魔将殺し。
フェイと男が見つめあったまま、場はしんと静まった。
「貴様が勇者か? ならば、儂が誰か分かるか?」
静かな空気を裂くような声が響く、歳は60は過ぎていそうな男だが、その眼光は切れそうなほどに鋭く溢れんばかりの憎しみに染まっている。
「……すみません、存じ上げません」
フェイの言葉を、男はまるでなにかを噛み砕くように歯を食い縛った。
「儂は、300年前に封印された帝国の武人だ。神に請われて、全てを捨てて棺に入った。貴様と共に魔帝を倒すために……なぜだ、なぜ儂の元へと来なかった」
その場にいた全員(バーンダーバ一行)が嫌な予感がした、そしてそれは一瞬の後に現実になった。
《かはははははっ! まただ! また増えたぞぉ!!》
フェムノの嬉しそうな高笑いが響き渡った、バーンダーバ達はげんなりした。
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西大陸最大の国、パラライカ帝国。
魔将殺しのゲルハルトはここで奴隷として産まれた。
幼少期から時間を見つけてはチャンバラ遊びに興じる、どこにでもいる子供。彼の転機、その後の人生を一変する出来事は貴族の試し斬りに付き合わされるところから始まった。
ゲルハルトを奴隷として飼っていた家の息子に剣の相手をしろと言われ庭へ呼び出された、そこで木刀を渡され、真剣を持った貴族の息子とゲルハルトは対峙させられた。
軍人の息子として、人を殺すことを躊躇わないようにと育てられた貴族の息子は今までに何人もの奴隷達を斬り殺してきた。
新しい剣を手に入れ、その試し斬りにたまたま目についたからという、ただそれだけでゲルハルトは木刀を持たされ、立たされた。
これから人を殺めようというのに、ニヤニヤと笑みを浮かべた13~4才の貴族の息子の顔を見て、その顔目掛けて唾を吐いてやりたい衝動に駆られたゲルハルト。
そんな感情を尾首にも出さず、唇をキッと結んで右手に木剣を握り締めて仁王立ちで相対する。
睨み返さずに、静かに見つめ返していたのは初めて見る真剣の命を刈り取る鈍い鉄の光がゲルハルトから雑念を奪い取り死の淵の緊張感を抱かせたためだ。
勝負は一瞬だった。
ゲルハルトは貴族の子供の持つ真剣を見切り、木刀であっさりと返り討ちにした。
腕を木剣で叩き折られた貴族の息子はわめき散らし、ゲルハルトはその場で無礼打ちになりそうなところをたまたまいた別の貴族家の当主が「殺すのは惜しい」と引き取った。
ゲルハルトを引き取ったハーデル家はゲルハルトの剣の才能を見込んで戦場へと随伴させた。
ゲルハルトは戦場に出て瞬く間に頭角を表し、十代の間に千人将まで駆け上がった。
ゲルハルトを引き取ったハーデル家は娘とゲルハルトを結婚させ、名実共にゲルハルトを家へと招き入れた。
その恩に報いんとゲルハルトは戦場で更に苛烈に戦うようになった。
そんな折、魔族の大軍勢が侵攻してきた。
3人の五千魔将を率い、当時では過去最大の大侵攻だった。
魔族の侵攻は凄まじい勢いで、小国ばかりだった西大陸は半分が瞬く間に魔族の手に落ちた。
現在は西大陸の覇者となったパラライカ帝国だが、当時は西大陸に数ある小国の一つだった。
時の帝王パラライカ4世が残った小国の軍を纏め上げ、自国民の8割を徴兵しての大攻勢に自ら打って出た。
それでも戦線を押し込まれたが、戦線で戦った王はあることに気付いた。魔族にも指揮官がいる。
3人の魔将達。
パラライカ4世率いる連合国軍は3人の魔将を討ち取るために3つの奇襲部隊を編成した、その中の奇襲部隊の部隊長にゲルハルトは選ばれた。
命を受けたゲルハルトは激戦の末、作戦を見事成功させた、だが、ゲルハルト以外の2部隊は奇襲に失敗。
ゲルハルトの部隊も半数以上を失っていたが、そこからゲルハルトは戦場を転戦し、奇襲部隊の生き残りを自部隊に組み込んで残りの魔将を討ち取った。
戦場の形成が逆転した。
各地で魔族の軍を押し返し始めた。
そこから混線の様相を呈したが、魔族本陣の守りが薄くなった隙を突いて当時の勇者が魔王を討った。
魔王の脅威は祓ったが、その代償は余りに大きかった。
西大陸の6割の国が滅んだのだ。その教訓を生かし、西大陸はパラライカ帝国の元に軍を纏めた。
ゲルハルトはこの戦争の功績で"魔将殺しのゲルハルト"と呼ばれるようになり。
論功行賞で"将軍"の位を受けた。
彼は魔族への対抗手段を手に入れる為に迷宮へ行く任務につき。数年をかけて見事、迷宮を踏破した。
その頃にはゲルハルトはレベルが90を超え、人類の極みに達していた。
その強さに目を付けたのが時の大神・クーンアール。
クーンアールは300年後に現れる"魔帝"に備えて、ゲルハルトに300年の眠りについてほしいと頼んだ。
愛する妻、大恩のある家、可愛い孫達、自分を慕う部下、尊敬する王。
全てを置いて彼は中央大陸で眠りについた。
300年。
目覚めると、自分の為に神が用意した神殿の冷たい大理石が視界にあった。
眠りについた時は光沢を放っていた石の神殿は風化して輝きを失ってはいたが、それを見てゲルハルトの心は高鳴った。
(やっと出番か)
高鳴る胸を抑え神殿を出た、が、どこにも勇者の迎えはなかった。
(神の話じゃ、勇者が封印を解くって言ってたが……)
ゲルハルトは宛もなく歩き続けた、ようやっと塀に囲まれた街を見つけて中に入った。
街の名はノインドラ。
そこで信じられない話を聞いた、魔王がすでに討たれたというのだ。
ゲルハルトの身体を凄まじい絶望と喪失感が覆った。
(全てを捨てて、俺はここに来たんだぞ?)
(妻も子も孫も、仕えた家も国も。全てを捨てたってのに……)
(こんな事ってあるか?)
茫然自失のまま、どれほど時間が経ったかも分からないほど廃人となったゲルハルトはいつの間にか奴隷と一緒に檻の中にいた。
(また奴隷に逆戻りか)
薄い意識のなかでゲルハルトは自嘲気味に薄く笑った。
檻の中で、泣いている少女を気まぐれに助けた以外は何もしていない。
死ぬのも面倒なほどに無気力な彼の前に、フェイは現れた。
(王家の証と引き換えに奴隷を買うのか、随分と酔狂な姫君だな)
奴隷商人との取引をぼんやりと眺め、檻から出た。
特に感慨はなかったが、やはり死ぬ気力もないまま列に並んでゲルハルトはただ歩いた。
===============
《そして今に至るか》
流石のフェムノも笑えなかった。
《かはははははっ!》
いや、笑った。。。
《なんという奇妙な星の元に産まれた男か。運が良いんだか悪いんだか分からん人生だな》
「フェムノ、笑ったらダメですよ」
「エルフの姫君よ、勘違いとはいえ先程の無礼を許してくれ。すまなかった」
右手を胸に当て、騎士の礼で頭を下げる。
「いえ、気にしないで下さい。なんか、慣れてますから」
慣れていると言ってフェイはなんだか複雑な気分になる。
「今は奴隷の身なれども、腕には自信がありまする。ぜひ、姫君の元でお仕えしたく思います」
ゲルハルトがその場に跪いた、気まぐれではない。ゲルハルトは奴隷を買うのに王家の証を差し出したフェイに少なからず胸を打たれていた。
「いや、あの、私はそんな人に仕えられるような者ではありませんので」
フェイが身体の前でワタワタと手を振り、最後は顔の前で大きくバツを作る。
「貴女様の、見ず知らずの、ましてや奴隷の為に王家の宝を差し出した姿に、かつて仕えた賢君の姿が重なりました。何卒良しなにお願いいたします」
ズタ袋に頭を突っ込んだような酷い格好だが、そうとは思えないほどの品位を醸すゲルハルトに回りの者達は息を飲んだ。
「わ、分かりました。では、一緒に冒険者のパーティに入りませんか?
「
初めてゲルハルトが笑った、先ほどまでの殺伐とした目付きが嘘と思えるような清々しい笑顔である。
《かはははははっ、蹴る順番は最後だぞ》
「それは残念です」
ゲルハルトは立ち上がり、さらに笑い声をあげる。
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