魔法都市ラスレンダール
魔法都市から少し離れた位置に降り立ち、歩いて向かう。地上から見る魔法都市は都市というには異質な空気を醸していた。
塔の形がどれもこれも、良く言えば奇抜、悪く言えば珍妙でどこか間抜けな物が多い。
真っ直ぐではなくジグザグに伸びた塔。
中心が太く、上下が細い塔。
作りは普通だが七色に変化する塔。
窓が一つもない"つるり"とした塔。
途中から三股に別れた塔。
縦長の三角形を逆さまに突き立てたような塔。
中にはどうやって建っているのかも分からない物まである、1つとして同じものはない。まるでそこかしこに異様な大樹が育ちきった古森のようだ。
その全てを見逃すまいとバーンダーバはキョロキョロと首を動かし続ける。
「面白い景色だな、魔法使いはなんであんな塔に住んでいるんだ?」
3分割されていて、ゆっくりと回転している塔を見上げながらバーンダーバが呟いた。
「この都市で魔法使いが塔を建てる決まりの中で暗黙のルールが"ラスレンダールの塔"よりも高い塔を建ててはならないってのがあるらしい、それでも、自分を誇示したい。何て言うか自尊心ってか、見栄っ張りな魔法使いは自分のヒエラルキーを示すのに凝った塔を造るんだそうだ。だれに示したいのかも解らんがな、ハッキリ言って意味も分からん」
カルバンは塔を見ながら呆れた顔で首を振った。商人のカルバンからすれば利便性を度外視した移住空間は全く理解出来ない。その視線は塔が回ることになんの意味があるのかと問いたげだ。
「面白い景色だ、中がどうなっているのか気になるな」
カルバンとは違い、バーンダーバは回転する塔に飛び付いて良いと言われれば今にも駆け上がりそうな顔をしている。
「やめとけ、おかしな形の塔に住んでる魔法使いほど話しの通じない奴が多い。ここで商売する時は出来るだけマトモな形の塔を選ぶか、マトモな格好をしてる魔法使いを選ばないとダメだ」
「魔法使いまでおかしな格好をしてるのか?」
バーンダーバの眉間に皺がよる、それを見て、カルバンはこの魔族の美的センスからすればなにのどこからがおかしな格好の範疇に入るのかと気になったが話が反れていきそうなので口には出さなかった。
「そうでもないが、魔法使いはローブを着る者が多い。だが、実用性で選ぶならローブよりも断然、俺たちのように上下の別れた服に上着を羽織った方が実用的だ。それでもローブを着てる魔法使いは自分が"魔法使い"だと周りに示したい者が多いんだ」
「あー、つまり。我々と同じような服を着ている者は差別意識が少ないという事か?」
「そういう事だ、今日は俺が何度か取引したことのある魔法使いのところへ行こう」
カルバンを先頭に異様な町並みの中を歩く、空を見上げると奇々怪々は景色だが、目線を下げると人の営みは変わらない。
塔の一階部分はどこも店が開かれていたり、洗濯物が干されていたりする。塔には必ず階段が伸びていて、階段の先に立派な玄関が設えられている。
一階部分の扉と比べれば意匠が違う、明らかに下に住んでいる住人と上に住んでいる人間は違うと言わんばかりだ。
整備する気がよっぽどなかったのか、まるで森のなかを歩いているような気分になるほど雑然とする塔と塔の間を歩いているとようやっとカルバンが目当ての塔を発見した。
「あった、ここだ」
カルバンが指差したのは赤茶色のレンガで造られた塔で、煙突が壁のあちこちから出ている以外は普通と言える。
カルバンが階段の一段目に足をかけた所でピタリと止まって振り返った。
「交渉は難航するかもしれん、金額を出来るだけ吊り上げたいが荒野の迷宮が踏破された情報が出回ってないからな。確認だが、バン、お前さんが魔族だというのは喋っても構わないんだな?」
「もちろん構わないが、交渉に必要なのか?」
「そうだ、折角だからついでに
カルバンは他になにか言うことはないか少し思案したあと、階段を上った。バーンダーバはカルバンの背中越しに扉を見ると扉にはドアノッカーどころかドアノブすら見当たらない。
不思議に思っていると、黒い木の扉が不気味に盛り上がり形を変えると老人の顔が現れた。
口がモソモソと動いて扉が喋り始める。
「ここはクラス3のマスター、偉大なる魔法陣魔術師ジャスハン様の居塔である。なに用で参られたか?」
「私はダイナスバザールの冒険者ギルドに所属している商人のカルバンと申します、今日は北の荒野の迷宮の依り代をお持ちしました。よければ拝見頂きたく存じます」
「…………通られよ、主は4階に居られる。余計な物には触らぬように注意されたし」
喋り終わるとドアは独りでに開き、顔は消えて普通の扉に戻った。
「魔法使いの家の扉はどこもこうなのか?」
「いろいろだ、俺が話している間は頼むからあれやこれやと質問はやめてくれよ」
カルバンに言われ、バーンダーバは少し恥ずかしそうな顔で黙った、それを見たフェイがクスクスと笑う。
塔の中に入ると真っ直ぐに通路が伸びていて、両脇に扉が2つずつ並んでいる。真正面の廊下の端に上へと続く階段が見える。
「街中は複雑なのに、塔の中は随分と単純だな」
「おい黙ってろ、この中で余計なお喋りは禁止だ」
ピシャリと言葉を遮られてバーンダーバは下唇を出し、カルバンの後に続いた。
《時にカルバンよ》
「……なんだ?」
急に喋りかけてきたフェムノに、カルバンは露骨に警戒した。
《魔法使いは金は持っているのか? 金持ちか?》
「……あぁ、魔法使いによって多少の差はあるが。みんな、かなり持っている。その、塔の中の会話は聞かれている場合が多いからあまり下世話な話しは控えてくれ」
塔に入る前に言わなかった事をカルバンは激しく後悔していた、商談に入る前から嫌な汗をかきつつ、カルバンは目的の扉の前に立った。
ノックすると中から小さく「入れ」と返事が聞こえた。カルバンが「失礼いたします」と断ってから扉を開く、半円の室内は紙と本に埋め尽くされていた。
部屋の中心、室内なのに床に付きそうなほど長いコートを着た男が机に向かって立ったまま羽ペンを動かしている。
「少し待ってくれ」
こちらに視線も向けずに男は羽ペンを動かし続ける、インクと羊皮紙の臭いが充満する室内をバーンダーバが珍しそうに眺め、本棚の上にちょこんと座っているカラスを見つけて指差そうと上げかけた手をカルバンが抑える。
無言で首を左右に振りカルバンは目顔でバーンダーバに「黙ってろ」と伝えた。
「待たせた、えー、なんだったか?」
カルバン達の顔を見て男が頬を掻いた、掻いた頬にインクの筋が伸びる。
「ジャスハン様、今日は北の荒野の迷宮産の依り代を持って参りました良ければご覧下さい」
「ああ、そうだったな。何がある? 見せてくれ」
ジャスハンは机の上の羊皮紙や本を積み重ねて場所を作った。
「あるのは……」
《それよりちょっと聞きたい》
カルバンの言葉をフェムノが遮った、部屋が"しん"と静まり返る。
《ジャスハンといったか、いま描いていた魔法陣は光を生み出す物のようだが、途中だな。見たところ追尾機能を付けようとして行き詰まっているようだが、
ジャスハンの目が大きく見開かれ、猜疑に満ちたものに変わる。バーンダーバ達をゆっくり見回していくが
「……誰が喋っている?」
話している人間が分からない、バーンダーバ達が一様に気まずそうな顔をしている事にジャスハンの脳裏に疑問が生まれる。
フェイが腰の銀剣をゆっくりと引き抜いた。
《我だ、質問に答えろ》
フェイの掲げた銀剣から響く言葉にジャスハンの顔が恐怖に歪む、今にも叫びだしそうだ。
《おい、さっさと答えろ》
「……ああ、そうだ」
ジャスハンが波立つように溢れる疑問を堪えて答えた、全く理解が追い付かずにフェムノを見つめる。
《光の魔法に追尾機能を付与するのではなく、最初から"そういう"魔法を組んで描けばいい》
「……まて、そんな魔法がないから既存の魔法に付与しようとしているんだ」
《ふん、まだまだ浅いな》
フェムノから銀色の光が流れ、机に積まれた羊皮紙へ向かう。纏わりつくように羊皮紙に光が付くと、少しして消えた。
《見てみろ》
積まれた一番上の羊皮紙を手に取り見つめる、その表情がみるみる驚愕へと変わっていく。コートのポケットをまさぐり、杖を取り出して杖先を羊皮紙につける。
魔力が流れ込むと羊皮紙に描かれていた魔法陣が消え、ジャスハンの頭上に丸い光が浮かび上がった。
光を見上げたままジャスハンが右へ左へ動くと光球もジャスハンに続いて右へ左へと付いてくる。
しばらくジャスハンは夢中で光球とおいかけっこをした後に叫び声を上げた。
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