03-01 『里帰り③』 Side:Asuka

 「ありがとうございました〜」


カランカランと音を立てて背後でドアが閉まる。


もう一度重たい箱を全身を使って持ち上げる。腰が二つに折れそうだ。


 「もう探偵社に帰りますよね?」


期待を込めて師匠に尋ねる。


これでノーと帰って来たら特別手当を請求する勢いだ。


 「そうだな、もうここに用事はない」


師匠の返事にホッと胸を撫で下ろす。


彼女の先導で、商店街から一本それた道を二人で歩き始める。


商店街の裏という事もあって、薄暗い通りにはゴーゴーと換気扇の音が響いている。流石にその音が大きすぎて、自然と僕たちの会話は途切れた。


僕たち以外の人がほぼ居ないという事もあって、反対から男性が歩いてきた時は自然と彼に視線が移った。


黒い革のジャケットにサングラス。背を丸めて歩いている。


絡まれると面倒そうだ。


そう思い、いざとなったら師匠をかばえるように、師匠の右側に移った。


ゴンッと音がする勢いで、突然男性の肩が僕の肩にぶつかった。

ゴロゴロと音がして箱の中身が動く。


幸いにも、地面に落ちた物は一つも無かった。


 「痛ってーな!」


大声で逆ギレされ、思わず思考と歩みが止まる。


普段の癖からか、考えるよりも早く頭が下がった。


 「すいません、大丈夫ですか?」


あぁ?と低く唸るように返され、肩をガシッと掴まれた。


 「大丈夫じゃ無かったらどうしてくれんだよ?」


 「え、えっと……」


焦りで頭が真っ白になる。


誰か助けてくれる人を探したが、周りに大人は一人も居なかった。

師匠はというと、何やら両手を握りしめたまま下を向いている。


その表情は伺えなかった。


 「お前、彼女連れてんじゃねーか。ちょっと小さいが、その女渡せばぶつかった事はチャラにしてやる」


その瞬間、堪忍袋の緒はブツリと音を立てて切れた。

無理矢理に肩を掴んでいた手を振りほどき、一歩下がる。


しかし、突然サッと出された師匠の右腕に僕の動きは止められた。



 「?……師匠?」


 「そこのおじさん、まだ後ろに仲間が居るよね?えーと、いち、にー、さん、しー、五人ってとこかな?」


師匠の声は、いつもの落ち着いた声から変わって、好奇心溢れる少年のような声になっていた。


顔は変わらないのに、中身だけ変わってしまった様な、そんな感じがする。


 「な、何でそれを……⁉」


図星だったのだろう、男性の顔には焦りが浮かんでいた。


 「喧嘩を買うなら、ステージは公正にしておかないとね☆」


イタズラっぽくウインクする。やはり、今僕の目の前に居る人物は、師匠に見えても師匠ではない。


 「バレたなら仕方ねぇ」


男性が手で合図すると、建物の陰から人影が出てきた。本当だ、師匠が予言した通り五人いる。


 「よっ」


次の瞬間、師匠に回し蹴りを食らった男性は、後ろの二人を巻き込んで十数メートル先へと飛ばされていった。


 「ええーっ……?」


普段の師匠からは想像出来ないような強さに、僕は困惑するしかなく唖然とする。

蹴り飛ばされた三人は気絶、一人は恐怖のあまり腰を抜かし、残りの二人はどこかへと走って行ってしまった。


 「さてと。初めまして、かな?飛鳥」


手についたゴミを払うように、師匠はパッパッと両手をこすってから振り返る。


 「貴方は……一体……?」


僕の声を聞いて、彼はニッと笑った。


その笑顔だけは、いつもの師匠と似ている。


 「僕?僕も、ハーゼだよ」


 「?」


 「んー、説明したいんだけど、ここで時間を無駄にする訳にはいかないし……、あ、そうだ、ちょっと待っててね」


彼が後ろに視線を向けると、恐怖のあまり座り込んでいた逃げ損ないがヒッと情けない声を上げた。


 「そこの君、君たちのアジトまで案内してくれないかな?」


 「で……出来ない!そんな事したら、ボスにぶちのめされる!」


 「ふーん?」


ポキポキと音を立てながら、彼は両腕の拳を合わせる。彼の声色はどんどん下がっていき、表情も真剣になっていく。


 「アジトをバラした罪と、ハーゼを傷付けようとした罪、どっちが重いんだろうね?」


 「わ……分かった!案内する……いや、させて頂きます!」


(ほ、本当に師匠……なのか……?)


彼の放つ冷たい殺気を感じ取って、鳥肌が立った。

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