第19話 宇宙に溶け込んでいきそうな勢いの星空を見上げて

「こういうのもいいかもな」

 マコ姐さんが言った。踊り、歌い、飲んで、食べて、思いっきり疲れ切った私たちは、お祭りの喧騒から少し離れて、静かな丘の上で、二人仰向けに寝転がった。

「なんか 日本に帰りたくなくなっちまったよ」

 マコ姐さんが、星空を見上げながら言った。

「でしょ」

 私も、広大な星空を見上げた。宇宙そのものに溶け込んでいきそうな勢いで星空が広がっている。

「まったく別の世界みたいだな」

 マコ姐さんが呟く。

「はい」

 空気は極限まで澄み、大地はどこまでも広がり、ヒマラヤは天上までそびえ立つ。時間も空間もここだけ、別の成り立ち方をしているようだった。

 神さまはいなかった。今ここには。だけど、神さまはいて、その圧倒的存在を確かに感じた。

「・・・」

 私たちは星空に見入った。

「人生って何なんだろうな」

 マコ姐さんがふいに呟いた。私は驚いてマコ姐さんを見た。

「なんだよ」

 マコ姐さんが私を見返す。

「マコ姐さんがそんなこと考えるんですね」

「あたしだってそんなことぐらいのことは考えるよ」

 そこでマコ姐さんが少し怒り口調で言った。

「ははははっ」

 そして、私たちは笑った。

「ほんと、なんなんだろうな」

 思いっきり二人で笑った後、マコ姐さんはまた呟くように言った。

「・・・」

 私にも分からなかった。気付けば私は私として存在し、そして、でも、なんかここまで不思議と生きて来た。

「ああ、なんかバカバカしくなっちまったよ」

「何がですか」

「今までのあたし」

「はあ」

「何やってたんだろうな。結局あたしは」

「・・・」

「必死で金稼いで、ブランド品買いあさってさ、男追いかけて」

「・・・」

「朝までぐでんぐでんに酒飲んで、バカ騒ぎ毎晩繰り返してさ。ほんと何やってたんだろうな」

「・・・」

「バカだよなぁ。ほんと」

「・・・」

 私も自分の人生を振り返る。やっぱりバカだった。

「でもさ、大概の奴はそんな感じで人生終わってくんだぜ。結局さ。金とか男とか女とのかさ、出世とか、肩書とか、人気とか、権力とか、そんなの一生懸命追いかけてさ、はっと気付いたらもう年取っててさ、もう余命いくばくもありませんてな。そして、思うんだよ。ああ、なんて自分はバカだったんだって」

「・・・」

「そんなんで終わってくんだぜ。人生」

「人生・・」

 人間は愚かだ。確かにどうしようもない存在かもしれない。でも、それでも地球は回り、宇宙のよく分からない物理法則はこれまでと変わらぬ動きで流れていき、そして、この大地は、やはり、私たち人間を生かしてくれる。それが良いことなのか悪いことなのか分からないが、結局そうなっているのだから、そうなっていくしかないのだろう。人間は結局、そうやって、よく分からないまま生きていくしかないのだ。

「・・・」

 私はもう、自分の人生に抵抗することはやめた。そうなるものはそうなる。だから、もうその流れに従うだけだ。

 

「じゃあな」

 収穫祭から一週間経って、マコ姐さんたちが帰る日がやって来た。

「もっといればいいのに」

 私が言う。

「これ以上いると、あたしもここに居ついちまいそうだからな」

 マコ姐さんはそう言って笑った。そして、村人全員に見送られながら、ヒロシ君と子どもたちと共に、日本へと帰って行った。

「・・・」

 私はその後ろ姿を見送った。

「・・・」

 マコ姐さんが帰っていく日本のことを思うと、今自分がここにいることの、何とも不思議な運命のような流れを感じずにはいられなかった。

「すべては因果だ」

 和尚さんの言った言葉が私の中に流れた。

「因果・・」

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