魔法使い、ジャスハン。

「すまない、少し興奮してしまった」


 汗をかくくらい光球とおいかけっこしていたジャスハンがようやく止まった。驚愕と喜びの入り交じった顔でフェムノを見る。部屋へ入ってきた時の威厳を纏った魔法使いの姿はそこにはなかった。


「その剣は一体なんだ?」


《かはははははっ! 我は次元の大神より異界から召喚された銀聖剣フェムノである! 頭が高いぞ魔法使い、頭を下げろ!》


 ジャスハンが感嘆の声と共にその場にひれ伏した。


《この室内の貴様が描いた魔法陣は大半が書きかけのようだが、我ならばその全てを完成させる事が出来る! 我が叡智をもう少し披露してやろう、左手の本棚の上から二段目、真ん中に"物を移動させる"魔法陣があるな、無論書きかけ・・・・だが》


 ジャスハンが飛び上がるように立ち上がって本棚へ行き、本の間に挟まっていた羊皮紙を取り出した。


「これですか?」


《うむ、もう一枚、白紙の羊皮紙を出せ》


 机の引き出しから羊皮紙を取り出し、書きかけの魔法陣の羊皮紙の横に並べる。


 フェムノから銀色の光が羊皮紙に向かって流れる、光が消えると羊皮紙に魔法陣が描かれている。


「おお、これは!」


 ジャスハンは二枚の羊皮紙を見比べて子供のように笑顔になっている。


《なんでもいい、魔法陣の上に置いて魔力を込めてみろ》


 ジャスハンが魔法陣の上に羽ペンを置いて杖で魔法陣を叩く、魔法陣が淡く紫色に光ると羽ペンが消え、消えたと同時に隣の羊皮紙の上に現れた。


「な、なんと……」


《どうだ? 凄かろう? この程度は造作もない》


「では、これはどうすれば?」


 ジャスハンが机の上の羊皮紙をフェムノに向かって見せる。


《無論、造作もない。だが、教えてほしければ金を払え》


「いくらですか、いくらでも出しましょう」


《有り金全部だ、そして我に着いてこい。さすれば知りたい事は我の知る限り教えてやろう》


「分かりました、いま持っている全ての財産を渡しましょう。それでよろしいんですね?」


 ジャスハンは一瞬の躊躇もなかった、バーンダーバ一行が固まっている。


「フェムノ?」


 フェムノの唐突な行動に、何から突っ込んでいいのかバーンダーバには分からない……


《バンよ、これで貸し借りなしだ》


 なんの事か分からずにバーンダーバはただ首をひねる。


《迷宮での事だ、あれは本来なら我がどうにかしなければいけなかった。貴様に貸しを作っているようで気に入らなかったからな、分かったか?》


 フェムノは自分の担い手であるフェイを迷宮で助けられなかった事を言っているのだが、バーンダーバは分かったような分からないような顔でとりあえず頷いて「分かった」と言っておいた。


《カルバンよ、ここにどれくらいの財産があるか調べてくれ。村作りには足りそうか?》


 カルバンも展開に全く付いていけていない、ぽかんと突っ立ったままでいる。


《おい》


「……あ、俺か。いや、分からんな。ジャスハン殿、ここにある魔法具や魔法陣の描かれた羊皮紙等も手放されるのですか?」


「……そうだな、書きかけの物は私が引き取っても良いでしょうか? 出来ればフェムノ様の元で完成させたいのですが……」


《構わん、だが出来るだけ金を寄越せ。いま我々は金に困っているんでな、まぁ、着る服なんぞはお前が持っておけ。ちなみにだが、お前にも村作りを手伝わさせるからそのつもりでな》


「村作り、ですか?」


 ジャスハンがさっぱり意味を飲み込めず、カルバンの顔を見る。


「我々はいま新しく村を作っているんです、まあ、その辺はおいおいご説明します、ところで、現金はいかほどお持ちですか?」


 ジャスハンはコートのポケットから巾着袋を取り出してカルバンの手に渡した、巾着の大きさのわりにズシリと重い。カルバンが巾着の口を開くと少なくとも金貨が30枚以上、白金貨まで混ざっているのが見えてごくり・・・と喉を鳴らした。


「ありがとうございます、セルカ、これで買い出しを頼む」


 巾着の中から金貨を10枚取り出してセルカに渡す、それを無言で受け取りロゼと共にセルカが出ていった。


「フェムノ様、私には弟子が一人いるのですが、一緒に連れていっても構いませんか?」


《好きにするがいい》


 ジャスハンは「ありがとうございます」と言って部屋を出ていった。残ったバーンダーバとカルバンとフェイが顔を見合わせてそれぞれ苦笑いを浮かべる。


「とにかく、これで当面金の問題は大丈夫だろう。あー、フェムノさんよ、次にこういう時があれば事前に相談があるとありがたい」


 カルバンが疲れたため息を吐き出した、フェムノは《覚えておこう》と明らかに知ったこっちゃないと言わんばかりの返事を返す。


「それで、カルバン、次はどうする?」


「ジャスハンさんの引っ越しの手伝いだな、草原のど真ん中に寝るのに文句を言われなきゃいいが……フェムノさん、連れていく必要はあったのか?」


《あの男の書きかけの魔法陣に興味が湧いた、なかなか発想が面白い。まあ、それを完成させ実現出来るだけの才能がないのが残念だがな》


 フェムノの評価は誉めているのか貶しているのか分からない。


 ドアが開き、若い男が入ってきた。着ている真っ黒のローブのサイズが合っておらず膝丈になっているのがマヌケだが、愛嬌のある顔と相まってパッと見て好印象を受ける青年だ。


「はじめまして、私はジャスハン様の弟子でイリバレといいます。師匠が随分と興奮していましたが、叡智の剣だとか、魔の深淵の剣だとか、引っ越しだとか…………要領を得ないんですが、誰か説明をお願い出来ませんか?」


 イリバレと名乗った青年は困った顔をしているが、どこか楽しんでいる雰囲気がある。


《我がその叡智の剣だ、貴様の師匠は我の弟子になった。つまりお前は我の弟子の弟子。大師匠だ。これから草原の真ん中に村を作るからついてこい、分かったらさっさと荷物を纏めろ》


「おお、本当に喋った」


 なにが可笑しいのかイリバレはフェムノを指差してケタケタ笑った。


「師匠が慌てるわけですね、それでは、師匠の話では財産を全て大師匠のフェムノ様に譲ったとのことですが。それは全部持っていくんですか? それともこの街で処分されます? 魔道具や本なんかは価値が高いですが運ぶにはかさばりますし」


 その言葉にカルバンが反応した。


「そうか、村にあって使えそうな物や魔法使いの研究等に必要な物は持っていった方がいいでしょう。村でも結局は魔法研究をすることになると思いますので」


「分かりました、じゃあその辺は俺が適当に仕分けしておきますね。売る分に関してはカルバンさんにお願いいたします」


 イリバレはそそくさと部屋から出ていった、バーンダーバがカルバンを見る。


「カルバン、彼とは知り合いなのか?」


「ああ、ジャスハンさんは何度来ても俺の顔を覚えてくれないが。イリバレは気さくに俺に喋りかけてくれるんだ、俺も行って手伝ってくるとしよう」


 カルバンがイリバレを追いかけて部屋を出ていった、バーンダーバとフェイだけが部屋に残る。


「……なんだか、目まぐるしいですね」


 フェイがクスクス笑い出した。


「本当だな」


 バーンダーバもフェイを見て笑った。

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