4-2 逃走と危機(前)


 ゴブリンと一口に言っても、その生態は様々である。


 棒きれや爪で直接攻撃を行うもの。

 弓を罠を使い遠距離から攻撃を行うもの。

 少々頭の良いゴブリンであれば、簡単な魔法を使うものもいる。

 魔法封じの魔法陣を扱うゴブリンであれば、魔術師の呪文を封じることも容易い。


 だが、基本的に彼らすべてに共通するものがあるとすれば、それは、「複数」で行動するということだ。


 一体一体がさほどではなくとも、数が集まれば相応の脅威と化す。

 まして、周囲を岩壁に囲まれた洞窟、日の光の差し込まない暗闇の中とあらば、それはなおさらである。


  アーニャとミナはたしかに、ラヴィリアの助けで牢を抜け出すことには成功した。

 だがそれは単に、牢を脱出できたという事実があるのみであり、身の安全が保証されたという証ではない。


 洞窟を脱出し、太陽の下に出るまでは、一遍たりとも気を抜くことなどできないのである。

 



 さて、牢を抜け出し、洞窟の細道を進む三人であるが――、幸いなことにまだ脱走に気づかれた気配はない。


 だが、暗く、アリの巣のように入り組んだゴブリンの巣。

 危険は常にあるし、安全な場所などどこにもない。


 夜目が利くというラヴィリアを先頭に、三人は列になって岩壁の間を進んでいた。


「ねえ、ラヴィリア?」

「なに?」


 ラヴィリアの後ろを歩いていたアーニャが、ふと前を行くラヴィリアに小声で話しかける。


「ラヴィリアはどうしてここに来たの?わたしたちと同じクエスト受けたとか?」


 ラヴィリアは「ああ、それね」と頷き、答える。


「前から、なんか変な名前のクランがあるなーって思ってたのよ。そしたら、いかにも新人ぽいエルフが、無策でベテラン用のクエスト受けてるじゃない?

 まあ、知り合いでもない新米冒険者がいくら死のうが、べつにあたしには関係ないことだと思ったけど、知ってて見殺しにするのも寝覚めが悪いかなと思って。一応こっそりついてきたのよ」


 前方に視線を向け、注意を向けながら、ラヴィリアは続ける。


「そしたら二人とも入り口も入り口で、見え見えのトラップに引っかかって連れて行かれちゃったからさ。さすがにちょっと呆れたけど、しかたなく助けにきてあげたってわけ」


 そんなことを、なんでもなさそうなふうに、ラヴィリアは告げた。


 だが普通、縁もゆかりもない赤の他人を――、しかもゴブリンの巣などという危険地帯に、わざわざ助けに来る者がいるだろうか。

 理由があるとすれば、法外な見返り目的くらいだろうが、彼女はそれすら適当に流してしまった。

 お金目的でもなく、貸しを作るでもなく。

 彼女は、二人を助けてやるために、命をかけてくれたわけである。


 つまり、彼女はおそらく単純に――。


「ラヴィリア……」

「な、なによ……」


「めっちゃ!良い人じゃんっ……!」


「んなっ……!?」


 振り返り、みるみる顔を赤くしていくラヴィリア。


 彼女は慌てたように顔を背け、すぐに前方へと向き直る。

 

「──べ、べつにたまたま気が向いただけよ!今日は偶然予定がなかったし、わたしはソロ専門だから単独行動は得意だし……!べつに良い人でもなんでもないんだから、勘違いしないでよね!」


 鼻息荒く返すラヴィリアであるが、声にはまるで棘がない。

 どうやらずいぶんと褒められ慣れていない様子である。


 ぴこぴこと跳ねる耳とくるくると回る尻尾を見ながら――、最後尾を歩くミナがぼそりと呟いた。


「なるほど……。これがツンデレってやつですか……」


 背後から呻くように聞こえてきたミナの言葉に、ラヴィリアは首を傾げる。


「なに?ツン?デレ?」

「いえ、何でもないです。めっちゃ萌えます」

「はあ……?」


 意味の分からない単語の羅列に、ラヴィリアが再び気の抜けた声を返した、



 ――まさにそのときであった。


『ゲギャギャギャギャ!!』


 背後から聞こえてくる複数のおぞましい声。


 一匹が騒ぎ立て、二匹目がそれに続き声をあげる。

 声が声を呼び、瞬く間にあたりに広がっていく。


 数秒も立たないうちに──、洞窟の中はゴブリンたちの警戒の声で埋め尽くされていた。


「――まずい、バレたわねっ……!ここからはちんたら歩くのは無し!一気に走り抜けるわよ!」


 ラヴィリアは一度だけ背後を振り返り、二人に声をかけ――、その場で大きく地面を蹴って走りだした。


「ええっ!?ま、待ってぇええ!」


 どちらかというと運動音痴なアーニャである。

 かと言って、泣き言は言っていられない。


 アーニャは必死にラヴィリアの背中を追いかけつつ、暗く入り組んだ洞窟の中を駆け抜けていくのだった。

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魔法使いは異世界の夢を見るか? @sabamisokan

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