Season 05

05-05 『珈琲』 Side:Hase

 「お久しぶりですね、ハーゼさん」


山茶花珈琲店の店主は、白シャツに黒ベストといういかにもマスターといった出で立ちで私を迎え入れてくれた。


 「マスターもお変わりないようでなにより」

 「何年も老いないハーゼさんに言われると、皮肉にしか聞こえませんね」


マスターに苦笑されながら、カウンターの席に座ると、コーヒーの独特な匂いが鼻につく。


皮肉なことに、珈琲店の娘として育っておきながら、私はコーヒーが飲めなかった。


匂いは好きなのだが、どうもあの苦い味が慣れない。


カフェインの摂取のために、砂糖とミルクを入れまくったカフェラテはたまに飲むのだが、それもあまり健康に良くないからと飛鳥君から禁止されていた。


ちなみに、不思議なことにシュヴァルツはコーヒーが飲めるらしい。


何故かは知らないが。


というわけで、コーヒーが飲めない私が、珈琲店に来て注文するものは決まっている。


 「ココアといちごタルトを一つずつ頼む」

 「はい、いつものですね」


マスターがココアを入れる音に耳を済ませていると、カウンター脇で流れていたジャズが止まる。


 『え〜、ここで、ニュースをお伝えします』


ノイズ混じりの男性の声。


山茶花珈琲店のラジオは、30年前から現役のアンティークラジオだ。


奇跡的に壊れる事なく、今日も店内に音の彩りを与えてくれている。


 『昨日昼頃、グラフィア市中心部の商店街にて、行方不明の白愛さんを発見したとの通報が一般市民からありました』


そのニュースに、私は眉を潜める。


今日、ここに来たのはまさに、その事件についてマスターから話を聞くためだったか

らだ。


 『白愛さんは一時、駆けつけた警察官らに保護されましたが、その後警察署から忽然と姿を消しました。聞き取りを行っていた警察官らは、爆音と爆風が聞こえたと述べていますが、周囲の監視カメラが全て停止していた事もあり

、調査は難航しています』


 「はい、ココアといちごタルトです」


キャスターの話が終わったところで、マスターが注文した品を差し出してくる。


熱々のコーヒーカップと、タルトの乗った皿を受け取りながら、私はマスターに尋ねた。


 「それで、どうだった?」

 「どうだった、とは?」

 「とぼけるな。ジキルがここに来た筈だ」


マスターはわざとらしく悩む仕草をしてから、うーん、と唸った。


 「もう少しで思い出せそうなんですけど……うーん……」


唸りながら、チラチラとメニューを視線で指し示してくる。


情報が欲しいなら対価を払えという事だろうか。


私ははぁ、と大きなため息をついてからメニューを手に取った。


どうせなら飛鳥君にお土産でも持って帰るか。


 「チョコレートケーキ一つ、お持ち帰りで」

 「まいど」


マスターはイタズラっぽく、それでいて上品に笑うと、カウンターの下から一枚の写真を取り出した。


中央には少女の背中が写っている。見た感じ盗撮だろうか。


少女は複数人の人間に囲まれるようにして、地面に膝をついていた。


表情は伺えないが、縮んだ背中から少女の恐怖が伝わってくる。


 「これは?」


 「常連さんが撮った写真です。ちょうどそこの……曲がり角のところで」


マスターがスッと細い腕を伸ばす。ガラス張りの窓の先には、一生懸命に現場の写真を撮っている、数人の警察官の姿があった。


 「それで、この少女は一旦置いておいて、ジキルにパスワードは渡したのか?」

 「えぇ、ハーゼさんの仰った通りの注文があったので渡しましたよ」

 「……なるほど」


コーヒーの匂いに思考が加速される。


カフェに来店したジキル、同じ日に目撃情報のあった少女。


彼らに関連があるとすれば、今までの行動に辻褄が合わないだろうか。


素人の集まりにしては高すぎる技術力。


慎重に練られた作戦。


(これは……そうか、なるほど)

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