私の名前は 「お前」

甘夏

私の名前は 「お前」

アルバイトでレジをやっていた私。

派遣でたまたま店に来ていた彼。

こんなちょっとした接点からのめり込んだ私の片思い。


その頃の私は相手が欲しくて仕方なかった。

SNSで知り合った男と会って恋をしての繰り返し…

リアルな出会い、リアルなときめきを忘れていた。

だからかもしれない。お店で知り合ってLINE交換しよって言ってくれた彼に凄く惹かれたのは。

現実世界での出会いなんていつぶりだろう。


「俺がこの歌歌ったら惚れる?」

そんなことを言いながら一緒にカラオケに行ったり。

休みの日家で作ったコロッケの写メを送ってくれたり。

そんな些細なことでも彼との繋がりを感じて心躍らせていた。

コロッケ山盛りだったな、食べてみたかったな…


彼の日常に入り込みたくて、毎晩LINEして、電話して、好きをアピールして、とにかく振り向いてもらうことに必死だった。

必死過ぎたんだ。私はすぐに彼に身体を許してしまった。

私の好きは伝わった。それと同時に私は彼にとって都合のいい女になっていた。


「今日会うべ」

「俺のこと好きでしょ?」

「お前ほんと俺の事大好きだよな」

そんな言葉すら嬉しい、否定なんてできるわけがない。

私は言われるがままに会ってセックスをした。

会う度にセックス、セックス、セックス、セックス…


場所は彼の車。街灯しかない建物の影。

人目も恥じらいも気にせずに私達はくっついた。キスをした。私達だけの世界に入り込んだ。


夜景を見に行った。外が次第に暗くなってきた。私達は向き合った。くっついた。キスをした。私達だけの世界に入り込んだ。


ホテルに行った。お風呂に入った。抱えられてベッドに放り投げられた。テレビはムードの欠片もないバラエティが流れている。そんな中、私達はくっついた。キスをした。私達だけの世界に入り込んだ。


たとえセフレとしか思われていなくても彼と交わっている間だけは彼の愛を感じられた。

歪んだ愛を。

いや、当時の私にはそれが正真正銘の愛だった。


会う度に淡々と繰り返されるセックス。

終わって無言で服を着る私と煙草を吸い始める彼。

ふざけて煙草の煙を吹きかけてきた、その煙すらも愛おしい。

いつからだろう、彼女になることを諦めて、セフレでいれることだけに満足するようになったのは。



気づいたら2年続いていたこの関係にも終わりが来た。

セフレを断ち切って新しい恋愛を始めた私。

もう彼とは会うこともない。


それでも不意に思い出す、彼とのやり取り。


「お前ほんと俺の事大好きだよな」


あぁ、私、一度も名前呼ばれたことなかったなあ。

そんなことも気づかないくらい、彼のこと愛していたんだな…

彼に必要とされることが、嬉しかったんだな…


今まで一番苦しくて痛くて熱い恋。

今でも思い出す度に苦しくなる、会いたくなる、抱かれたくなる。

彼が求めてくれるならどんなことだって応えたかった。

たとえ私の名前が 「お前」 だったとしても…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の名前は 「お前」 甘夏 @new-world

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ