3-1 アーニャとミナ2(前)
若草色のカーテンの隙間から差し込む光が、白いベッドのシーツに影を落とす。
窓の外には小鳥の声が響き渡り、今日が穏やかな快晴であることを教えてくれている。
ふわりと香る朝の匂いと、朝食の香ばしい小麦の香り。
吸い込む空気はとても爽やかで、体を抜ける風も適度に暖かい。
「うーん、気持ちのいい朝だ。」
リターシャの枝の二階、廊下の突き当りの個室にて。
アーニャ用にと割り当てられた自室のベッドの上で、彼女は大きく派手に伸びをした。
昨日の放浪生活が嘘のように、今日からは快適な生活を送れそうである。
ただ、一つ、気になることがあるといえば――。
「昨日の話……。さすがにちょっと驚いたかも」
ミナとリタとの話は、アーニャにとってはなかなか衝撃的な話であった。
話を聞いた今ならば――、少しわかる。
ミナがなぜ転移の魔法に並々ならぬ興味を示していたのか。
彼女がなぜそれに対して否定の言葉を発したのか。
そしてなぜ、必要以上にアーニャを自分に近づけたがらなかったのか。
その気持ちが、少しだけ理解できるのだ。
聞いてしまったからには、正直そしらぬ顔をして付き合っていく自信はない。
機を見て本人に打ち上げなければ、アーニャの胸のもやもやは収まらないだろう。
だが、プライベートなことだし、彼女の根幹に関わるとても重要なことだ。
それも踏まえて、考えなくてはいけないはずである。
着替えを済ませ、しばらくすると、扉を叩くノックの音が部屋に響いた。
続いて、扉越しにミナの気だるそうな声が聞こえる。
「……ふぁあ。…おはようございます……。昨晩はよく眠れましたか……?」
「み、ミナ!?ちょ、ちょっと待ってね!」
これが噂をすればというやつか。
木造りの扉を開くと、ミナが寝ぼけ眼の目をこすりつつ立っていた。
「おはよ……、って、ミナ……?!」
アーニャは目の前に広がる衝撃的な光景に目を見張る。
ミナの綺麗な黒髪はぼさぼさに跳ねあがり、頭と首がうつらうつらと船を漕いでいる。
喉奥から「うー……」とうめき声を絞り出すその様子は、まるでグールか、はたまたアンデッドのような形相であった。
眠たげに上がったり下がったりを繰り返すまぶた。その睡魔を耐えるように前後へと揺れ動く上半身。
瞳はどこを見ているのか、あらぬ方向へと向けらており――、そのせいで、元々の目つきの悪さがさらに凶悪なことになっている。
ミナはアーニャの困惑の視線を訝し気に見つめ、ぐったりと首を傾げつつ言った。
「うぅー。………どうかしましたか、アーニャさん……」
「どうかしたもなにも、なんか目つきがヤバい凶悪殺人犯みたいな感じになってるけど……!」
「う……うるさいですね……。それ以上言ったらぶっ殺しますよ……!」
「なんか普段より言動凶悪じゃない!?ほんとに殺害予告来たんだけど!?」
目をこすりつつ、やぼったそうに頭を振るミナ。
「低血圧なんですよ。朝は強烈に苦手なんです……朝なんて死ねばいいのに……」
言っている内容まで無茶苦茶になっている。
どうやら本人が言う以上に、そうとう朝が苦手な体質らしい。
昨日リザードマン相手に、切れの良い剛腕を振るっていたとは思えないぐだぐだっぷりである。
だがまあ、いつものことであるというのなら、心配はいらないはずだ。
あとで回復魔法でもかけてやるとしよう。寝起きの悪さに効果があるかはわからないけど。
ミナはしばらくうつらうつらと扉の前で船を漕いでいたが、やがてようやくのろのろと動き始めると、アーニャへと顔を上げた。
そして、ぱんぱんと自分の顔を叩くと、「よし」と気合いを入れる。
「ほら、さっさと行きますよ。下でリタさんが朝食の用意してくれてます」
「やった!リタさんの朝食かぁ、楽しみ!」
「ええ。リタさんの料理は最高に美味しいですからね。ぐずぐずしてるとわたしが二人分いただきます」
「ええっ!?ちょっと待ってよ、わたしお腹ぺこぺこなんだからぁ!」
さっさと廊下を歩いていくミナの後を追い、アーニャも慌ててミナの背中を追うのだった。
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