02-01 『時計塔②』  Side:Hyde

あと十段……あと五段……あと三段……


頂上がどんどん近づいてくる。

疲れ切った足をなんとか引っ張り上げて、展望台へのドアを開けた。


 「初めまして。ちょうど計算通りに来てくれたね」


音声データの中で聞いた、少女のあどけなさが残る声。

その声の主はイメージの通り、十二歳くらいの少女の見た目をしていた。


 「安心してくれ。私は君に危害を加えるつもりはない。少なくとも今のところは、ね」

 「……」


静かな沈黙が流れる。

少女の言葉は果たして真実か、嘘か。


測りかねていた俺に向かって、少女はもう一度口を開いた。


 「申し遅れた。私はハーゼ。ハーゼ探偵事務所の所長だ」

 「そちらは、何でも屋のジキル殿で合っているか?」

 「!……あぁ」


驚いた。匿名で活動しているのに、既にジキルの名前まで掴んでいるとは。


やはり、彼女の見た目が少女だからといって侮るべきではないだろう。


……だが、俺がジキルではなくハイドだという事は知らないらしい。こっちとしても、ちょうど好都合だ。


 「勝負に乗りに来た。パスコードを渡してもらおうか」

 「まぁまぁそう焦らずに。折角出会えたんだから、ゆっくりお話でもしようじゃないか」

 「……いいだろう」

 「良いのかい?じゃあ遠慮なく」


ツカツカと靴音を立てながら一歩、また一歩とハーゼが近づいてくる。

俺から三歩ほど離れた所で止まり、指を銃の形に見立て、俺に向けた。


 「君は、善人か、悪人か?」


そう尋ねる彼女の声には感情が含まれていない。


難しい質問をされたものだ。


 「お前にとって……俺は悪人か?」


ハッ、とハーゼが鼻で笑う。


 「それは今後の君の行動次第だな」

 「じゃあ俺も、今のところはまだどっちでもない」

 「フフッ、そうかそうか。気に入った」


どこから現れたのか、小さい封筒を人差し指と中指の間に挟み、ダーツでも投げるかのようにハーゼが振りかぶる。


シュバッと音がして、封筒の角が俺の手のひらに当たった。


少しだけ痛みを感じる。


 「それが一つ目のパスコードだ。好きなように使うと良い」

 「良いのか?こんなあっさり……」

 「君はそこに立っているだけで情報の塊なんだよ」

 「は……?」


もう一度靴音を立てながらハーゼが近づいてくる。

お互いの息遣いも分かりそうな至近距離まで近づいたあと、ハーゼは左手の人差し指で俺の胸を指した。


俺に対して頭二つ分ほど小さいハーゼが、上目遣いに得意げな表情を見せる。

 

 「例えば君の息遣い、先程までは乱れていたね。きっと階段を登ってきたんだろう。エレベーターを使ってこなかったのは、システムに痕跡が残り、調べられると困るから……ということは、今まで多少なりとも非合法的な事も行ってきたんだろう。しかし、君が犯罪者ならば、マスクだの仮面だの顔を隠す物を着用してくる事で情報の漏洩を防ぐ事が出来た筈だ」

  「……」


 「実際私も君は顔を隠してくるだろうと予測していたさ。しかし君は顔を隠してこなかった。ここから考えられる可能性は主に三つ。①、君が顔を知られても困らない立場である場合。②、君が私に絶対的信頼を置いてくれている場合。③、君が何らかの方法で他人の記憶を消せる場合」

 「……ッ」


思わず息が詰まる。立っているだけなのにここまで追い込められたのは初めてだ。

こうなったら”あれ”を使おうか……でも……


 「まぁそう不機嫌にならずに。私の仕事は法で君を裁く事ではなく真実を掴み取る事だ。つまり私が言いたかったのは、私が君から情報を得ているように、君も私から情報を得る権利があるって話だ。つまりこれは等価交換なんだよ」

 「……分からない」

 「何がだい?」


ハーゼは俺の呟きにきょとんとした表情で答える。


 「お前の目的はただ、俺たちの正体を知る事の筈だ。なのに何故、等価交換にこだわる?」

 「へぇ……」


妙に大人びた表情で、ハーゼは目を細める。


 「秘密……と言いたいところだけど、さっき君にも質問に答えて貰った事だし、教えてあげよう……私はね、君たちに興味があるんだ」

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