01-02 『何でも屋③』  Side:―――

「どこに行くおつもりですか?」


彼の低い声に脅されるようにして、私の背中が縮み上がる。これはもしかして、一度何でも屋に入った人間は一生生きて出られない…という展開だろうか。


「す、すいません…」


何に対して謝れば良いのかも分からないまま謝罪する。


「あーもう、二人とも、口下手すぎ」


アイヴィーさんが苛ついたようにソファーから立ち上がった音がした。

カツカツと足音が近づいてきて、私の前で止まる。

なんだろう、と思い恐る恐る顔を上げてみると、やれやれといった顔のアイヴィーさんが目の前に立っていた。もっとも、マスクをしているので目元しか見えないが。


「すいません、あの二人の説明が悪かったですね。」


そう言って彼女は顎でジキルさんとハイドさんを指す。

当の二人はというと、少しだけ反省の表情を浮かべているようにも見えた。


「率直に言うと、私達は貴方の依頼に半分失敗してしまったんです。」


「…え?」


思ってもいなかった方向に話が進もうとしている事に対して、間抜けな声が出てしまった。


今まで、何でも屋が失敗したという噂は聞いたことが無かったのだが。…いや、逆に考えれば、ミナモ社がそれほど外部に細心の注意を払っているという事だろう。


「ミナモ社内における汚職の証拠品は手に入れられたのですが、社長のスキャンダルに関する証拠品は、とある人物からのメッセージとすり替えられていました。」


「とある人物…とは?」


「そうですね…貴方には、話してみる価値があるかもしれません」


アイヴィーさんが確かめるように他の二人を見やる。


「俺から話しましょう」


ハイドさんが私とアイヴィーさんとの間に割って入った。ジキルさんはというと、ふて腐れたようにずっと足元を見つめている。


「探偵ハーゼはご存知ですか?」


ハーゼ…どこかで聞いた事がある名前だ。記憶から手探りで情報を引っ張り出す。


「えーっと…あ!思い出しました。ハーゼ探偵事務所の所長さんですよね」


確か、証拠品集めに協力してくれそうな人を調べていた時に出てきた人物の一人だ。

評判は良かったものの、予算の関係で残念ながら彼女には依頼出来なかったのだが。


「そうです。目的のデータは、彼女からのメッセージにすり替えられていました」


ハイドさんが腕を組んだまま頷く。


たしかに、と私は思考を巡らせる。探偵であるのならミナモ社のような企業から依頼を受ける事も無くはないだろう。余程の名声を得ていない限り、珍しいケースではあるが。


「恐らく貴方もご存知の通り、今回の一件を受けてミナモ社は警備を大幅強

化しました。

 よって、これ以上の依頼の進行は不可能と判断しました。」


淡々とした口調でアイヴィーさんが告げ、頭を下げる。つられたようにジキルさんとハイドさんも頭を下げた。


「今回手に入れた証拠品はお渡しします、その代わり依頼料はお支払いされなくて結構です。」


躊躇いなく言葉を並べ続ける彼女の声からは、一切の感情が取り払われていた。


「い、いえ、依頼料は払わせて下さい。私も今回、もう少し冷静になるべきだったという事が学べましたし、その証拠品だけでも裁判には充分に役立つ筈です。」


逆にここまで淡々と謝罪を受け続けていると、逆にこちらが申し訳なくなってきた。私が怒る必要も無いだろう。


「ですが…」


「じゃあ、こういうのはどうだ?俺らは証拠品を渡す。お前は依頼料の代わりに、俺らに最近のグラフィアの情勢について情報を渡す。金の代わりに、物々交換って訳だ。」


情報。私の持っている情報が彼らが欲しい物であれば大歓迎なのだが。


「ジキルの割には良いアイディアじゃないか。俺らも、地下に籠もってばっかりじゃ何も知れないし、情報は喉から手が出るほど大歓迎だ。」


「割にはって何だよ、割にはって」


ジキルさんがハイドさんにツッコむ。仲のいい兄弟みたいで、部外者の私が言えた事ではないが微笑ましい光景だった。

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