4-1 討伐クエストと獣人少女(後)


 現在の時刻はいつごろだろうか。


 洞窟の中なので当然空は見えず、今どれくらいの時間なのかが見当もつかない。


 さすがに日をまたげば誰かが異常に気づいて対処してくれるかもしれない。

 だが日が暮れるまでは二人が救出を望んでいることなど、誰も知る由もないだろう。


 這いつくばり、苔むした地面を見つめながら。

 金髪のエルフの少女が、むすっと口を尖らせる。


「もう……。ミナが大丈夫だって……問題ないって言うから……」

「はぁ?なんでわたしのせいなんですか!ぶん殴りますよ!」

「ふふーん、手足縛られてるから殴れませーん」

「こいつ……っ」


 調子に乗った芋虫のようにうねうね動き回るアーニャに対し、ミナは静かに怒りに震え闘志を燃やす。


 が、数秒もしないうちに、二人はため息とともにその場で肩を落とした。


 余計な言い合いをしている場合ではない。

 時は一刻を争うのだ。


「……はぁ、とりあえず喧嘩してる場合ではないです」

「そうだね……。なんとかしないと……」


 共通の危機に対してようやく協力する気になった二人であったが、どちらにせよとれる手段は多くはない。

 思いつく中で、最も手っ取り早い解決方法と言えば──。


「アーニャさん、転移魔法でなんとかならないんですか?」


 ミナの問いに、アーニャは顔をしかめる。


「それが、なぜか魔力がかき乱されててうまくコントロールできないんだよね……」


 捕まったときに踏んだトラップの影響だろうか。


 アーニャの顔がますますどんよりと曇り、「どうしよう……」という単語を念仏のように繰り返しだす。



 ちょうど、そんなときだった。




「ねえ、困ってるなら助けてあげようか?」


「「え……?」」



 二人の視線は、突如、牢の前に現れたその女性へと釘付けになる。


 とりあえず、敵のゴブリンではない。


 まず目についたのは、頭部に存在する一対の獣耳。

 獣人系の亜人だろうか。

 尻からは猫のような尻尾が生えており、ふさふさで触り心地もじつに良さそうな感じである。


 飾り気のない腰の短刀。

 使い込まれた年季の入ったグローブ。


 それらが、彼女がゴブリンに捕らえられた可哀想な新米冒険者ではないことを、暗に知らしめている。


 アーニャとミナは突然の来訪者に、ぽかんと口をあけ、思わず暢気に聞き返してしまった。


「え、えーと、あなたは……?」

「あたし?あたしはラヴィリア=ビーキャット。冒険者よ」


 獣人の少女は腰に手を当て、得意そうに笑顔を浮かべる。

 彼女の両耳がぴこりと跳ね上がり、その尻尾がくるくると円を描く。


「冒険者……」


 アーニャは呆然とその言葉を反芻すると、やがてはっとしたように声をあげた。


「お願い、ラヴィリア!なんでもするから、わたしたちを助けて!ここから出して!」

「それはいいけど。あたしへの依頼料は高いわよ?これでも二級冒険者なんだから」


 いたずらっぽく笑うラヴィリアで有るが、是が非でも助けてもらいたいのがアーニャたちの心境である。


「お金なら払うから!──あっ、でもわたしはすかんぴんだし……」


 アーニャはちらりと横目で隣を伺いつつ、


「大丈夫!ミナが払うから!ミナがまるっと全額払うから!好きなだけ要求していいからっ!!」

「……アーニャさん……」


 ミナは突っ込みたい言葉をぐっと飲み込み、


「でも、今はとにかくそれでもいいです。どうか助けていただけませんか?お礼なら後ほどしますので……!」


 そんな二人の縋り付くような必死の形相に、ラヴィリアは一瞬目を丸くし──、その後、思わずくすりと笑みを浮かべた。


 そして、「冗談よ」とおかしそうに笑い声を漏らす。

 

「べつにいいわ。困った時はお互い様だし。無事にみんなで逃げられたら、ごはんでも奢ってちょうだい」

「ラヴィリアっ……」「ラヴィリアさんっ……」


 まるで地獄に舞い降りた救世主の降臨を讃えるかのごとく、二人は目を輝かせてラヴィリアを見つめるのであった。

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