第2話

 俺が、今、暮らしている人工幻夢大陸ネオ・アトランティカは、直径23kmの正12角形をした人口島だ。浮力を保持すると同時に大陸並みの強靭性を担保するため、メガフロートを幾層にも重ね合わせて建造された。

 

 建造されたという表現をしているのは、幾層にも重ね合わせて組立てられたメガフロートを巡洋艦で曳航し、太平洋のど真ん中で組立てられたからだ。


 よくそんなことができたなって?


 人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの建造が開始した2108年は、北米連合と中華大国の貿易摩擦が洒落にならくらいエスカレートしていたんだ。

 北米連合は、この貿易摩擦を緩和させるために太平洋のど真ん中に貿易中継地を建造することを所属する環太平洋条約機構TPTO内で提案。

 参加国から承認を得るや、太平洋に展開していた第7艦隊を動員して、中継地予定地にメガフロート群を曳航して短期間で建造してしまった。


 まさに、危機感のなせる偉業ってやつだ。

 

 その時に建造されたのが、現在、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカの中央省庁が存在する部分だったりする。

 今では、拡張に次ぐ拡張で規模を拡大中って状況だ。


 ただ、順風満帆に事が進んだわけじゃない。


 中華大国や露西亜連邦にとっては新たな軍事拠点の建造にしか見えなかった。

 原因は、北米連合の外務省が環太平洋条約機構TPTOの参加国への調整でてんやわんやになっていたために、外交ルートで事前に通告をしていなかったっていう凡ミスだ。

 中華大国や露西亜連邦が太平洋艦隊をメガフロート曳航地点の10 キロ北に終結してしまい、北米連合の第7艦隊と中華大国や露西亜連邦の太平洋艦隊が睨み合う一触即発の状況に陥ってしまった。

 一説では、この時、世界の海上戦力の約65%が終結していたといわれている。


 結果的に軍事衝突は回避されたものの、中華大国と露西亜連邦は覇権主義的な軍事拠点の建設であると非難を続けた。

 環太平洋条約機構TPTOの枠組みに参加できない国々が同調し、原国家体制連盟フェストゥーンが設立されてしまった。

 

 危機感を覚えた北米連合は、環太平洋条約機構TPTOの合理的な利益の再分配を枠組みを拡大することを表明。合理的国家の巨大同盟および関連議会ギャラルホルンを設立したんだ。

 

 なんでそんなに詳しいかって?


 高校受験の時事問題で出題されるってことで必死に勉強したからだよ。

 

◇◆◇

◆◇◆◇


「やあ!進路は決まったかな?」


 朝のホームルーム終了後、次の数学の授業の準備をしていると鈴が鳴るような声に振り向く。

 セミロングの栗色の髪にダークブラウンの瞳をした丸顔のクラスで一番可愛い娘と言っても何ら差し支えない娘が佇んでいた。数学のノートを両手で抱えるように胸に抱いている。

 リップを付けた可愛らしい唇に、はかむような笑みを浮かべている。整った鼻筋が、可愛らしい笑みを美人へと昇華させているようだ。

 

「まあね……加奈も進路面談はもう終わったんだっけ?」


 若干、歯切れが悪く言い淀むも、目の前の加奈に話題を振ると嬉しそうに微笑む。

 

「うん。終わったよ。」


 コクコクと頭を上下に動かしながら少し探るように俺を見ると、ススっと近寄って来るや胸に抱いていた数学のノートを俺の机の上に置く。柑橘系のコロンの香りが仄かに香る。


「……えっとね……進路は決まったんだけど、第1志望の大学……塁君が以前、目指すって言っていた……ハーバード大学のというかSATの過去問で解らないところがあって……」

 

『……過大な評価ありがとうございます。でも、俺は環太平洋総合技術大学TPCTUを考えています。』


 朝の進路指導面談でセラ先生へ伝えた言葉が脳裏を過ぎり、胸の鼓動がドクンと鳴った。


 目を逸らそうとして、加奈の上目遣の視線とぶつかる。

 俺を見ながら声のトーンが下がっていく様子にクスリと笑う。


「良いよ。何処が解らないの?」


 俺の反応に、ぱあっと表情を明るくすると凄い勢いで机上のノートを捲りだす。


「ここと、ここの公式を使った式展開なんだけど……」

 

 真剣な表情で俺に説明する姿がとても可愛い。


「……ちょっと説明に時間がかかりそうだから、放課後でもいいかな?」


「うん!!!」


 とても嬉しそうに頷く笑顔がとても眩しい。

 この娘が俺の彼女っていう事実が未だに信じられないのだが……それは別の話だ。


◇◆◇

◆◇◆◇


「で、塁の進路は?もちろん進学なんだろ?」


「まあね……智也も進学?」


「そりゃもちろん。UCLAのネオ・アトランティカ校の推薦貰ってるからな。」


「UCLAって競争率200倍近くなかったか?」


「だから、この学校の推薦枠を使ったのさ!」


「……推薦枠なんてあったんだ……この学校」


「俺も最初は、知らなかったんだけどさ……進路指導の時、セラちゃんに親からのプレッシャーがきついって愚痴ったら『推薦枠あるけど使う?存在知らない生徒も多いから、今ならお得に使えるよ!』って軽いノリで提案されてさ……お願いしたら、翌週には推薦合格出てたぜ!」


「セラちゃんって……一応、クラス担任だぜ。もっと敬意を払って「智也!推薦合格出たからってハメを外して夜遊びとかしたらダメよ!」」


 俺のセラ先生へ敬意を払うべしって言う主張は、当の本人による横槍で腰を折られる。

 

「うーす……塁さ……どうみてもセラちゃんは姉としか思えんのだが、どうやって敬意を払えば良い?」


 智也のツッコミの後、セラ先生とクラスの女子のやり取りが続く。

 

『えっ!?……智也君、推薦合格出たの?』


『あっ!これまだ、言ったら駄目なやつだった!!皆んな!今の忘れて!』


『セラちゃん……それ、無理だよ〜笑笑』


「……難しい質問だな……」


 パンツスーツ着てるから、見た目は社会人だけど、会話だけ聞いたら同級生の女子と同じレベルにしか見えない。


「……ちょっと!ちょっと!智也!あんた、大学推薦合格出たの!?」


 腰まである黒髪をポニーテールにした、活発な同級生が、若干、慌てながら俺たちのところまでやってきた。

 紺のブレザー姿に黒髪が映える様は、どこぞのお嬢様といった風体だ。

 というか、実家が有名な華道の家元だからお嬢様っていうのは本当だと思う。多分。

 淡い紅色のリップを付けた唇がどこか妖艶だ。少し、釣り目に見えるのはご機嫌斜めなのが原因と思われるが、整った鼻筋がキリっとした美貌を引き立てている。

 

「あ、めんどくさいのがやってきた……」


「だあ〜れが、めんどくさいやつよ!」


 頬を膨らませながらも、乱暴な言葉で智也に絡む薄翠の瞳が印象的なクラスでも加奈と人気を2分するクラスメイトの女子だ。

 初めて会ったとき『あたしこう見えてハーフなんだ』みたいなことをあっけらかんと言ってたから快活な娘なんだと思う。


「お前だよ!楓……黙ってたら美人なのにな……」


「ちょっ……言うにことかいて、人のことディスるな!!」


 そう。篠崎楓は、正統派の大和撫子と言っても良いくらい美人なんだ。ただ、智也がこう評する程、言葉が雑なため初対面の人は、必ず面食らう。

 加奈が言うには、見た目で近づいてくる異性は、篠崎さんと話をした後は、より良い友人となるそうな。篠崎さん自身、『彼氏は欲しいけど、皆んな友人止まりなんだ。』と偶に溢しているから事実なのだと思う。まあ、ドンマイ。


「あーあー……五月蝿い五月蝿い……」


「……まあまあ篠崎さん……智也の件は、俺も今、聞いてびっくりしたところだよ。」

 

「えっ!?……檜山君も知らなかったんだ……と言うか智也!なんで黙ってたのよ!」


「黙ってた訳じゃなくて、応募したら翌週……つまり昨日、合格通知が来たところなの!これでも、俺も驚いてんだぜ!」


「うっ!……そうなんだ……それはごめん……でも推薦合格かぁ良いな……ところで、どこに合格したの?」


 「あー……それはだな……」


 若干、言い淀みつつ、智也は俺の方をチラッと見る。

 あー。これは、自分で言うとカドが立つからフォローして欲しいってことか……。

 後でなんか奢れよと視線で合図を送ると、智也も視線で同意をしてきた。

 それを受け、内心ため息をつく。


「……篠崎さん、智也はUCLAのネオ・アトランティカ校に推薦合格を貰ったんだってさ。」


「は?……マジで?」


「……マジだよ……」


 驚き食い入るように智也を視る篠崎さんの篠崎を受けて、智也は視線を逸らす。


「……悪いかよ……」


「……ううん……凄いね……流石、葉月家の跡取りだね……なんか遠いとこ行っちゃうみたい……ハハ……」


 急によそよそしくなる楓に、智也は怪訝な表情を浮かべる。

 俺は、そんな2人のやり取りに内心嘆息する。

 

 まあ、智也の実家葉月家がオーナーとなっている商社が、加奈の実家の会社睦月グループとネオ・アトランティカ建造に当初から関わってるから色眼鏡で見られやすいのは確かだ。

 けど、実際に友人として付き合うなかで、本人は特に偉ぶらないから自分のことを冷静に客観視出来てるから、正直凄いと思う。

 

「……そうでもないぜ……大学のキャンパスは、ネオ・アトランティカにあるから別に北米連合に渡航するわけじゃないし……今、幻想洞窟ダンジョンの脅威から1番安全なのは、ここネオ・アトランティカだしな……あと俺ん家のことはあんまり関係ない……どちらかと言うと推薦合格、セラちゃんのお陰だし……」


「そ、そっかー!……そうだよね!じゃあ、私も大学受験頑張ろーと!」


「……なんだ、あいつ……なんか変じゃねぇ?」

 

「変じゃないと思うよ……むしろ、変だと思う智也が視点を変えて考えた方が良いかもだよ……」


 智也の推薦合格先を聞いた直後の反応と、ネオ・アトランティカから居なくなる訳じゃないと智也から聞いた楓さんが気を持ち直したのを察せられない方が鈍感だと思うんだよな。


「なんだそりゃ……というか俺の事ばかりじゃなくて、塁のことも教えろよ。お前、どこの大学に進学するつもりなんだ?お前の学力なら、セラちゃんと同じハーバード大とか行けるっしょ。」


「あー……それはだな……」


 言い淀む俺を見て、何かを察したのか、智也の表情が厳しくなる。

 

「……お前まさか……環太平洋総合技術大学TPCTUとか考えてないよな……」


「…………」


「……マジかよ……お前、加奈ちゃんとこの親御さんに気に入られてんだから、加奈ちゃんと結婚する前提で進路決めた方が良いぜ……あの娘を泣かせるのは、俺が許さないからな。」


 さっきまでの砕けた印象から一転させて、真剣な表情をした智也から視線を逸らす。


「分かってるさ……あの娘を……加奈を泣かせたりなんかしないさ。」


「なら良いさ。俺が惚れた女を掻っ攫って行ったお前が、最後まで責任を果たすなら俺は何も言わない。進学先、考え直せよ。」


「……考えてみるよ……」


「お前の生い立ちは理解してるが、今のお前には、求められてることがあるんだから、キチンと答えをだせよ。俺も応援するからさ。」


 そう言ってニカっと笑う親友智也の清々しい笑顔が、俺には何処か重いと感じてしまった。


 でも、本当にいい奴だとは思う。

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