3-3 物理少女と魔法使い(後)
「リ、リタさん、ちょっといいですか!折り入ってお話したいことがあるんですがっ……!」
「あらミナちゃん、おかえり。──どうしたの?なんだかいつもにも増して表情筋が固いけど。」
「生まれつき仏頂面ですいません……。いえ、わたしの顔はどうでもいいんです!その、じつはですね──」
ミナは、家に戻るなり、カウンターの奥で、リタと二人で話を始めた。
アーニャはいそいそと開店準備を進めつつ、そわそわしながらその様子を観察する。
おそらく、ミナは自身の決心がついた旨を話しているのだろう。
リタはミナの言葉に、最初はとても驚いたような表情を浮かべ、そして少しだけ寂しそうな顔を浮かべ──、最後に優しい笑顔でミナの頭を撫でていた。
その光景はじつの親子のように見え、涙腺の脆いアーニャはついつい鼻をすすり上げる
やがて話も終わったのか、ミナはリタに一礼をすると、今晩の開店準備のために玄関の掃除をしに向かっていった。
リタの方はというと、ミナの後ろ姿を見送った後、その足でアーニャの方へ歩いてきた。
そして、にこりと付き物が落ちたような笑顔を浮かべる。
唇の端にほんの少しだけ――、苦みの混じった色を浮かべながら。
「ありがとう、アーニャちゃん。あの子の手を引っ張ってくれて。……ほんと、素直になるのが下手な子だから」
「ううん、わたしはやりたいようにやってるだけ。だから、やりたくないことはやらないし、お礼を言われるようなことじゃないから」
「素直に感謝を受け取ってくれないあたり、アーニャちゃんてミナちゃんと似てるとこあるわよね。だからこそ、あの子も自分に素直になれたのかもしれないけれど」
リタはくすくすと小さく笑い、肩を揺らす。
アーニャも、その柔らかな笑顔に、緩い笑顔で返した。
「そうかなぁ。自分じゃわからないけど。まあでも、助けになれたのなら良かったよ」
「ふふ。でもほんとはそれ、わたしの役目だと思ってたんだけどね──」
ちょっとだけ、悔しいかも──。
リタはそういって、朗らかに笑った。
ミナとリタ。
きっと、お互いに伝えきれていない気持ちは、まだたくさん残っているはずだ。
出会いが鮮烈であればあるほど、一緒にいた時間が長ければ長いほど、離れることを決めるのはつらいはずである。
けれど、そういうのも全部ひっくるめて持っていくこと。
残さず全てを見送ってあげられることが、本当の信頼なのかもしれない。
アーニャは、柄にもなくそんなふうに感慨にふけるのだった。
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「アーニャさん、もしかしてわたし、酷い顔になってませんかね?」
開店前の夕暮れ時。
二人だけのその場所で。
玄関の掃除から戻ってきたミナが、鼻声でアーニャに問いかける。
店の外で思わず泣きはらしてしまったのだろう。
ミナの顔は、正直客の前に出していいものか悩むレベルのぐしゃぐしゃっぷりであった。
アーニャは、うーむ、とミナの顔を覗き込み、からかうような笑顔を浮かべる。
「なってるよー。グールが顔面から体液まき散らしたみたいな顔になってる」
「う……………、うるさいですね!それ以上言うとぶん殴りますよ!」
「なんで!?聞かれたから答えただけなのにー!?」
アーニャは振りかぶられたミナの拳に悲鳴をあげ、来たる頭部への衝撃に備えて目をつむる。
が、結局、レンガをもぶち破るという剛腕パンチの衝撃はなく──。
刹那の間ののちに、
──代わりに、コツン、と額をこづかれた。
薄目をあけると、真っ赤に赤面したミナの表情が見える。
そして、彼女はぼそぼそと呟くように、小さく口を開く。
「……いろいろと、その……ありがとうございました……。悔しいですけど、すごく、感謝してます……」
ミナは視線を逸らし、顔をしかめながらも──、照れくさそうに、そう言った。
「うわぁ……………」
「………っ!?な、なんですか…!なにか文句でもあるんですか!」
にやにやと気持ちの悪い笑顔を浮かべ、アーニャはからかうようにミナへと言葉を返す。
「ミナってさー、めちゃくちゃ可愛いじゃん?」
ゴンッ、と顎に何かがクリーンヒットした衝撃を最後に、アーニャはしめやかに失神したのだった。
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