01-03 『お守り③』 Side:Ivy
お父さんとお母さん。お兄ちゃんと私。
三人の家族に囲まれて、私の人生は、至って普通に、比較的幸せに進んでいた、と思う。
少なくとも、最初の方は。
歯車が音を立てて狂い始めたのは、六年前。
お兄ちゃんが中学校に入学してからだった。
当時まだ小学生だった私には、お兄ちゃんとお母さんが何を言い争っているのか理解できず、それを止める事もできず、ぼーっと二人の喧嘩を聞いていた。
お父さんはというと、その頃から仕事に忙しくなったのか、真夜中に酔っ払って帰ってくる日が殆どだった。
学校から帰ってきて勉強し、お兄ちゃんが帰ってきてからは部屋に閉じこもってイヤホンを耳に突っ込み、大音量で音楽を流しながら本を読む。
そんな毎日が続いた。
お母さんの私に対する期待は日に日に高くなっていき、常に完璧である事が求められた。
もっと勉強しなさいだとか、お兄ちゃんみたいにはならないでだとか、お母さんの期待を叶える為の日々。
そんな中でも私は、お兄ちゃんだけは信頼し続けていた。
どんなに周りの環境が変わっても、どんなにお母さんがダメと言おうと、お兄ちゃんだけは、私の最後の味方だと、いや、味方であって欲しいと、そうどこかで願っていたのかもしれない。
だから一年前、ある日を境にお兄ちゃんが突然音信不通になってから、一日一日が何倍にも、何十倍にも重くなった。
ふと、お兄ちゃんはどこに行ったの、なんて聞いてみたことがある。
お母さんは不思議そうな顔をして、「お兄ちゃんって誰?白愛ちゃんは一人っ子でしょ?」と答えた。
お母さんの期待は軽くなる事を知らず、両親の関係は些細な事から悪化し、充分に睡眠を取れる日は殆ど無かった。
空っぽになったお兄ちゃんの部屋だけが、私の唯一の安全地帯だった。
「それで、溜まりに溜まったストレスが爆発して、家出して、ここに至る…って訳。」
「なるほど……学校に頼れる奴は居なかったのか?」
静かに私の話を聞いていたジキルが尋ねてきた。
「居たっちゃ、居たんだけど…なんか、距離があった、っていうか。世間話くらいはするんだけど、悩みを聞いてもらうほど親密ではなかったかな。」
「うーん、そうか……。正直言うと、俺も中学高校くらいの頃はそんな感じだったな。家族、家族か……うーん……」
先程から真剣に私の悩みと向き合ってくれているハイドに、少しだけ遠慮の心が生まれる。
「そんなに必死にならなくても大丈夫だよ、ほら、これは私の問題だし」
「いいや、人を助けるのが俺達の仕事だからな。勿論、仲間もそれに含まれるだろ?」
「……でも、依頼料出せないよ?お金無いし」
「これからも俺達の為に働いてくれるんなら、依頼料はそれで良い。……どうだ?依頼するか?」
ふとハイドにお兄ちゃんの面影を見たような気がしてハッとする。
溢れ出しそうな感情に蓋をするかの如く、右手をギュッと握りしめる。
今まで、これほどまで私に寄り添ってくれる人は、お兄ちゃんくらいだった。
「……依頼します」
大きく息を吸って、肺の底から勇気を振り絞る。
「家族関係を改善するための手助けをお願いします。」
「了解した。その依頼、引き受けよう。」
そう言って、ハイドは目を細めて微笑んだ。
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