


「……ありがとう」


 最終的に俺の意思を尊重してくれるのは、智也らしいなと思う。

 俺自身が間違った道を選びそうになったら、やんわり注意を促してくれるのだろうなと思う。


「……えっと……ここが合格者の受験番号を表示するディスプレイか……」

 

 環太平洋総合技術大学TPCTUのキャンパスガイドが表示された、大きなディスプレイの上部に『入試合格者発表まで』という文字とカウントダウンされる数字を見る。

 丁度、『180 seconds 』をきったあたりだ。


「結果が表示されるまで、あと、3分か。」


 少し、緊張してきた……。

 

「意外と、人が多いんだな……」


 合格者の受験番号を確認するためか、既に50人くらいの人がディスプレイ前で、結果が発表されるのを待っている。


 スマホからも確認できたのだけど、それだとなんだか味気ない気がしたんだよな。


 カウントダウンが、『120 seconds 』を切った。


「……あ、ここじゃないかなぁ……」


「……本当?佳奈は、おっちょこちょいだからなぁ」


「あ、ひっどーい……同じ大学にいけないかもって泣きそうになってな誰だよぉ」


「うっ……それを言われると辛い……ごめん、ランチ奢るから許して!このとおり!」


「……うーむ……どうしょっかなぁ……カサンドラのジェラートもつけてくれたら許す!」


「御意!」


「なにそれ!武士か!」


 佳奈という名前に、ドキリと大きく鼓動が鳴る。

 

 思わず2人の同年代の女子を見る。

 佳奈と呼ばれた方の女子は、茶髪のボブカットに、ショートパンツとTシャツの上に白のカーディガンを羽織っている。

 もう1人は、胸元まであるセミロングの黒髪に、白の膝上丈のワンピースという出で立ちだ。


 加奈とは全くの別人に落胆する。

 と、前方から騒めきが大きくなった。


 見ると、カウントダウンが『10 seconds 』となっていた。


「あ!佳奈!見て!あと、10秒だよ!」


「分かってるわよ!詩織、もう少し、落ち着きなよ!」


 3、2、1 とカウントダウンがされたあと、キャンパスガイドが表示された、大きなディスプレイの上部の文字が『Congrturation !Welcome to TPCTU !』に変わる。


 すると、合格者の受験番号が一斉に表示された。


「あ!出た!私の番号あるかな?……えっと……5013は……あ、あった!」


「お、詩織やったじゃん!……じゃあ私は5014だったから詩織の番号の次に……あ!あった!」


「やった!佳奈と一緒の大学だぁ!」


「うん!詩織と大学も一緒だぁ!……合格判定Dからよくぞ巻き返した!」


「佳奈〜!今、それ言う?」


「今だから言うんじゃない!詩織、おめでとう!」


「ありがとう!佳奈もおめでとう!」


 目の前で、勝手に盛り上がっている女子2人に、なんとなく笑顔が綻ぶ。


「えっと……俺の番号は……お、あった……5015……合格か。」


 呟いたとき、ちょうど目の前で喜びあっていた2人の女子が俺の横を通り過ぎようとしていた。


「ん?……5015?……あ、失礼ですが、あなたの受験番号って5015なんですか?」


 茶髪のボブカットの佳奈と呼ばれた女子から、急に声をかけられた。


「えっ?……あ、はい。俺の受験番号は、5015ですけど……」


 突然のことに鳩が豆鉄砲を食らったような、変な顔をしていたのだろうか。

 俺の顔を見て、クスリと笑うと、右手を差し出してきた。


「私、滝澤佳奈って言います。私の受験番号は5014なの。何かのご縁だと思うから大学ではよろしくね!」


 明るく、ハキハキと行われた自己紹介に、思わず差し出された手を握る。


「俺は、檜山塁です。受験番号が連番というのは確かに何かのご縁ですね。こちらこそよろしく。」


 すると、そのやり方を見ていたセミロングの黒髪の女子が興味津々といった目で俺と、滝澤さんを見る。


「なに、なに~!佳奈、逆ナンしてるの?」


「ッ!?……逆ナンじゃないよ!詩織、何言ってるのよ!」


 そう言うと、赤面しながら、パッと握った手を離す。

 離したその手を縦にブンブンと振り回しながら、詩織と呼んだ女子に反論する。


「ほんとに〜?……よく見たらイケメンじゃない。見た目がタイプだからって合格発表の日に彼氏ゲットしなくても良いじゃない〜」


「だから、違うって……受験番号が連番ってことがたまたま分かったから、声かけただけだよー」


「あーはい、はい。そういうことにしといてやるよ!……というか、佳奈と連番なら私から彼まで受験番号が連番だから私ともご縁があるんじゃない?」


「あー……そうだね。」


「そこで、テンション下げられると、傷つくんだけど~」


 頬を膨らませて、詩織と呼ばれた女子は、視線をこちらに向ける。


「あ!そういえば、自己紹介がまだだったね!私、西山詩織……しおりんって呼んでね!」


 悪戯っぽい笑顔を俺と滝澤さんに向けながら、ニシシと笑う詩織という女子を見て、ふと思った。

 

 セラ先生と同じ人種だなと。


 ◇◆◇

 ◆◇◆◇


「へー、檜山君って『聖ヨゼフ・パシフィック学園』出身なんだ。優秀~。」


「偏差値70超えているって聞いたよ。凄いね。檜山君。」


 テクノパーク内の『カサンドラ』という名前のカフェのテラスのテーブル席を3人で囲って話をする中で、俺の出身高校の話題が出た時、予想外に褒められて戸惑う。

 アイスコーヒーを、半分ほどストローで飲み、戸惑いの表情が出ないようにする。


「……ありがとう。褒められるのに慣れてないから、戸惑うね。」


 結局、困惑の表情を浮かべて返す。

 俺の反応を見た西山さんと滝澤さんは、お互いの目線を合わせ、クスリと笑う。


「あたしらからすると、檜山君って謙虚だなって思うよ。」


「確かに、他校の男子生徒なんて、中身のない自慢ばっかりするし。」

 

 西山さんと滝澤さんは、誰かを思い出しながら鬱陶しい表情を浮かべる。


「……そういえば、西山さんと滝澤さんは、どこの高校なのかな。」


「あ、うちらは『聖フェリス・パシフィック学園』だよ。女子高。ひみつの花園……気になる?」


「あー、詩織……言い方~。檜山君、引いてる引いてる。」

 

「おうッ……やっちまったかぁ……メンゴメンゴ」

 

 芝居がかった言い方で、悪戯っぽく謝罪をする西山さんに、クスリと笑う。


「『聖フェリス・パシフィック学園』の制服を着た女生徒とは、たまにモノレールで見かけたよ。制服、とても可愛いなって思ったよ。」

 

「おおー!可愛いいただきましたー!」


「ちょっと、詩織、大声出さない!」

 

 テラス席だったため、大声を出した西山さんがカフェの前を歩いていた人やカフェ内の他の客他の客席から視線を集め、赤面する。

 思わずクスリと笑う。

 

「そういえば……他校とは、あんまり交流、持たなかったな。」


 俺の呟くような声を西山さんが拾って、応じる。

 

「まあ、『聖ヨゼフ・パシフィック学園』は、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの学校の中じゃ独走状態だから、内部の勉強を頑張ってれば他の高校なんて眼中にないって思うよ。気にしない方が良いよ。」

 

「……ありがとう。まあ、確かに勉強は大変だったよ。」


 うんざりするような表情を浮かべると、西山さんと滝澤さんは、またクスリと笑う。


「檜山君はさ……今、付き合っている……彼女とか……いるのかな?」

 

「お、佳奈、積極的~!」


 上目遣いの滝澤さんを横目で見ながら西山さんが茶化す。

 

「えっと……今は……いないかな。」


『えへへ……フレンチじゃなくて、ディープキスでした……またね……バイバイ』


 頬を紅潮させてはにかむよう加奈の表情と、最後に交わした言葉が脳裏を過ぎる。

 ずきりと心が痛んだ。

 

「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあさ……まずはお友達からってことで、どうかな?」


「あたしら女子高だったからあんまり恋愛経験ないんだ~。」


 頬を赤らめていう滝澤さんを見ながら、ニシシと笑う西山さん。


「……えっと……」


 返答に困り、戸惑う俺に西山さんが、イイ笑顔を向ける。

 

「佳奈、任せるから檜山君リードしたげてね。」


 そして俺は、環太平洋総合技術大学TPCTUに合格したその日、滝澤さんと……佳奈と付き合うことになった。

 

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