開墾。

「ソドアボアの毛皮は売るよりも住人の冬用に防寒具にしよう、全員分は無理でも体調の悪い者や体の強くない者が着回せる程度の数は揃うだろう。それに防寒具作りが畑の道具が足りなくて余るだろう人の手仕事にもなる」


 カルバンは羊皮紙に必要な物を書き出していく、村を作ろうと言ってから書き始めた羊皮紙には細かい字でびっしりと書き込まれ、その羊皮紙がもう既に3枚目になっているのをセルカは密かに知っている。


「よし、今日は魔法都市へ素材を売りに行こう。バンにフェイにセルカも着いてきて貰えるか?」


 カルバンがインクの付いた手でこめかみをかいた、何重にもなったカルバンのこめかみの黒い線をぼんやりとセルカは見つめる。


「いいけど、なんで?」


 セルカの問いにもカルバンは羊皮紙から顔を上げずに答える。


「素材はあっちこっちに分けて売るつもりだ、ある程度纏まった金額になったらセルカはそれを持ってロゼと一緒にダイナスバザールまで買い出しを頼みたい」


 合理的な答えにセルカが頷いた。


「分かった、買い出しのリストは?」


 カルバンから羊皮紙を受け取り、目を通すセルカにバーンダーバが申し訳なさそうな顔で近付いた。


「セルカ、本当なら素材の売却代金の中から報酬を渡すまでの契約だが。すまないがもう少し協力して貰えないか?」


「当たり前だろ、流石にこのままほっぽり出せねーよ。ま、多少は追加で貰うもん貰うけどな」


 セルカは親指と人差し指で丸を作ってニシシと笑った。


「ありがとう、助かる」


「儂はどうしようか?」


 ゲルハルトが話しに混ぜて欲しそうに見ている。


「ゲルハルト殿には村人達の護衛を頼みたい、戦える人間が全て出払ったら余りにも無防備だ。人攫いが来たら拐ってくれと言っているような物だからな」


 広い平原に着の身着のままの人間が500人、非武装の人間はならず者にとってカモでしかない。


 そんな村人達を見てゲルハルトは胸を叩いた。


「任されよ、フェイ殿達が帰ってくるまでに夜の灯りの準備でもしていましょう」


「僕も、僕も護衛に加わりたいです! 少しですが、闘気も扱えます」


 走り寄って来たのはひょろりと高い身長にあどけなさの残る少年の顔をした男の子。


「君は?」


 バーンダーバの呼び掛けに男の子はめいっぱい背筋を伸ばして答える。


「アビーの兄のコリン・ラシュフォードです。13歳です。挨拶が遅れて申し訳ございません、妹を助けて頂きありがとうございます」


 胸に手を当て、背筋を伸ばす様はなかなか堂に入っている。


「そうか、では頼む。今はこれしかないが持っておくと良い」


 バーンダーバは荷物から大きめのナイフを出してコリンに差し出した。


「ありがとうございます、必ずお役にたって見せます!」


 両手でしっかりとナイフを受け取ったコリンは喜びの笑みを押し殺すようにキリッとした表情を作る、それを見て回りの大人達が微笑ましそうに表情を緩めた。


「それじゃあ行こうか」


 ロゼが巨大な竜に姿を変える、村人も少し見慣れたのか小さな歓声が上がる程度だ。


 バーンダーバ達が乗り込むと大きく風を巻き起こしながら上昇していく、村人達に手を振って見送られながら南西に進路をとって上昇する。


「カルバン、魔法都市はどんな場所なんだ?」


 ロゼの背中の先頭に座るカルバンのターバンが巻かれた後ろ頭に向かってバーンダーバが喋る。ちらりとカルバンが後ろを振り返るがすぐに視線を前に戻した。


「そうだな、一言で言えば感じの悪い街だ」


 努めて、なんでもない風な口調でカルバンは話し始めた。



 ===============



【魔法都市ラスレンダール】


 そこは色とりどり、様々な形の塔が建ち並ぶ奇妙な光景の街である。


 その土地に最初に住み着いた魔法使いラスレンダールは戦いのおいても偉大な功績を残し、魔道具研究者としても非凡な才能を見せた。


 彼の創り出した様々な魔道具に感銘を受けて沢山の魔法使いの卵が彼に弟子入りした。弟子入りした者達が1人前になった時に、ラスレンダールに習って自分達も塔を建てた。


 いつしかそれが風習のようになり、ここで1人前になった魔法使いは皆、塔を建てるようになった。


 塔が増えるにつれて商人や農夫なども住むようになる。


 そこで弊害が少しずつあらわになっていく。


 魔法使いは一人前になって塔を立てる際に自分の建てたい場所に商人や農民の家があれば平気で取り壊して塔を建てた。


 魔法使いは出来るだけラスレンダールの塔の近くに自分の居を構えようとした、そのせいで街の中心は塔しかなく、魔法使い以外の住人は住む場所も店を開く場所も街の中心からどんどんと外に押しやられていく。


 都市と呼べるほどに街が大きくなればなるほど、街の中心からは生活に必要な物がどんどん離れていき住みにくくなる。


 商人や農夫もいつ自分の家が壊されるのかと嫌になって街から次第にいなくなっていった。


 やがて大きくなりすぎた魔法都市はその存続さえ困難な程になっていく。


 その事態をどうにかしたのは魔法使い達のより集まりである評議会。


 評議会とは、魔法都市に魔法使いが増えるにつれ、まとめ役として魔法使い達の中から優秀な者を選出し評議会を作った。


 評議員は全部で10名。


 評議会は頭を抱えた、魔法使いは増えるがそれを支える人間が街から去っていく。


 それを問題だと考えた魔法都市の評議員が考えついた解決策は、全ての塔の1階部分を魔法都市に住む魔法使いではない人間に解放する。


 というものだった。


 魔法使いは塔の1階部分は人に貸し与えなければならない、そうすることによってそこに店を構えさせたり、街人が住むことによって街の中心でも生活がしやすいようにと考えた。


 最初こそ反発はあったものの計画は上手くいった。


 街の中心部に住んでいても暮らしやすくなった事によって魔法使いからの不平の声も減った。


 そうして出来上がったのが塔が乱立し、その下に人々が暮らし、行き交う街。


 魔法都市・ラスレンダール。


 ===============



「そんな具合だ。魔法使いは傲慢な者が多い、冒険者以上にグルマを見下してる。まるで高い所から見下ろしてるから自分達が偉いとでも考えてるような嫌な連中だ」


「魔法都市には迷宮もあるんだ、評判が良くないから一度も潜った事はないんだけど。魔法都市には俺もあんまり良いイメージはないかな」


 カルバンの締めの言葉にセルカも同意する。大空の上、清々しい空気の中で聞くには少々後味の悪い話である。


「……グルマというのは珍しいのか?」


「いや、なんならグルマの方が多いよ。割合でいったら6:4くらいじゃないかな?」


 魔界には弱い者はいても、闘気を使えない者も魔力を使えない者もいない。バーンダーバにはそれが使えない者がいると言われれば初めてであり、珍しく思える。


《人間風情が少し魔力を扱える程度で自惚れるとはな、我が端から順番に伸びた鼻をへし折ってやろう》


「フェムノ、喧嘩したらダメですからね」


「おい、見えてきたぞ」


 前方に見えてきたのは無数の塔が無規則に乱立する街、ダイナスバザールのように街の外周を守るような塀もない。


 中には遠目に見ても朽ちて崩れている物や、建造中でレンガを積み上げている最中の塔もある。


 街の光景は街というより遺跡のようなどこか神秘的な雰囲気を放っている。


 その街の中心に、他の塔よりも頭一つ大きな塔が建っている。


「ま、景色は悪くない。それは認める」


 カルバンの言葉にバーンダーバが頷いた、荘厳と言って差し支えない景観である。

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