01-01 『宣戦布告②』 Side:Hyde
「うおっ、なんだ!?」
深夜のお茶の準備を進めていたアイヴィーが手を止め、無言で駆け寄ってくる。
文字列は高速で上へと流れていき、やがて一瞬止まったかと思うと、「LOADING…」という文字が中央に出てきた。
何やら何かがダウンロードされているらしい、文字の下には青いゲージが現れ、左から右へと少しづつ色が埋まっていく。
「何したの」
アイヴィーの目線が鋭くなる。無線越しに何度も聞いた、作戦中の張り詰めた声色がジキルに向けられる。
「何にもしてねーよ!」
そう逆ギレして立ち上がったジキルを、アイヴィーは呆れたという目で、腰に右手を当てて見つめる。
「あのね、私のセキュリティーをなめないで貰える?遠隔操作なんて論外なの」
「でも、俺ホントになんもしてねーんだけど」
今にもバチバチの喧嘩が始まりそうな二人の間に俺は割って入る。
「ちょっと待った」
そう言いながら二人の肩に両手を置く。
二人がしんと静まり返る。
その瞬間、タイミングよく切り替わったパソコンの画面が目に入った。
「…パソコンの画面、変わってるけど見なくて良いのか?」
アイヴィーがはっとしてポケットから小型リモコンを取り出し、数回押す。
目の前に置かれた大きなスクリーンに、先程までジキルが使っていたノートパソコンの画面が映し出された。
普段は作戦を立てる時に使っている大型スクリーンだが、なるほど、こんな使い方もあるのか。
まず最初に画面に現れたのは、中世の…紋章?のような物だった。
白いウサギと黒いウサギのシルエットが対称に並べられていて、それが、画面の中央でゆっくりと回転している。
数秒の間があって、すうっと息を吸う音が流れる。
どうやら、ファイルの中身は録音されたメッセージらしい。
『ごきげんよう。何でも屋の皆さん。』
それは女性の声だった。若いのに、どこか落ち着いていて気迫のある声だ。
『あぁ、名乗るのが遅れたな。』
声の主は躊躇いなく続ける。一方的な口調は、俺たちに黙って聞く事を強制させていた。
『私は、ハーゼ探偵事務所所長のハーゼだ。
先日、とある人物から君たちの調査をするよう依頼を受けてな。
今日は、宣戦布告をしに来た。
職業上、依頼主の名前は言えないが、依頼を受けた以上、どんな手を使ってでも君たちの正体を突き止めてみせよう。』
更にハーゼと名乗る人物はそうだ、と付け足す。
『このUSBには、ちょっとした仕掛けを付けておいた。
私に関するデータファイルが入っているんだが、閲覧するためには市内の三箇所を周って正しいパスコードを入力しなければならない。
つまり、これは一方的な宣戦布告じゃない。どちらがお互いの正体を暴くのが早いかの勝負って事だ。』
『では、君たちとの勝負、楽しみにしているよ』
彼女の浮かれたような声と共に、プツンと音を立てて録音は切れた。
「……」
先程までの空気とは打って変わって、三人が無言になる。時計の秒針だけが、チクタクと部屋の中に音を生み出し続ける。
目を閉じ、深呼吸をする。
秒針の音を数回聞いた後、ふっ、と小さな笑いが口元から溢れる。
「面白い事になったな」「面白え!」
俺とジキルの声が重なる。それを聞いて一瞬きょとんとしたアイヴィーが、…やれやれ、またこの人達は、というように頭を抱える。
「はいはい、はしゃぐのは次の作戦が成功してからにしてくださいねー」
そう言い残して、アイヴィーはまるで何事も無かったかのように、再び深夜のお茶の準備に戻った。
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