第15話 家族
それから、毎日さらに気合の入った借金取りが、さらに気合を入れて、入れ替わり立ち替わり私の家にやって来た。電話もジャンジャン鳴った。
「そら怒るわな」
私でも怒るだろう。全額返すと言った日に、やっぱり返せませんなんて・・
雅男の大事な三億が、おやじのくだらん競馬で消えた現実を、はいまだに受け入れられずにいた。
「大切な三億が・・、大切な雅男の三億が・・」
あのお金は雅男の命そのものだった。それを・・、それを・・、あのクソおやじは・・。
ピンポン、ピンポン
そして、玄関のチャイムは鳴りまくる。
「あああっ、もう気が狂いそうだぁ」
本当に気が狂いそうだった。私は頭を掻きむしった。もう叫び出してしまいそうだった。
しかし、私が死ぬほど苦悩するその横で、このことの全ての戦犯である当のおやじは、茶の間で思いっきりくつろぎながら、のほほんとJリーグを見ている。
「ほんと、殺したろうか」
私は真剣に思った。
「おいっ、今日の晩飯なんだ」
すると、おやじが私の方を呑気に見た。
「お前は晩飯抜きだ」
私は、冷徹に見下ろしながら言った。
「お前が晩飯をまともに食えると思っていることに私は驚いているよ」
「なんでお前はそんなに怒ってるんだ」
「私が怒っている理由すらも分からないのか。どこまでなんだよ」
私は呆れを通り越して、目の前がくらくらしてくる。
「金か?」
「そうだよ。それ以外に何がある」
よく考えれば他にもいっぱいあったが、それを言い出すときりがない。
「金だよ金。三億も使い込みやがって。普通なら親子の縁切ってるぞ」
「ああ、やっぱ金か」
しかし、おやじは呑気だ。
「ああ、金かって、かんたんに言ってくれるな。三億だぞ三億。あのお金がどんだけ大金で、大切なお金で、それを使われたことでどんだけ私が追い込まれているか知らんのか」
「いやな、あの金を二倍三倍にしたらお前が喜ぶと思ってな」
「余計なことをするな。それが一番うれしい」
「お前は冷たいな」
「あったかいだろ。滅茶苦茶あったかいだろ。普通殺されてるぞ」
「まあ、わしが稼いでちゃんと返すから」
「絶対無理だろ。しれっと嘘を言うな」
もう、話しているだけでストレスで髪の毛が全部抜け、歯茎から血が出そうになる。私はその場を離れた。
「ん?」
兄の部屋の前を通った時だった。兄の部屋の中で何か物音がする。私は、兄の部屋の襖を開けた。
「母さん・・」
そこには母さんがいた。
「母さん何やってるの」
「うん・・」
ふと部屋の中を見まわすと、部屋には段ボールやゴミ袋があった。母さんは、兄の部屋を整理していた。
「もういいかなって」
「えっ」
「もう・・」
「母さん・・」
あれほど固くなに兄の部屋をそのままにし続けていた母が、自らその整理をしようとしている。
「いい加減、忘れないとね」
母は私を見て小さく笑った。
「・・・」
母さんも、兄の死と真正面から向かい合い始めたのだ。私はそう思った。
「私も手伝うよ」
「ありがとう」
母さんは、何年も経ってやっと兄の死を受け入れられるようになったんだと思った。
「お墓参りにも行かないとね」
母が言った。
「うん」
次の日、親子三人で何年かぶりに兄のお墓へ墓参りをした。
兄のお墓の前でお線香と買ってきた花束を手向ける。そして、三人で手を合わせる。
「あいつが生きていたらなぁ・・」
ふと見ると、おやじの目に光るものがあった。おやじなりに兄の死に苦しんでいたのだろう。
「あいつが生きていたら・・」
父は泣き出した。
「ううっ、うううっ」
子どもみたいに泣いた。父のこんな姿を見るのは生まれて初めてだった。
「でも、あいつは死んじまった。俺ももう、いつまでもあいつの死を引きずってるわけにいかないよな」
「父さん・・」
「お前には今まで散々苦労かけたな・・」
父が顔を上げ、私を見た。
「これからは父さん、変わるよ。また昔みたいに、まじめに働く」
「うん」
「そうね、メグには苦労かけたわ。これからは、私たちがしっかりしなきゃね」
「母さん・・」
「これから家族三人で、支え合って生きていきましょう」
「うん」
私はうれしくて泣いた。今まで一人がんばって来て良かったと思った。
これからも、私たち家族の中で決して兄の死が癒されることはないだろう。でも、やっと兄の死と私たち家族は向き合えた。これから変わっていける。そんな気がした。
「愛美」
父さんが私を見た。
「何?」
私は父さんを見る。
「めでたしめでたしはいいが、借金はどうする」
「うううっ」
私はうなった。
「こうなったら、もう・・、あれしかない・・」
「なんだ?あれって」
私たち一家は、夜逃げした。
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