第20話 照りつける太陽

「最近は太陽がよく照ってるわね」

 カティの母が空を見上げた。私たちも太陽を見上げた。

「これで、作物も良く育つ」

 カティの父が言った。

「ほんとそうですね」

 私が答える。

 ――しかし、日は照り続けた。

「少し雨でも降ってもらわないと・・」

 村人全員が空を見上げる。

「うん・・」

 私も、今日もきれいに晴れ渡る空を見上げた。

しかし、雨は降らなかった。日照りはその後三カ月も照り続けた。

「これじゃ、田んぼも畑も干上がってしまう」

 畑や田んぼに水を撒くが、それも一時しのぎでしかなかった。

 それから一か月が経ち、ついに村に水を供給していた主流の川の水が干上がった。当然、用水路の水も枯れた。

「川が干上がるなんて、こんな事は今まで無かった」

 村人たちは激しく動揺した。

「どうする。村長」

 村人が私を見る。

「・・・」

 私にもどうしていいのか分からなかった。自然相手に人間の力など無力に等しい。しかし、このままでは村が壊滅してしまう。

「昔、この辺り一帯にこれと同じ、大きな干ばつがあったと聞いたことがある」

 その時、村の長老が、集まる私たちの所にやって来た。長老はこの村の最高齢で齢百歳を越えると言われている。

「ほんとですか」

 私は長老のしわしわの顔を覗き込むように見た。

「ああ、確か・・」

 長老はおぼろな記憶を辿るように空を見上げた。

「その時、どうなったんですか。どうやって村人は生き残ったんですか」

「それはわしにも分からん。わしがまだ子供だった頃に、わしの曾祖母に訊いた話じゃからのぉ」

「・・・」

 昔、同じような干ばつがあった。でも、それを生き残った。だから、今、村はある。そこに何かある。私は思った。

「もしかしたら、隣り村の大おばばなら何か知っているかもしれん」

 その時、長老がゆっくりと言った。

 次の日、私は案内役のカティと一緒に、すぐに隣り村の大おばばに会いに行った。

「・・・」

 隣り村の大おばばは、齢二百歳と聞かされていたが、実際その朽ちかけた大樹の樹肌ような顔に刻まれた深い皺を見ると、それも信じられた。

「わたしも幼い時、村の長老から聞いた話じゃ。三百年ほど前に、今と同じ事が起こった」

 おばばはゆっくりと、その枯れ果てた体から残った生気を振り絞るように、それでいてはっきりとした声で話し出した。

「その時、その時どうなったんですか」

「その時、村は壊滅的な被害が出た。飢える者、倒れる者、村を去る者、そして死者も大勢出るようになった」

「それで、それで、どうしたんですか。村の人々はその時どうしたんですか」

 私はおばばに取りすがるように訊いた。

「どうしようもなかった。どうしようも・・」

「・・・」

 やっぱり、何もできないのか・・。私は絶望に打ちひしがれ、全身の力が抜けていくのを感じた。

「ただ」

「ただ?」

 私は再び取りすがるようにおばばに迫った。

「ただ・・」

 おばばは、その白く濁った眼で遠い昔を見つめるように虚空を見つめながら、また話し出した。

「その時・・」

「その時?」

「一人の」

「一人の?」

「一人の若者がヒマラヤに向かった」

「サン・マンチュル・・」

 私はその時、なぜか若き日のサンマンチュルの姿が浮かんだ。

「その若者は一人でヒマラヤに向かった。何かに導かれるように。そして、若者がヒマラヤに消えた後、不思議なことに、干ばつは終わり、この大地は潤った」

「・・・」

「そして、飢えは解消され、すぐに村々は立ち直った」

「その若者はどうなったんですか」

 カティが訊いた。

「その若者は二度と村には帰っては来なかった」

「・・・」

「その後、若者がどうなったのか、どうしているのか、誰にも分からなかった。そして、いつしか、みなその若者のことを忘れてしまった。じゃが、わたしはその話が妙に気になり覚えていた。不思議とそこだけが心に残り続けていた・・」

「・・・」

「それからこの地に干ばつはなくなった。それから今まで一度もこの地域に干ばつは無かった。それだけではない、この地域一帯はとても実りの良い土地になった。だから、この辺境の地でも、我ら民族は、ここまで多くの子孫を残し、ここまで生き延びてこれたのじゃ」

「・・・」

「どうして・・」

 再びカティが訊いた。

「それは誰にも分からない。なぜ青年がヒマラヤに向かったのか、そしてその後、なぜ干ばつが突然終ったのか。この土地が、こんな辺境地では有り得ないくらい実り豊かになったのか。それは誰にも分からない」

「・・・」

 私とカティは、黙ってこの地の歴史と共にその深く刻まれた大おばばの顔の皺と、そのどこかはるか遠く昔を見つめる白く濁った目を見つめた。


「大おばばが死んだって」

 村から帰って、その次の日のことだった。まるで私たちに、あの話を伝えるためだけに生きていたかのようなタイミングだった。

「・・・」

 私ははるかにそびえ立つヒマラヤを見上げていた。

「・・・」

 私にはなぜか、この時、これから自分が何をすべきかが分かっていた。

「メグ・・」

 隣りにいたカティが何かを察して、心配そうにそんな私の横顔を見上げていた。

「・・・」

 私はこの時、はっきりと決意していた。

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