新天地へ。

 晴れ渡る青空の下、約500人の人々が新天地を目指して歩いている。数名を除いた全員がズタ袋に穴を開けたような服と呼ぶには抵抗のある物を頭から被っている。


 薄汚れて、頬はこけ、誰が見ても奴隷の行列にしか見えないが、奴隷の集団とは明らかに違う部分があり、集団を見た者の首を傾げさせた。


 奴隷と違うのは表情だ、奴隷特有の絶望や焦燥感しかないような顔をしている者は少ない。


 普通、奴隷の集団は下を向き、誰とも眼を合わせないように歩くが、この集団は前を向いて自分に視線を向けられれば視線を返すのだ。


 奴隷の行列と違う点はそれだけだが、それは驚くほどの違いである。


 集団の先頭には黒々とした固そうな髪をツンツンと立たせた短髪のエルフ、ヤンチャな雰囲気の髪型とは対照的に顔には落ち着いた笑みが浮かんでいる。


 バーンダーバ一行は魔物の少ない平原とはいえ、もしも襲われた場合を考えて集団の真ん中辺りにフェイ、最後尾にはゲルハルトが歩いている。


 先頭を行くバーンダーバの隣でカルバンがあれやこれやと今後の事を話している、ある意味、この集団で一番不安な表情をしているのは奴隷達よりもカルバンかもしれない。


 ここにいないロゼとセルカは住民達の為に買い出しに出掛けた。


 今のままではバーンダーバが獲物を獲ってきても串に刺して焚き火で焼くしか出来ない、奴隷生活で胃の弱った彼らの為に煮込み料理を作れるように大鍋やそれを食べる為の食器類を買いに出掛けた。


 余談だが、買い出しに行くためにロゼが変身すると当然だが場に混乱が起きた。


 ロゼが混乱する民衆に


『私はイスラン火山のレッドドラゴンだ、ここには聖剣の加護に古代英雄の護り、さらに私もお前達にすべからく力を貸そうではないか。人間達よ、私は挑戦する者を祝福するゆえに励みなさい』


 そう言ってからロゼはいつもより大仰に翼を大きく広げて飛び立った。


 飛翔するロゼに大歓声が上がり、それを聞いていたフェムノが《気に入らん、図体がデカイお陰で目立ちおって》と文句か嫉妬のような悪態をついていた。


 歩き始めて数刻、バーンダーバの視界に川が見え始めた。


「カルバン、あれはブラストリバーだな」


 言われて前を凝視するがカルバンには何も見えない。


 バーンダーバの鷹のような視力には中流域にも関わらず100メートル近い川幅で轟々と流れる川が見えている。


「目が良いんだな、まぁ、方向的にそうだろう。ブラストリバーの橋を渡ってもうちょっと行ったらソドアソドスリバーだ。ロゼが戻ったら上空から良さそうな場所を探して拠点を作ろう」


 ブラストリバーに流れ込むソドアソドスリバーも深く川幅も広い、カルバンはそのソドアソドスリバーから村に向かって畑に必要な水を引こうと考えている。


 井戸を掘るよりは現実的だが、毎年ではないが雨季に川が氾濫することを考えると多少の距離は取りたい。だが距離を取れば水路を引くのに労力がかかりすぎる。


 カルバンは商人としては優秀だが、川から畑用の水路を引くのに適した距離など知るよしもない。


 他にも、問題と課題は山積みである。


「はあ、どうしたものか……」


 頭の中のため息を少しでも軽くしようとため息と弱音を溢した。


「なにがだ?」


 爽やかなバーンダーバの顔を見て、能天気と取ったカルバンが誰のせいだと内心でバーンダーバの頭を叩いてやりたい衝動に駆られた。


「何もかも、だ。さっきも言っただろう、畑を作るにも鍬や鋤がいるし、よしんば土を耕してもそこに撒く種すらない」


 両手を振り回してカルバンがバーンダーバに喋る。


 カルバンの胸中の不安はそれだけではない、家を建てる木材、それを加工する道具、それを使う職人。


 勿論、雨風は防げても冬の寒さを通さないだけの良い家が出来る筈もない。寒さに備えた服も500人分調達しなければならない。


「確かにさっきも聞いたな、魔法都市で迷宮の素材を売ったらそのお金で揃えられそうなのか?」


「どれだけ高く売り付けても無理だ、せいぜい上手く売っても金貨100枚もなれば良い方だ。本当なら荒野の迷宮が崩壊したという情報が出回ってから売りに行ったほうが良いんだが。現状ではそうも言ってられんからな」


 セルカのお使いも、手持ちのないバーンダーバに変わってカルバンが立て替えている。


「情報が出回ってからというのは何故だ?」


「物を持ってきた奴が「これはもう迷宮が崩壊して手に入らないから今買った方が得」なんて言って高い値段を吹っ掛けてきたら大抵の人間は胡散臭い詐欺師が来たとしか考えんだろうよ」


 バーンダーバは少し考えてから、納得したように頭を縦に振った。


「なるほど」


「よし、着いたな」


 ブラストリバーを越え、ソドアソドスリバーを超えてしばらく進むと遠くに森が見えてきた。


 カルバンが後ろに振り向いて手を振って足取り重く進む行列を止める。


「この辺の森は何が獲れるんだ?」


 バーンダーバが遠くの森を眺める、低い山の中腹からずっと森が続いている。森の中は山脈から小さな川が葉脈のように無数に流れていて、それが森の中で徐々に集まりソドアソドスリバーを作り出している。


「この辺りはかなり大きな猪がいる、ソドアボアだ。なんでかこのソドアソドスリバーの支流が流れるあの森にしかいない、デカイ上に気性が荒いので有名だ。魔力を持たないただの動物が討伐難易度Cランクに設定されてる」


「美味しいのか?」


 食い意地のはった魔族にカルバンがフッと笑う。


「ああ、旨いぞ、デカイ奴はな。不思議と小さいのは美味しくない、体長が4メートルを超えないと不味い。だが4メートルを越えると妙に旨くなる、変な猪だ」


「4メートルか、それなら2頭も獲れば皆がお腹いっぱいになりそうだな」


「はははははっ、獲れりゃあな。お、ロゼ様のお帰りだ」


 地上に巨大なドラゴンの影が近付いてくる、見上げるとロゼが大きな紐で縛った大きな包みを前足で掴んで飛んでいる。


 降りてくると同時に人の姿に戻った。


「お帰りロゼ、戻ってすぐで悪いんだが、カルバンと一緒に上空からどの辺りに拠点を作るのが良いか見てきてくれないか?」


 バーンダーバが空を指して言うと、セルカが進み出る。


「それなら、あっちだな。川が向こう側にカーブしてるからもしも氾濫してもこっち側には被害が少ないハズだよ。水路を引くにも多少高低差があるからやりやすいと思うし」


 セルカが更に地形と森との距離、森の間に敷く魔物への対策などもかいつまんで話すとカルバンが呆けたような顔でセルカを見る。


 呆気にとられたような、それでいてどこか悪い表情も伺える。新しい商品を見つけた商人のソレだ。


「随分と的確だな、ただの案内人ナビゲーターとは思えない。なにか知見でもあるのか?」


「いや、空から見て村を作るならこの辺かなって考えてただけだよ。まぁ、案内人ナビゲーターなら魔物の対策もよく考えるしな」


 カルバンの隙の無い視線を当てられ、セルカはなんだか言い訳でもするように応える。


「スゴいなセルカ、このまま村の家の場所なんかもセルカにお願いしてはどうだろうか? 私にはさっぱり分からないし、カルバンの負担も減るだろう」


 バーンダーバの言葉にカルバンが満足そうに頷いた。


「そいつは良い考えだ、出来るかセルカ?」


「あー、まあ、大丈夫だと思う、けど」


 セルカの顔は気乗りはしないという表情だ。


「よし、それでは私はロゼと狩りに行ってこよう。ロゼ、あそこの森にデカイ猪がいるそうだ。なんでもデカければデカイほど旨いらしい」


 猪と聞いてロゼの目が爛々と光る。


「良いね」


 ロゼがすぐにドラゴンの姿に変わる、バーンダーバはサッと靴を脱いでその上に飛び乗った。


「バン、私はここで皆さんのお手伝いをしますね」


 バーンダーバがフェイに頷くとロゼが空へ飛び立った。



 ===============



 空がもうすぐで茜色になろうかという時刻。


 カルバンの目の前に、黒く固そうな毛並みの山が2つそびえている。それは背中をこちらに向けて横たわる二頭のソドアボア。


 頭の側に回ると、猪の巨体のわりに小さな黒い目が光を失って虚空を眺めている。


「まさか本当に獲ってくるとはな……」


 回りの村人達も集まってきて、子供達は恐る恐る触ったり遠巻きに眺めたりと、その反応を見てバーンダーバが嬉しそうな顔をしている。


「すまない、川で血抜きをしていて遅くなった」


 ナイフを魔力で具現化して捌きにかかる、冒険者ギルドの買取りカウンターでワグナーが言っていたように丁寧に皮と肉の間の膜にナイフをいれていく。


「スッゴい大きいですね!」


 目をキラキラと輝かせたアビーが猪の固そうな毛に覆われた体を撫でている。


「皆で食べよう、アビー、村人の中に捌ける人がいないか探してきてくれないか?」


「私も食べて良いんですか?」


 アビーが愛くるしい仕草で小首をかしげる。


「当たり前じゃないか、皆で食べる為に獲ってきたんだ」


 バーンダーバの言葉にアビーの顔に花のような笑顔が咲いた。


「私もお手伝いさせていただきますよ」


 近くにいた30才頃の男が声をかけてきた。


「ありがとう、名前を聞いても?」


「ご挨拶が遅れましたご主人様。私はカリフと申します」


 名乗りながら腰を折る、奴隷生活で頬はこけて顔色も悪いが肉をつければガタイのよさそうな男だ。


「私はカリフさんの主人ではない、バンと呼んでくれ。セルカ、カリフさんにナイフを貸してくれないか?」


 セルカは「ああ」と返事をして腰からナイフを抜いて渡した。


「……分かりました、バンさん」


 カリフがナイフを受け取り、深々と頭を下げてもう一頭の猪の元へと歩いていった。


 二頭のソドアボアは解体され、そこら中で焚き火の煙が上がり始める、焚き火には串に刺されたソドアボアが肉汁を滴らせて村人のお腹を鳴らせる。


 セルカが村人達と手分けして大鍋でソドアボア入りのスープを煮込んでいる。


「出来たら各自で食べよう」


 バーンダーバの言葉にそこかしこで


「美味しい」

「生き返った気分だ」


 そんな声がざわざわと聞こえる、バーンダーバはその声に耳をすませてニマニマと笑いながら串焼きを頬張る。


「美味しいですね」


 フェイが隣に来て鍋の蓋にのせた肉をかじっている。


「ああ、なんだか、フェイと最初に会った夜を思い出した」


 バーンダーバとフェイは顔を合わせて笑い、食事を楽しんだ。

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