村作り。

「さあ、どうするか」


 手伝うとは言ったものの、カルバンに思いつきがあるわけではない。頭の中の引き出しをガサゴソと漁るが、ただの商人であるカルバンに現状をひっくり返すような解決策が出てくる気配はまるでない。


「この街で全員の仕事を探すことは出来ないのか?」


 バーンダーバの言葉にカルバンは首を左右に振る。


「無理だ、仕事があるならわざわざ売り出さずに国で奴隷として使えば良い。それをしないのは抱え込めるだけの財政が今このノインドラに無いという証明だ。おそらく、戦災奴隷を農奴にしても最初の収穫までに相当の人間が死ぬはずだ。手は、そうだな。金と馬車が相当数あればそこらの村や街から食料を買い込みながら畑を作り、蓄えを作って最初の冬さえ越せればどうにかなるだろうとは思うが……」


(冬を越すための500人分の食料を買い込もうと思えばざっと計算しても金貨200枚は必要だ、そんな金額、ダイナスバザールの冒険者ギルドの金庫にも入っていない)


《ならば、場所を選んで村を興すのはどうだ? 貿易のしやすそうな場所で》


 フェムノの言葉にカルバンが目を見開いた、この魔剣はなぜこんなに頭が回るのか。現実的に、カルバンも村を興すしかないと考えている。だが……


「そうしたくても、馬車も金もない」


《馬車はそこにはねの生えたのがいるだろう》


「そりゃアタイの事かい?」


 ロゼが種火をたたえた瞳でフェムノを睨む。


《他に誰がいる? 金は今持っている迷宮の素材を売って、足りない分は奴隷を少し売ればいいだろう。さっきはバンの狩りの話しを一蹴していたが、下手をすればそれだけでも肉には困らなくなるはずだ。そやつの狩りの腕はバカにできん。それに、森へ入ればフェイが食べられる草花を知っているはずだ》


 すらすらと打開策を出してくる魔剣、カルバンが一つずつ頭で計算していく。


「……そうか」


「待てフェムノ、ここの人達を売るのは反対だ」


 カルバンは頭が重くなった、この魔族はどこまでも道を困難にしたいらしい。


《バカを言うな、絶対に守らなければならないのは命なんだろう? 無理に全員を抱え込めば死ぬ人間が増えるだけだ、全員が助かる道を探すのが筋ではないのか? ここにいるのは食わなくても死なない魔族ではないんだぞ? お前はもう少し考えてから動くんだな》


 フェムノの最もな意見になにも言い返せずにバーンダーバは黙るしかなかった。


《ふむ、カルバン。それで栄養は足りるのではないか? 一冬越せればいいのだろう?》


 一冬越せれば、後は奴隷達も自分たちだけで暮らしていけるだろう。


「……やってみよう、穴だらけの方法にも思えるが、それしかないだろう」


 カルバンが地図を取り出して眼を落とす。


「作るならここだな、ブラストリバーへ流れ込むスドアソドスリバー沿い。水がなくちゃ畑はできん、井戸を掘るような道具もないしな。連中の体力を考えればこれ以上距離を歩くのも無理だ、それに、この辺りは国境の問題も絡まないはずだ」


 カルバンは商業都市ダイナスバザールと魔法都市ラスレンダール、天翔山の3ヶ国の間にある川沿いを指差した。


「森も近いから狩りと植物を集めるにも良いはずだ。魔物も近くなってしまうが、どうにかするしかないだろう。後は出たとこ勝負だ、すぐに発とう、時間が惜しい」


 カルバンが地図を丸めて懐に仕舞う、目線でバーンダーバやセルカに同意を求めると、皆が頷いて応えた。


「カルバン、出発の前に食事にしないか? みんな疲れた顔をしている」


 バーンダーバの提案にカルバンが渋った顔になる、食料は一週間分、適当に分配していてはすぐに死活問題に直結する。


 だが、奴隷達を見てこれから移動するなら説明して少し腹ごしらしてからの方が良いかと考えを変えた。


「まぁ、そうだな。ここじゃ邪魔になる、少し場所を移して食事にしよう」


 塀の回りの農夫達が相変わらずチラチラとこちらを見ている。


「そうだな」




 ==============



「怪我人はいませんかー?」


 フェイの声に、数人が手を上げる。フェイが走っていって回復魔法をかけてやるとみんなが深々と涙ながらに頭を下げた。


 一行は食事をとっている、場所はノインドラの門から一刻ほど歩いた開けた平地。


「みんな、これから少し歩くことになるからしっかり食べておいてくれ」


 セルカが食事を配って歩く、それを受け取る戦災奴隷たちはみんな不安そうな表情を浮かべている。


 その表情を見て、カルバンがバーンダーバに耳打ちした。


「バン、奴隷達に何をどうするのか説明しておいた方がいい。このままどこへ連れていかれるのかも分からんまま歩いたら心労から体もまいっちまう」


「なるほど、説明か。私が説明するのか?」


「村作りをするのは俺じゃない、お前なんだからお前が説明しろ、お前が買った奴隷なんだ、お前が責任を持て」


「……分かった」


 奴隷達から見やすそうな大きな岩の上にバーンダーバは上った、奴隷達の顔を眺める。


 疲労で下を向いている者、虚ろな眼をしている者、疑うような視線をバーンダーバに向ける者、子供達は不味そうに貰った食料を食べている。


 何を話せばいいのか……


 自分は彼らとどう向き合いたいのか。


 一緒に村を作る。


 それには何が大事か、それを考えた時に"信頼"という単語が浮かんだ。


『いいかバン坊、人を動かしたきゃ先ずは信頼してもらえ。人ってのは信用した相手じゃねぇと言うことなんか聞かねぇもんだ、大事なのは自分の行動に責任を持つことだ。そして約束を守れ、どんな小さな事でもな』


 また、いつかの魔王の言葉が思い出された。


(魔王様は凄いな、側にはいなくても、いつでも私を導いてくれる)


 バーンダーバは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた、力強く、広場に座る500人の奴隷を見る。


「みんな聞いてくれ、私の名はバーンダーバ。魔族であり、元は魔王軍四天王筆頭だった。今は現界で冒険者をしている、冒険の途中でそこにいるアビーに出会った、アビーは草原の真ん中を魔物に追われながら裸足で走っていた。事情を聞けば、10才にも満たない少女が家族を助ける為にたった一人で走っていた、今にも崩れ落ちそうな酷い体で、それでもアビーは自分よりも家族を心配していた。私はアビーに家族を助けてほしいと頼まれた。私は彼女に"必ず君の家族を助ける"と約束した」


 奴隷達はバーンダーバの言葉になにも反応を示さない、一部、アビーとアビーの家族らしい数人が真剣に聞いている程度だ。


「アビーの家族を助けに、ノインドラへ行き、他の多くの戦災奴隷を見て私はみんなを救いたいと思った。だから皆は今ここにいる、皆にも約束したい、私は皆が安心して暮らしていける村を作ろうと思っている。だが、私は村など作ったことがない。ここにいるみんなの力を借りたい。協力してほしい」


 言葉を切り、奴隷達を見るが、何人かバーンダーバの言葉を真剣に聞いてくれているがやはり大多数はうつ向いてしまっている。


(そう上手くはいかないか、ままならんな……)


「おいてめえら! よく聞きやがれ!」


 バーンダーバがさらに口を開きかけると、カルバンが吠えた。


「てめぇらは戦災奴隷だ! それを奴隷じゃなく村人として扱ってやるって言ってんだ、言っとくが、お前らを買ったのはそこのエルフの姫君だ。エルフ族の国宝と交換でな、俺からしたらお前らに国宝と交換するような価値なんてない! お前らは奴隷のままだ! 奴隷をやめたかったら自分で自分を買い戻せ! 畑を耕してでも何でもいい、収穫した物は適正な値段で買ってやる! その金で自分を買い戻せ、分かったか!?」


 カルバンの怒鳴り声、奴隷達の間に先ほどまでの絶望感や喪失感が薄れたような気がした。


(目標がありゃあやる気も出るだろ)


 とは、カルバンの打算である。実際に効果はあった。


《フェイも何か言ってやれ、フェイがいなければコイツらをまとめ買いすることは出来なかったんだ。半分以上はフェイの奴隷でもあるんだぞ》


「いや、私はいいですよ。後、まとめ買いとか言わないで下さい。感じ悪いですよ」


《よし、フェイが言わないなら我が言ってやろう》


 フェイは(まずい)と思ったが遅かった。


《我は異界より召喚された銀聖剣なりっ!》


 フェムノが"カッ"と銀色に光った、フェイの身体がフワリと宙に浮く。


「え、ちょっと、何してるんですかフェムノ!」


 急に浮かんだフェイは手足をバタつかせたが、奴隷達に注目されているのに気付いて動きを止めた。恥ずかしさに耳まで赤くなっていくのが自分でもわかる。


《フェイはちょっと黙っていてくれ》


 それだけフェイに呟いて、フェムノは高らかに続ける。


《よく聞け奴隷どもよ、我はこの神聖樹ファランツリーの姫君フェイの愛剣である! ここに我の加護と姫君の寵愛を約束しようではないか! お前達は自らの幸せの為に励むがいい、しっかりと励めば、我らはお前達の願いを叶える事を約束しよう! 何も不安はない、心配はいらない、この世の楽園を共に築こうではないか! かはははははっ》


 銀色の光の演出と共に幻想的にフェイが地面に戻ると、割れんばかりの歓声が起こった。


 フェイは耳まで真っ赤にしながら硬い表情で奴隷達に向かってなぜか手を振っている。


「聖剣だと?」


 ただ一人、歓声の中で鬼のような形相で立つ壮年の男がいた。

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