天解けの露
荒場荒荒(あらばこうこう)
第1話 病死に給うことなかれ
でもどうやら俺は成人することはできないらしい。
口元には呼吸器と、そばには俺の命をこの世に繋ぎとめるための仰々しい医療器具。
その中にある心拍数のメーターが無慈悲にも、絶命までのカウントダウンをしていた。
「夜兎!大丈夫か?しっかりしろ!」
騒がしい足音とともに俺のそばに駆け寄ってくる両親。病院からの緊急の連絡を受けて、すべてを後回しにして来てくれたらしい。
そこまで自分が愛されていることに対する感謝と嬉しさがこみ上げると同時に、申し訳なさも感じる。
「白崎さん、落ち着いてください!」
「息子さんは何としても助けますから」
今にも死にそうな俺の様子を直接目にしたからか、焦りに支配された両親を看護師さんとお医者様がなだめる。
思えば俺がここにお世話になりはじめた三年前からずっと、俺に寄り添い俺のために手を尽くしてくれたお医者様や看護師さん。
「それが業務だ。」と言われればそれまでかもしれないが、それでも何もできなくなった俺を精神的にも支えてくれた。
「ア、リ、ガト、ウ」
最期の命の炎を燃やしてなんとか感謝の言葉を紡ぐ。本当はもっと伝えたい言葉も返したい親孝行もある。
でもわかってる。そんな時間はない。だからこれがお別れの言葉。両親の愛に報いることができなかった息子からの後悔のこもった言葉だ。
「2020年9月20日。15時58分。お亡くなりになりました」
(ふーん、なんか呆気なかったなあ)
直径一メートルほどありそうな金色のトロフィー型の杯。
そこには淵ぎりぎりまで透明な液体が入っている。
そんな杯を退屈そうに眺めるのは一人の少年。無邪気な振る舞いとそれにマッチした背丈。だがそれに見合わない修道士のような堅苦しい服を身に着けている。
「せっかく元気そうな子を見つけたから実験台にしたのに。まさかたった三年で死んじゃうなんてね」
杯の水面には病床で息を引き取った白崎夜兎とそのそばで悲しみに暮れる両親の姿。普通の完成を持つ人間ならば心苦しいと感じる場面だが、水面を除くのはあいにく人間じゃない。
「命を賭して僕を楽しませてくれた。しかも三年間。若い人間が病気に抗う姿は退屈だったけど面白かったよ。だから今度は褒美をあげよう。三年も死に抗い続けたなら、死なない存在には憧れているよね?」
そんな不穏な言葉とともにスキップしながら姿を消す。その目に宿す狂気が、白崎夜兎の新たな生も平穏無事とはいかないことを悟るには容易かった。
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