01-03 『お守り④』 Side:Ivy
「……そうだ」
そうつぶやいてから、ハイドはガサゴソとポケットの中を引っ掻き回し始める。
取り出したのは、何やら赤い石のはめ込まれた――指輪だった。
「これ、お前にやる」
「え、えっ……え?」
理解が追いつかずキョロキョロと指輪とハイドを見比べる。
指輪って、親密な異性に送るものじゃないのか……普通。
「落ち着け。そういう意味じゃない」
どうやらこの反応は読まれていたらしい。冷めた表情で見つめ返された。
「これは……そうだな、お守りとでも呼んでおこうか」
「お守り?」
「俺の能力は知っているな?」
「うん」
確か、『人の認識を書き換える能力』だっただろうか。
口では説明しにくいと言われたものの、私が作戦に参加する事は無いので、実際に使っている所を見た事は無いのだが。
「この指輪には、その能力が込められている」
「というと?」
「この指輪を使えば、一度だけ、お前も俺と同じ能力が使えるって事だ。それも、いつも俺が使っている能力より強い効果が出るようになってる」
少し迷ってから、ハイドは私の右手を取って、指輪を中指にはめた。
本人から違うと明言されていても、なんだかドキドキしてしまう。
「使い方、教えるからちゃんと聞いとけ」
「は、はい!」
「まず、この指輪を地面に投げつけると、対象の時間が止まる。その間に、書き換える元となる認識を三度唱えろ。」
「書き換える元となる認識……?」
「そうだな…例えば、ここにリンゴがあったとして、それをオレンジだと認識させたいとしよう。その時、『ここにリンゴがある』という事実が、書き換える元となる認識だ」
「なるほど。」
つまり、文章を翻訳する時の、ベースとなる原文みたいな感じだろうか。
「次は十秒置いてから、今度は書き換える先の認識を言え。これは一度で良い。書き換える先の認識ってのは…」
翻訳した後の文章、つまり…
「『リンゴはオレンジである』」
「その通り」
ハイドは私を見て、ニコッと笑った。
「で、それで終わり?」
彼の笑顔の眩しさにたじたじになりながら尋ねる。
「最後に、指を鳴らして完了だ。対象は倒れるだろうが、人体に害はないから気にするな。勿論、通行人も気にしない筈だ」
「指を鳴らす……」
試しに私は右手の親指と薬指を合わせてみる。
パチン……と良い音が鳴る筈もなく、スッ……と皮膚が擦れる僅かな音が生まれただけだった。
様子を見ていたハイドがハハッ、と隣で可笑しそうに笑う。馬鹿にされた事にイラッとし、私は頬を膨らませた。
「すまん、そんなに気にするな。必要なのは指を鳴らすという行為だけだ、音の大きさは関係ない」
「そ、そう……」
どうも、私は人の笑顔に弱いらしい。
ハイドの笑顔を隣で見ていると、怒りも、悲しみも、一瞬で洗い流されてしまった。
ジキルの言っていた、嬉しそうな人を見ると元気が貰えるというのは、こういう事なのだろうか。
「あ、さっき、通常よりも強い効果が出るって言ってたけど、それは?」
「あぁ、その指輪に付いている暗示能力は、会話で広がるんだ。通常、俺の能力を受けた人間は、第三者の手によって治す事が出来るんだが、その指輪を使って能力を受けた対象が第三者と接触することによって、第三者にも暗示がかかる。」
「えーっと、それはつまり……」
「リンゴをオレンジだと認識した人間が他者と会話する度に、リンゴはオレンジだという認識が広まっていく。噂みたいなもんだ。これは俺以外の人間には治せない。」
「それって、私が一度指輪を使ったらもうキャンセル出来ないって事?」
「そうだ。俺がこの世を去るまでな」
ハイドの声が少し上ずった気がして、隣を向く。彼はどこか悲しげな顔のまま、空を見上げていた。
改めて指輪を左手で撫でる。それ程、彼は重要な物を、信頼を私に預けてくれたのか。
だったら、大切に使わないと。
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