第6話

 控室から試験会場となる演習場へ向かう通路を進みながら、エスコートする近衛騎士の女性がチラリとこちらを見やる。後ろに纏めた緋色の髪と強い光を湛えた瞳が印象的だ。


「ご存じかと思いますがアドラ王国では15歳になると王立学園に通うことが義務付けられおります。」


「アドラ王国として魔王軍への備えを成人として認められる年齢から意識づけるためでしたね。」


 で同期をとった記憶からアドラ王国の王立学園の位置づけを思い出しながら確認する。


「それもありますが……入学時点で女神セルケトの『7勇者』候補を選抜するためでもあるのです。」


 女神セルケト……で同期をとった記憶から思い出す。

 至高神イシスの意を受け、強大な力を持つ魔王打倒するための加護を7組の魔装神具シードという形で人類にもたらした人類を守護する象徴。

 1組の武器と鎧で構成される魔装神具シードの使い手として『勇者』が7人選定される。

 特に、魔王領に接するアドラ王国内で強い信仰の対象となっている……か。

 

「……『選抜試験』は貴族と平民の垣根を越えて優秀な人材を発掘するためと。」


「名目は仰る通りです……」


 言葉を濁す近衛騎士を横目にチラリとクレアを見やる。

 表情を変えず斜め後ろから歩を進めている。


 このVRMMOではよくある平民と貴族の身分差による微妙な関係も再現しているのか。

 

 歩を進めながらぼんやり考えていると、近衛騎士の女性が途切れていた説明を再開した。


「……東方戦役で失った戦力を早期に補充する意味もあり『選抜試験』で見出した才ある者の早期戦力化を図る必要があるのです。」


 東方戦役……再度、で同期をとった記憶から思い出す。

 確かアドラ王国東部の魔王領との国境となっている『魔の森』で、魔王軍との遭遇戦を発端にした騒乱だったな。


 エスコートする近衛騎士の女性は、緋色の瞳に力強い光を湛えながら続ける。


「我が国の守護神たる女神セルケトの『魔王を撃て』という意思がある限り。」


『魔王か』……。


『魔王』という言葉に日本国の内地で、目の前で近所のおじさんやおばさんが魔獣に襲われた。

 避難所よりも安全とされた国防軍の拠点への移動中のことだった。

 俺を庇うように、両親も魔獣に襲われた。

 俺は、肉塊となった親しかった人達を前に泣き叫ぶしかできなかった。


 その直後に出会った、黒スーツの上に黒コートを羽織った男の姿が脳裏を過ぎる。


『自分だけがこの世の不幸を背負っているという顔だな。小僧。』


 ――あの日。


 幻想空洞ダンジョンから溢れだした魔獣の群れに蹂躙された東京の摩天楼。

 吸い込まれるような漆黒の両刃の大剣グレートソードで巨大な魔獣を事も無げに、撫で斬りにした黒スーツの上に黒コートを羽織った男。

 両親だったものを前に座り込んだ自分を蔑むように見下ろす漆黒の瞳。

 絶望からくる無力感に、アスファルトの上でうな垂れる俺に冷たく言い放った。


『今、生きていることの意味も解せんのなら死んでいるのと変わらんな。』


 巨大な魔獣の返り血を浴びることなく黒スーツの男が両刃の大剣グレートソードを振るう度に蹂躙されゆく魔獣の群れを目の当りにし、辛うじて壊れそうな心をつなぎ留めた


「……我が国の南東部の国境に接している魔王領……その奥深くにそびえ立つ魔王城……」


 歩を進めながら、近衛騎士の説明が続いているのに気づき意識を向ける。


「……女神セルケトは至高神イシスの意を受け、魔王に対抗する唯一の切り札となる『7勇者』へと至る存在をアドラ王国の民より見出す。それが『選抜試験』のもう1つの意味なのです。」


「なるほど。」


 半分くらい聞き逃していたものの、最後だけ相槌を打つ。

 疑似人格AIとの会話が成り立っているということは確認できたからいいかと内心納得する。


「そのため貴族令息令嬢はもとより平民にも王立学院の門戸を開くことで、より多くの『7勇者』候補を見出す仕組みとしても運用しているのです。」


 そこで、少し嘆息する緋色の近衛騎士を不思議そうに見やる。


「何か問題でもあるのですか?」


「『選抜試験』では平民も同じ会場にて実施する予定ではありますが……」


 口を濁す緋色の近衛騎士に素朴な疑問をぶつける。


「『7勇者』候補が貴族令息だけでなく平民にも存在する可能性を考えれば、同じ会場で選抜試験を実施する方が効率はいいと思いますが……」


 で同期をとった記憶から、選抜方法が各爵位毎の演武による加点式のトーナメントと、その後の筆記試験結果の総合得点で行われることを思い出す。

 演武では魔装神具シードを使い振るう『7勇者』の武技とどれだけ近いかが評価される。

 そのため試験対策は、選抜対象者が最も近い『7勇者』の特性に合わせた武技の型を学ぶ。

 具体的には、貴族家お抱えの指南役の指導で繰り返し反復練習をすることで身に着ける。


 このキャラクタールイ=ラ=ソーンの場合、生まれながら病弱だったためか指南役が付かず『専属メイド』が指南役の代わりだったみたいだけど。更に両親から離れて暮らしていて、子爵家騎士団の大半の騎士からも疎まれているみたいだし。

 どれだけ不遇なんだろうな。


 近衛騎士と話しながらこのキャラクタールイ=ラ=ソーンの不遇っぷりに思いを馳せる。

 

 傍からみるとそれが心底、不思議そうな表情に見えたのだろう。

 こちらの反応に毒気を抜かれたような表情が返ってきた。


「……のように全ての貴族が平民にも『勇者』候補が存在するとご認識いただいていれば苦労はしないのですが……」


「……ソーン家の方々ということは……私の父や兄と面識がおありなのですか?」


 筋肉隆々の上半身をむき出し、高笑いをあげながら戦仕様の剣グレートソードで打ち合う猛者達の姿をで同期をとった記憶から思い出す。


「はい。近衛騎士団とソーン家の家騎士団は『東方戦役』以降、魔王軍への備えに共同で当たっておりますので。」


「そうだったのですか……初めて知りました……」


「あ、この件は王命で近衛内限りとされておりますので……お気になさらず……ではこちらが、選抜試験の会場への扉となります。」


 という言葉に、意識が引っかかる。

 このキャラルイ=ラ=ソーンがソーン家所属だから知らせても問題ないという解釈なら、今後のイベントで魔王軍との戦いに巻き込まれるっていうフラグだろうか……。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、いつの間にか両開きの高さ2メートルほどの鋼鉄の扉の前に到着していたのに気づく。


「ここから先が会場となりますが……身だしなみの確認をお願いいたします。」


 緋色の近衛騎士は、鋼鉄の扉の手前3メートルの両壁に設置された、高さ2メートルほどの姿見の鏡を示す。

 

「ルイ様……ご確認を。」


 クレアからも促され、姿見の鏡の前に移動する。


 青味がかった少し長めの黒髪に菫色の瞳。

 目鼻筋が通った幼さの残る容貌は、黙っていれば少女のようだ。

 前髪は邪魔にならないように、昨日、クレアが切ってくれたのを思い出す。

 後ろ髪は、邪魔にならないように後ろで藍色に染められた髪紐で縛ってある。

 

 藍色の訓練用の胴衣とあわせて黒に染色した皮のブーツを履いているものの、華奢な容姿となで肩の体格から中性的というより……むしろ女性に見える。


「……何か御懸念でも……」


 VRMMOで自分が成り代わっているキャラクターの容姿をマジマジと眺めると、クレアが怪訝そうに声を掛ける。

 

「あ……いや。子爵領から出たのが今回、初めてだったからね……その……他の貴族令息からどんな風に見えるのかな……とぼんやり考えてたんだ……」


 で同期をとった記憶から思い出した情報を適当につなぎ合わせて考えた言い訳に、一瞬、緋色の近衛騎士やクレアが顔を曇らせる。


「……まずは目前の『選抜試験』に集中成された方が良いかと……」

 

「入念なご準備されてきたとお伺いしております……まずは自信を持たれることが肝要かと……」


 クレアや緋色の近衛騎士から励ましの言葉に、おずおずと頷く。


「……では、ご準備ができたということで……」

 

 さりげなく視線を逸らした緋色の近衛騎士が扉の中心に左手を添える。


解錠リリース


 呟くような声と共に、緋色の近衛騎士の左手首にある白銀色の腕輪が仄かに輝く。

 と、徐々に鋼鉄の扉が奥へと開いていく。


「それでは、選抜試験会場へとお進みください。」


「はい。」


「あなたに女神セルケトのお導きがありますように。」


 緋色の瞳でじっと見つめると共に、握った右手を胸前で水平に掲げる。


「光栄です。」


 こちらも同じように、握った右手を胸前で水平に掲げ答礼を行う。


 緋色の近衛騎士の心配そうな瞳の色に、このキャラの設定って思いのほか不遇なんだろうなと、ぼんやりと考えながら、開ききった鋼鉄の扉をくぐり選抜試験会場への一歩を踏み出した。


 ◆◇◆◇

 ◇◆◇◆◇



 鋼鉄の扉をくぐった先はコロシアムのような石造りの構造物の内側のようだった。

 直径100メートル程の円形の石畳を円筒形の壁が囲み、その壁の上にスタジアムのような観客席がすり鉢状に広がっている。


 見ると、円筒形の壁に沿って、30メートルおきに儀式用の祭壇のようなものが8つ設置されている。赤、青、緑、黄、紫、白、黒の祭壇布が覆っている祭壇と祭壇布のない祭壇が1つ存在する。


 よく見ると祭壇布には、太陽のシンボルを円環で囲った意匠が縫い込まれている。

 で同期をとった記憶がソロン教の印であることを教えてくれる。


「確か祭壇布が覆っている祭壇へ所属家の爵位別に集まるんだったね。」


 クレアによる行われた『選抜試験』のルール説明を思い出しながら訊ねる。


「左様でございます。子爵家は緑の祭壇布で覆われた祭壇です。」


 向かう先が分かったところで会場を見渡す。


「ありがとう。というか……専属メイドの付き添いがあるのは僕だけかな……」


 会場には藍色の胴衣を着ている貴族令息の周囲に、白色の胴衣を着ているその従者が2、3人付き従う形で控えているのが視界に入る。


「左様ですね。他の皆様は、貴族家騎士団の騎士見習いと共にいらしておられるようです。観客席に応援のご親族とメイドが見えます。」


「……クレアも観客席で応援してくれるのでも「メイドの職務は、主となる方のお側にいることが大前提と認識しております。」」


 妙に強い口調で主張するクレアをチラリとみる。

 少し怒ったような表情で、ジッと訴えかけるように見つめられている。


 外見もあるからもう少し強めに言おうとした時、の会話が脳裏を過ぎる。


『いいですか。ミレティ様のご指示もありますので、試験会場はこのクレアが付き添います。』

 

『えっ……でも。』

 

『でももありません。御身体の容態が安定しているとはいえ、何かあった時にソーン家の者がいるのといないのとでは対応に差が出ます。』

 

『えっと……今回は、選抜された従者もつけてもらえるってことだし。』

 

『当日、上手く合流できなかったらどうすのですか?』

 

『……そんなことがあるの?』

 

『その場合も想定して、このクレアがご一緒するのです。いいですか?』

 

『……うん。わかったよ。』


 専属メイドクレアの付き添いを断れない事情を理解する。

 同時に記憶を共有するに気持ちの悪さに近い不快感を覚える。

 その不快感に少し眉を寄せるも、途切れた会話を再開する。


「……分かったよ……従者との合流が上手くいっていないのもあるし。でもあまり無茶しないでよ。クレアは専属メイドである前に女の子なんだから。」


「……」


 予想外の回答に慌てたのか、何かを何度か言いかけるように口をパクパクとした後、目を逸らして俯き頬を赤らめる。メイドの疑似人格AIの人間みたいな反応に内心驚く。

 

 子爵家の集合場所である緑の祭壇布で覆われた祭壇を目指して、選抜試験の受験者達を避けながら移動する。


 

 

「おい。見ろよ。メイド連れのやつ。」


「なんだ?……青味がかった黒髪に菫色の瞳、華奢な容姿……あれが噂に聞くソーン家の次男ってやつか。」

 

 声が聞こえた方に視線を向けると、藍色の胴衣を身に着けた2人が視線を合わせ、思わず失笑を漏らしたところだった。


「生まれつきの虚弱体質で剣を握ったこともない奴が、選抜試験に参加とはな。」


「だからメイド同伴か……武技の試験で倒れた場合の救護用なんだろうが……迷惑極まりないな。」


 不快感を露に、吐き捨てるような口調に舌打ちを乗せる。


「まあ、この場に出てきた勇気は褒めてやらねばな。ふっ……はははは!」


「そうだな。はははは!!」





 緑の祭壇布で覆われている祭壇へ移動する中、向けられる好奇の視線に辟易しながらも意識して平静を装う。こう言った人の悪意を再現しなくてもいいのにと、内心モヤモヤしたものを感じる。


「……不愉快な声がいたしますね。」


「言わせておけばいいと思うよ。気にしているときりがないから。」


 とても不満そうな専属メイドを平静を装って宥める。


「あ、合流予定の従者って、緑の祭壇布で覆われた祭壇前に行けば会えるのかな?」


「恐らくは……」


 不満そうな表情を、不機嫌な表情の変えながらクレアが口を濁す。

 咄嗟に従者の話題に変えて専属メイドクレアの気を逸らした後、チラリと後方をみやる。

 嘲りの視線を向ける貴族令息達が視界に入る。


「あからさまな悪意か……」


 案内役の近衛騎士の女性が別れ際に訴えかけるような瞳を向けた理由をなんとなく察する。

 

 VRMMOの仕様を含め、何らかの妨害が起きるが色々と仕込まれているのだろうか。

 ふとそう思ったとき、横合いから高圧的な声音がした。


「そこにおわすは、ルイ=ラ=ソーン子爵令息殿とお見受けする。」


 歩みを止め、声がした方を向く。

 握った右手を胸前で水平に掲げ敬礼を行う。


「いかにも……失礼ながら、お名前を伺っても。」


「これは失礼した。ライル=フォン=レイナート。お見知りおきを。」


「ご丁寧にありがとうございます。なにぶん子爵領からあまり出ることがなく、諸侯の皆様とのご縁が乏しいので。」


「成り上がった貴族にはよくあることと存じておりますよ。」


「……それは格別のお気遣い痛み入ります。では『選抜試験』の準備がありますのでこれにて失礼いたします。」


「選抜されるとよろしいな。はっはっはっ」


 思いのほか感じの悪いキャラクターとの会話に、塁の素に近い形の社交辞令で応対する。

 斜め後ろに控える『専属メイド』から発せられている圧に嘆息する。


 煽ってくる相手をいちいち反応してもしかたないんだけどな。

 

 その場をやり過ごす形でそのまま歩を進め、緑の祭壇布で覆われている祭壇へ到着する。

 見ると、100名ほどの選抜試験の受験者が集まっている。


 30名ほどが藍色の胴衣を身に着けており、他は白の胴衣を身に着けている。


「クレア。合流予定の従者って来ているのかな?」


「先ほどから探しているのですが、見当たりません……まったく!」


 不機嫌さを隠さずにクレアは視線だけで件の従者を探す。


 と、会場中に響く声が鳴り響く。


 ◆◇◆◇

 ◇◆◇◆◇



「よし!……選抜試験受験者はあらかた、集まったな!!」


 と、会場となるコロシアムの中央から鳴り響く声に、何事かと振り向く。


 深紅を基調したフルプレートメイルを着込んだ、大柄の騎士が視界に入る。

 

『深紅の獅子』の装飾が施された鞘に収まったグレートソードを石畳に突き立て、胸の前で両手を柄に乗せ佇んでいる。


「おい!あの剣の意匠をみろよ……『壱の勇者』テフェン卿じゃないのか!?」


「なに!?……『深紅の獅子』……あの大剣が炎の押しつぶす者イグニス・クラッシャーか。」


「確か、あの大剣と鎧の1組が『勇者』である証となる、7つの魔装神具シードの1つだったはずだ。」


 さざ波の様に始まった会話は、受験者全体に広がっていく。


「女神セルケトの『7勇者』の一人……『壱の勇者』……確か魔王領への遠征中と聞いていたけれど……」


 側でクレアが『壱の勇者』を確認しながら呟く。


『勇者』か……。


 ――あの日。


 幻想空洞ダンジョンから溢れだした魔獣の群れに蹂躙された東京の摩天楼。

 国防軍のシェルターが魔獣の群に襲われ、避難民達が犠牲となっていく中、迫る魔獣の牙から守ってくれた青年。

 確固たる意志の光を宿したダークブルーの瞳が印象的だった。

 黒髪を後ろで縛り、Tシャツにデニム生地のパンツという出で立ち。

 静謐な白い光を宿した日本刀のような武器を振るう度に魔獣の首が舞う光景。


『生きているなら、いや、生かされたのなら、それは君にはまだ遣り残したことがあるってことなんじゃないのか?』


 父さんや母さんを失った後、無気力に惰性で過ごしていた。

 次第に光をなくしていく瞳。

 身体から、すり抜けようとしていた魂をつなぎ留める楔となった青年の言葉が脳裏を過ぎる。


 勇者っていうのは、きっとのことを言うんだろうな。


「ゲームのキャラクターだから……こんなものか。」


 何処か冷めたように独り言ちる。


「鎮まれ!!」


 と、再び、コロシアム全体を揺るがす声音が響き、意識が戻される。

 徐々に波が引くように静けさが訪れる。

 コロシアム中の視線を一身に浴びていることを確認したのか、鷹揚に頷いた。


「次代の『勇者』たらんとするものよ!よくぞ参集した!!」


 その呼びかけに応じるように、多くの参加者が雄叫びをあげる。


 ひとしきり、参加者の顔を見渡すと、深紅の騎士は、右手を掲げる。

 その動作を受けて、参加者の雄叫びが、波が引くように消えていく。


「最初に伝えておく!!


 我らは、女神セルケトより賜った『使命』を果たすために集ったのだ!!


 ……『使命』の前には、貴族、平民の区別はない!!!」


 そこで、言葉を切り周囲を見渡す。

 つられて辺りを見渡す。

 あからさまに顔をしかめているもの、感無量といったものが視界に入る。


「……ふむ……貴族の中には、平民に対して思うことがあるものも居るだろう。」


 再度、言葉を切る。

 そして、ゆっくりと周囲を見渡す。


 訪れる一瞬の静寂。

 何事かと顔を背けていたものが再び視線を戻している。


 どうやら不満そうな表情をしているものの注意を引くような演出のようだ。


「……しかし、先の『東方戦役』での惨事は聞き及んでいるだろう。


 魔王という脅威の前では『貴族だから』『平民だから』といがみあっている場合ではないのだ。


 皆には王立学院という学び舎で『貴族だから』『平民だから』という主張がいかに些事であるかを学んでほしい。」


 不承不承というもの。

 瞳を輝かせているもの。

 各々の立場でこの場にいる選抜候補者達を確認すると鷹揚に頷く。


「これから行う選抜試験では2つの適性を見るものとなる……1つは現時点での魔装神具シードへの適性。もう1つは、諸君らの『強さ』だ。具体的な説明は、各祭壇に配置した試験官から説明がある。」


 その説明に『壱の勇者』は騒めきが広がるのを制止することなく、不敵な笑みを浮かべながら眺めている。


「えっと……これは……つまり……今年から試験内容が変わったってことかな……」


「……そうなりますね。」


 思わずつぶやいた言葉に応じたクレアをチラリと見る。

 と、若干、頬を引きつらせているのが見て取れた。


 ……までの試験対策が、無駄になったってことだよね。


「言っておくが」


 深紅の勇者の声に、ざわめきが静まり返る。


「選抜試験は、あくまでも現時点でのを測定するものでしかない。」


 一旦、言葉を切る。

 ゆっくりと見渡し、選抜候補者達の視線が集まるのを待つ。


「……王立学園に入学後も定期的にを測定する実技試験を実施予定だ。」


「え……それって……」


「おいおい……まさか……」


 選抜候補者達の反応に、ニヤリと凄みのある表情を浮かべ深紅の勇者は嗤う。


「『貴族だから』『平民だから』ということで魔王軍に対抗する力は得られん!


 王立学園では、魔王軍へ対抗する力をつけるため、魔装神具シードへのと貴殿らのを徹底的に磨いてもらう!!


 入学時の『選抜試験』結果に胡坐をかいていると、学園在学中に『選抜の資格』を喪失することとなる。


 ゆめゆめ油断せず『選抜試験』後も努力を怠るな!!!


 ……以上だ、それではこれより今年の選抜試験を開始する!!」


 『壱の勇者』の選抜試験開始の合図とともに選抜候補者達の絶叫がコロシアム中に響き渡った。

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