■■-■■ 『と或る少女の苦悩②』 Side:Ivy
「……んっ」
小さくうめきながら瞼を開く。
自分の部屋でもなく、病院でもない、所々薄汚れた、見たことのない天井が真上に広がっている。
どういう訳だか私は、静かな和室の中に居るようだった。
「痛っ……」
両手をつきながら背中だけ起き上がると、背骨がギシギシと軋む。
服装も変わっていないし、どうやらビルの屋上から落ちたのは夢では無かったらしい。
(じゃあ、どうして生きてるんだ…?)
周りを観察しようとキョロキョロしていると、
「起きたか」
背後で声がした。
振り返ると、部屋の奥に黒髪の青年がこっちに向き合う体勢で、心底不機嫌そうに脚を組んで座っていた。
もしかして助けてくれた人だろうか。お礼を言おうと慌てて立ち上がろうとしたが、体中に激痛を感じ、試みは失敗に終わった。
「まだ動かない方が良い、後ニ日三日はじっとしてろ。」
そう低く述べながら青年は立ち上がる。
彼の座っていた、和室には場違いの赤いゲーミングチェアが、ガクンと音を立てて僅かに揺れた。
「あの……」
勇気を振り絞って出した私の声は、風邪をひいた後のようにしわがれていた。
「もしかして、助けてくれたんですか」
「いや、それは俺じゃない。そいつだ」
彼の指差した方向に視線を向けると、もう一人の青年が布団に包まり、寝息を立てて眠っていた。
二人の青年があまりにもそっくり過ぎて、私は呆然としたまま二人の顔を見比べ続ける。
その間に彼はツカツカともう一人の青年に歩み寄り、
「起きろ、ジキル」
青年の包まっている布団を蹴り上げた。
「うぐっ……いってーな」
ジキルと呼ばれた青年が面倒くさそうに呻いて起き上がる。
「お前が俺の布団で勝手に寝たせいで寝不足なんだよ」
あ……もしかして、私のせいで布団が足りなくなったのかな。
何だか急に申し訳なくなってきた。
「す、すいませんでした!」
布団から出て、出来る限りの力を振り絞って土下座する。
体中に激痛が走ったが、必死に歯を食いしばって耐える。
ここで諦めたら格好がつかない。
畳をじっと見つめ、二人の顔は見えない状態で彼らの返答を待つ。
「馬鹿、じっとしてろって言っただろ」
そう言い返す青年の声は、先程とは打って変わって、なぜだか怒っているというより心配しているように聞こえた。
その様子を見て、もう一人の青年が可笑しそうに笑い出す。
二人の思いがけない反応に、思わず私は顔を上げてしまった。
「……もういい、俺は寝るからな。後はジキルに任せた」
一人目の青年がやはりムスッとした顔で言い放ち、布団に潜り込む。
「お前、名前は?」
ぎこちなく二人目の青年が私に向かって訊ねてくる。
「白愛と言います。白に、愛と書いて白愛です
「……ここで話すとあいつに怒られるな。地下行こうぜ」
(……地下?)
そう言いながら、彼はゲーミングチェアをガラガラと押して来て、私の前に置く。ここに座れという事だろうか。
「よいしょ」
ゲーミングチェアに腰掛けると、後ろから青年が押してくれた。
むむ。何だか少し恥ずかしい。
私達が居たのは、一見畳の敷かれた和室に見える部屋だが、襖を開けると棚の代わりになんとエレベーターが用意されていた。
(襖の奥にエレベーターって。ここはからくり屋敷か何かなの?)
ガ―ッと無機質な音を立てながらエレベーターは下へと進む。
「さっきはうちの兄がすまなかったな」
「あ、お兄さんだったんですか?」
私の返答を聞いて、彼はやれやれというように額に手を当てる。
「あいつ、自己紹介もしてなかったのか。……ま、いいや。オレはジキル。んでもって、あの無愛想なのがオレの兄貴のハイド。オレ達は『何でも屋』つって、猫探しから潜入捜査まで何でも依頼を受けてる」
「ふむふむ…って、え、潜入捜査!?」
もしかして悪い人達なんじゃ……?と思って彼の方を向くと、彼はニッと歯を剥き出して笑った。
「どうした?助けてくれた人が悪い人で幻滅したか?」
「いえ、そういう訳では……」
「まぁ安心しろ、俺達の目的は、人を救う事だ。それに、依頼は俺達でちゃんと選んでる。あまりにも、こう、ドロドロした問題には首を突っ込まないようにしてるから、マフィアで手一杯なこの街の警察にはまだ目は付けられていないさ」
「そういう……ものなんですか?」
「あぁ。そういうもんだ。」
少しだけ、グラフィアの治安について理解が深まると同時に、怖くもなった。警察がマフィアで手一杯という事は、マフィアよりは罪の軽い罪人、――例えば強盗犯や詐欺犯なんかは、警察に捕まる可能性が低いという事なのだろうか。
「……安心しろ、なんたって、悪い奴らを裁くのも、俺達の仕事の一つだからな」
そうこうしていると、突然エレベーターはガクンと止まった。
ギシギシと音を立てながら扉がゆっくりと開く。
思わずびっくりしてピクリと背中が丸まる。
どうも古いエレベーターは嫌いだ。いつ止まって、閉じ込められるかも分からない。
「さ、着いた。ここがうちの地下室だ」
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