04-04 『Next Stage②』 Side:Jekyll

…………

俺は、愛されない子供だった。


 「■■!」


親が褒めるのは、頭の出来が良い■■ばかり。


俺は見向きもされないどころか、いつもどこか距離を置かれていた。


 「ねぇ待って!」


ずっと、満たされない承認欲求を抱えて生きてきた。


 「■■ってば!」


いつになったら、俺は認められる?


 「■■!」


何をすれば、愛してもらえる?


 「……」


俺がもっと鈍感だったら、傷つかずに済んだのかもしれない。


■■みたいに、何にも気付かなければ、幾分か楽だったのかもしれない。


黒々とした感情が胸の中を渦巻いていく。


ダメだ、こんな事考えちゃいけない。


いけない。


いけない。


いけ、ない。


いけ、ない、のに……


 「大丈夫」


ポンポンと優しく頭が叩かれる。


 「僕がついてるよ」


あぁ。


その一言だけで、心が安心で満たされていくのを感じる。


この矛盾した気持ちは、何だろう。



 「……」


静かな目覚めだった。


どこからか、ゴーゴーという通気孔の音が聞こえる。


辺りの空気は新鮮だが、俺の心の中の霞は晴れない。


先程まで見ていた夢のせいだろうか。


 「……あ、起きた」


アイヴィーがこちらを覗き込む。


彼女の脇では、腕を組んだハイドがこちらを見下ろしていた。


柔らかい右手が額に触れる。


 「熱は……無いね、良かった」


俺の顔色をしばらく伺ってから、アイヴィーは首を傾げる。


 「あれ、何かまだボーッとしてる?」


 「……いや、ちょっと夢の余韻に浸ってただけ」

 「余韻って……ッ、詩人かよ」


吹き出しそうになるのを堪えながら、ハイドがツッコミを入れる。


俺は頬を膨らませながら、「詩人で悪かったな!」と抗議した。


 「はい、コーヒー」


いつの間にコーヒーを淹れたのか、アイヴィーがマグカップをこちらに差し出す。


 「お、サンキュ」


やっぱり寝覚めはコーヒーに限る。


その独特な匂いを鼻いっぱいに吸い込んでから、一口味わう。


子供の頃は苦手だった、苦々しい味が口の中に広がった。


 「そうだ、ジキルにも共有しておかなきゃ」


アイヴィーが小型のデバイスを持ってくる。


彼女が数回スクリーンをタップすると、3Dのホログラムが浮かび上がった。


地図の上に、赤い点が一箇所光っている。


 「この前のパスコード、覚えてる?」


 「あぁ、たしか……『uoyo』だったっけ?」


もう何日前なのかも分からないが、記憶を手探りで辿る。


ケーキの下に埋まっていた封筒の中に、『uoyo』と書かれた紙が入っていた筈だ。


 「そう、それをハーゼ探偵事務所のホームページで入力すると、この座標が出てきた」


地図の下に長い文字列が現れる。


これを解析してくれたのか。


改めて、彼女の仕事っぷりに感服する。


 「この場所は何なんだ?」


ハイドが尋ねると、今度は幾つかの写真が画面に現れた。


木々に囲まれた、暗い雰囲気の建物。


長い時の流れを感じさせるように、蔦があちこちに絡まっていた。


 「地図には載ってないんだけど、市には研究所として登録されてるみたい。といっても、登録は15年以上前だからもう使われてないだろうけど」


 「何か暗くてジメジメしてそうな場所だな」


 「まぁ、これだけ使われてなければね。だからこそ、安全には十分に気をつけて行く必要がある」


 「ちなみに、この建物の所有者は誰なんだ?」


再びスクリーンが瞬くと、とある男の顔写真が現れた。


眼鏡をかけた、初老の人物だ。


普通の人なら「温和そうな人物」という感想を抱くだろう。



しかし、俺たちにとっては違った。


 「こいつ……!」


名前や雰囲気は変わっているが、間違いない。アイツだ。


思わず両手をギュッと握りしめてしまう。


 「……」


無反応なハイドの方を向けば、スクリーンを鋭い目つきで見つめていた。


忌まわしくて仕方がないといった雰囲気のハイドに気圧されて、アイヴィーが一歩椅子から下がる。


 「なになになに、もしかして因縁の相手……?」


 「あぁ……」


ハイドが短く呟く。


それっきり黙ってしまった彼に変わって、俺が口を開いた。


 「こいつは、俺たちに特殊能力を付与した奴だ」

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