02-01 『時計塔③』  Side:Hyde

 「は?」


今度は違う意味での困惑の声が口から出る。

しかしハーゼはそれ以上は語ろうとせず、俺に背を向けた。


 「もう少し頑張って、パスコードを全部集めてみるといい。私の言っている意味が分かる筈だ」


これ以上の長居は無駄か。そう思った俺は展望台の手すりの上に飛び乗った。

遥か彼方まで広がる四角い屋根の群れが、森のように集まっている。


流石、グラフィアの中心街で一番高い建物だ。

今まで立ったことがない高さに足がすくむ。


 「おい、何を……」


ここにきて初めてハーゼが慌てた様子を見せた。


人形のようにしか笑わなかった彼女が、ここに来て初めて表情を崩した。


その様子が何ともおかしく、フッと僅かに口角を上げて笑う。


 「じゃあな」


右足を踏み出して、手すりからーー飛び降りる。



数コマの間をおいて、全身に衝撃が走る。


それは地面にぶつかった衝撃ではなく、ジキルの作り出した四角い岩の塊――言うなれば岩のエレベーターに降り立った衝撃だった。


エレベーターはゆっくりと下降し、地面に近づいていく。


 『怪我はないか?』


耳元からジキルの声が聞こえる。


 「あぁ、大丈夫だ」


俺が時計塔に侵入している間、ジキルは建物の裏に潜伏。その後ジキルの力を使って時計塔の裏に岩のエレベーターを作り出し、俺はそれに乗って時計塔から脱出する。

それが、アイヴィーが考えた作戦だった。


 『良かった。パスコードは手に入れた?』


左耳から聞こえるのはアイヴィーのホッとした声。


 「あぁ、ちゃんと持ってる」

 『あいつの記憶は消したのか?』

 「いや、それは……してない」

 『『はぁ!?』』


二人の声が重なり、キーンとノイズを立てる。

そこまで驚かれるとは思わずウッと頭を抱えた。


 『なんでだよ?』『なんでよ?』


距離は離れているはずなのに、まるで隣にいるかのように息ぴったりにジキルとアイヴィーが聞き返す。


 「俺たちが売られたのは喧嘩じゃなくて勝負だ。相手も理由は分からないが、情報が等価であることにこだわっている。だったら俺たちもチートなんて使わず、正々堂々勝負するべきだろ?」

 『まぁ、お前がいいんだったらそれでいいけどよ……』

 『とんだ正直者ね……』


二人の苦笑いが、声だけでも目に浮かぶ。


 「ありがとう」


そう呟いて、俺はエレベーターから地面に下りた。

ふと空を見上げると、満月が夜空のど真ん中に佇んでいた。

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