■■-■■ 『と或る少女の苦悩①』 Side:?

この社会は、なんとも不平等だ。


世間の常識から少しでも外れた考え方をすれば非難を浴び、かといって何も考えていなければ、ただ人の命令をこなすロボットになってしまう。


優等生であればある程「完璧」を求められ、小さな「欠点」に後ろ指を指される。


どうやら、大人たちから見た私は、「なんでも出来て当たり前」らしい。


私だって人知れず努力しているのに、それを認めてくれる人なんて、今までの人生でどこにも居なかった。


結局、社会の中で幸せに生きられるのは、一握りの「普通」に近しい人だけなのだ。


自分の生まれ育った環境を憎まない人なんて居ないけれど、彼らは社会のいう「常識的」に生きられる分だけ、私よりはマシだ。


冷たい風が私を優しく起こすように頬を撫でる。


はっとして気がつくと、私は屋上の隅に立っていた。


(あれ、いつの間にこんな所に……)


無意識にこんな所に来るなんて、私も相当参ってるな。


少し落ち着こうと、空気をすうっと吸って、視線を上げる。


目の前には、高層ビルや商店街の光が大群となって地平線まで広がっている。


世界って、こんなに綺麗だったっけ。


そう感じると共に、心がぽかんと音を立てて抜け落ちた。


まるで、世界という大きな海の中、私だけが光の群れからはぐれてしまったような、そんな虚しさが、私の中に生まれるのを感じる。


(はぁ…なんか凄い疲れた)


私はぼーっと考えていただけなのに、精神的な疲れが急にどっと押し寄せてくる。


そろそろ帰らないと。


携帯を取り出して時間を確認する。


……でも、


帰りたくない。心の奥深くに、そう自分に抗っている自分がいる。


目の前の景色があまりにも綺麗すぎて、私はそれに囚われてしまったのかもしれない。


(……いっそ、ここから落ちてしまえば、鬱陶しい現実に戻らなくていいのかな)


静寂の中、そんな考えが頭をよぎって、私はぶんぶんと首を振る。


だめだ、何を考えて居るんだ自分は。


誰にも届かないこの空間で、大きなため息をつく。


現実世界から遠く切り離されたこの屋上には、誰にも見られないし聞かれないという不思議な安心感があった。


ここでなら、普段は隠し通している本音もストレスも発散出来る、そんな気がしてくる。


……あと5分だけなら、まだここに居てもいいかな。


そう考えて、座り込もうとした瞬間だった。


突然、私の考えを邪魔するかのように強風が耳に吹き付け、気がつけば私の体は


――空に舞っていた。


 「……え」


あまりにも突然の出来事に、叫び声さえ出なかった。


世界がスローモーションをかけられた映像のように、ゆっくりになる。


自分の短い人生はこんなにも無様に終わるのか。


風に吹かれて、ビルから落ちて。


 (はぁ…嫌な人生だったな)


私の人生は、特別不幸せという事も無ければ幸せという事も無かった。


でも、いざそれを終えるとなると、やっぱり納得がいかない。


もっと普通の人間として生きたかった。


友達と遊んで、笑い合って。


完璧な人間を目指すよりも、よっぽどそっちの方が楽しい人生だったに決まってる。


 (……って)


どうしてこんな時に限って本音や欲望が頭を満たすのだろう。


もっと、過去の思い出だとか、皆の笑顔だとか、そういう物じゃないのか、走馬灯って。


 (まぁいいや)


どうせ私の寿命もあと数秒なのだ。


最期に、この綺麗な夜景くらい目に焼き付けておいてもバチは当たらないだろう。


ネオンカラーの電光掲示板が、上へ上へと昇っていく。


ビルの部屋一つ一つから零れ出る光の眩しさに、ペンだこの付いた右手を上に突き上げる。


私の右手って、こんなにも小さかったのか。


 (神様、どうか……どうか、来世は、普通の人間にしてください、までとは言いません。だからせめて、私の努力を認め、私を頼ってくれる人達の元に生まれますように……)


それまでびゅんびゅんと全身に吹き付けていた風の音がピタッと止まる。


一時停止された世界の中、私はゆっくりと瞼を閉じる。


数秒の静寂の後、ぽふっという音がエコーをかけられたように鳴り渡った。


 (……ぽふっ?)


その感触に疑問を抱く気力はもう私には無く、意識だけがただ暗闇の奥底へと落下し続けていった。

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