03-01 『里帰り②』 Side:Asuka
「ハーゼちゃん!うちの野菜も持ってきな!」
「またうちにも来てちょうだい」
「ハーゼおねえちゃん、やきたてのパンどうぞ」
「この前言ってた本だよ。また何かリクエストがあったら教えてくれ」
「今朝出来たばかりのお豆腐よ。忙しくても、ちゃんと食べるのよ」
「うん、みんな、ありがとう」
僕の意図とは反対に、箱の重さが減ることは無かった。
渡しても渡しても、お返しと称してまた色々な物を渡されたからだ。
でも、沢山の人に囲まれても笑顔で答え、更に彼らの健康や家族の心配までする師匠は、今まで僕が見たことが無いくらい、とても満たされた表情をしていた。
よっぽど、ここが好きなのだろう。
やっと人混みから出れたと一息ついた時には、商店街に入ってから二時間が経とうとしていた。
「はぁ〜、疲れた」
「荷物持ちお疲れ様。あそこで一休みしようか」
そう言って師匠が指を指したのは、古びた看板に『山茶花珈琲』とレトロな文字で書かれた喫茶店だった。
師匠がドアを開けると、カランカランとドアに付けられたベルが鳴った。
背後で優しく流れるジャズ。
雰囲気にピッタリ合ったコーヒーの香り。
シックな色で固められた内装。
それらはどこか、初めて僕と師匠が出会った時に寄ったカフェを連想させた。
「ご注文はお決まりですか?」
「あぁ。えっと……、店長は居るか?」
師匠の問いかけに、店員さんは不思議そうな顔をした。
「店長……ですか?今は買い出し中ですが……」
「そうか、ならこれを店長に渡しておいてくれ」
そう言って師匠がポケットから取り出したのは、今までの『手土産』とは打って変わって手紙のようだった。
かしこまりました、と店員さんが受け取る。
「注文だったな、ケーキセットを一つ。それから……」
君はどうするんだ、と師匠が僕に問いかける。
僕は慌ててメニューを取り出し、サッと目を通した。
「えーっと、ホットコーヒーでお願いします」
「かしこまりました」
店員さんが僕たちの机から離れていくと、師匠は両手を顎の下で組んだ。
よく彼女が考えている時にするポーズだ。
「その……、商店街では、師匠って随分と人気者なんですね」
商店街に入ってから、ずっと気になっていた事をようやく聞けた。師匠がフッと笑う。
「なるほど、人気者か。そんな風に言われたのは初めてだな」
「どうしてそんなに慕われているんですか?」
「……一言で言うなら、私にとってここは第二の家だから、かな」
手を組んだポーズのまま、師匠はニコッと笑ってみせた。
今日一日、目に見えてご機嫌が良かったのはそういう事だったのかと僕は納得する。
「お待たせ致しました、ホットコーヒーとケーキセットでございます」
目の前に置かれた淹れたてのコーヒーから、湯気と共に香りが立ち上ってくる。
強すぎず、弱すぎず、丁度良い味だ。
「ところで、君はどう思った?」
フォークを手に取りながら師匠が尋ねてくる。
「どう……とは?」
「この商店街を見て、どう思った?」
「そうですね……」
目を閉じて、僕は商店街での光景を振り返ってみる。
パッと思い浮かぶのは、どれも人々の笑顔。
一人一人が輝いていて、みんな幸せそうだった、というのが率直な感想だろうか。
「今まで、あまり商店街に来る機会は無かったんですけど、これほどまでに人々の笑顔が暖かい場所だとは知らなかったです。また来たくなりました」
「そうか」
ケーキを頬張りながら、師匠は満足そうに頷いた。美味しい!と言うように師匠の目が輝く。
って、ちゃんと僕の話聞いてたのかな……。
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