商人カルバン。1
「失礼する」
挨拶と共にギルドマスターの部屋へ入ってきたのはバーンダーバ達、珍しく机に足を乗せずに書類を読んでいたギルドマスターが出迎えた。
「おう、早いな。ん? なんでセルカまでいるんだ」
「あー、しばらく一緒にいることにしたんだ。今回の報酬もまだ貰ってないし、バンもまた迷宮に潜るって言ってるから。それなら一緒に魔法都市へ行かないかって話しになってさ」
セルカはまるでなにかをごまかすように早口になる。
今までセルカはどのパーティにも馴染めなかったし、馴染まなかった。いつも斜に構えてどこか他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。
いま目の前にいるセルカはそんな雰囲気を全く感じさせない、ギルドマスターは突っ込もうか迷ったが拗ねられても面倒と思って止めた。
「ふーん、そうか、ま、構わねぇが。紹介するって言ってた商人はまだ来てないんだ。適当に座って待っててくれ」
椅子を指差してまた視線を書類に落とす。
「そっか、誰を紹介するつもりなんだ?」
セルカが椅子に座りながらテーブルに置いてあったナッツに手を伸ばす。
「カルバンだ」
「げ、カルバンかよ」
馴染みのあるらしい名前を聞いて、セルカはあからさまにげんなりした顔になる、ナッツに伸びていた手が引っ込んだ。
セルカの隣に座ったロゼがナッツを鷲掴みにして殻も剥かずに口に放り込み、ゴリゴリ音を鳴らしながら食べ始める。
「分からんでもないが、商人としての腕は確かだ。それに、お前さん達とは気が合うかもしれねぇと思ってな」
ギルドマスターが書類から顔を上げてバーンダーバ達を見る、その表情は楽しみを待っているような含みがある。
「どういう事だろうか?」
「アイツも、勇者のケツを蹴っ飛ばしたい1人だからだ」
《ほほう、楽しみだな》
フェムノ以外は誰も楽しみな顔はしていない。
一同の不安を他所に、ドンドンと扉を叩く音が響いた。ギルドマスターが「入れ」と声をかけると扉がサッと開かれる。
入ってきたのは浅黒い肌で商人のわりに体格のがっちりした、異様に大きな目が特徴的な男だ。頭に大きなターバンを巻いていて、ターバンの下の大きな瞳が、品定めするかのようにバーンダーバ達をほんの一瞬ずつ眺めた。
「イオレクさん、依り代を魔法都市まで持って行きたいってのは彼らかな?」
「ああ、そうだ」
「そうか、俺はカルバンだ。冒険者ギルド付きで商人をさせて貰っている。よろしくな」
カルバンはにこりともせずにバーンダーバを見る、バーンダーバは立ち上がってカルバンの手を奪うように握りしめた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。私はバン、魔族で、元は魔王軍の四天王筆頭をしていた。今はこの現界で魔界へと食料を送るために冒険者家業をしている」
バーンダーバは早口で言った。
ひきつった笑顔のバーンダーバを見てカルバンは無表情から疑り深い、警戒心を隠さない表情に変わった。
ちらりと視線をギルドマスターに向ける。
「イオレクさん、この男は何を言ってるんだ?」
ギルドマスターはニヤニヤ笑いながらスキンヘッドの頭をつるりと撫でた。
「説明が絶望的に雑だが、言ってることは本当だ。いや、俺も確信を持てない部分がない訳じゃないが。辻褄は合ってる、順を追って」
《我が説明しよう》
バーンダーバはフェムノの言葉にホッとした自分に苦笑いした。
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《とまぁ、我々は勇者被害者の会として現界で冒険者をしている。目標は勇者のケツを蹴っ飛ばす事だ》
そんな会として冒険者はしていない。バーンダーバとフェイとロゼが思ったが、言っても無駄と思い誰も口にはしない。
フェムノの話が終わり、いつもなら笑われるタイミングだが、カルバンは無表情で話を頭の中で咀嚼していた。
「私は魔界を豊かにしたいと思っている、勇者のケツを蹴りに来た訳ではない。まぁ、成り行きでそんなパーティ名になってはいるが……」
「よく喋る聖剣様だな」
カルバンは薄く笑っただけで、バーンダーバに憎しみの目を向けるでもなく見つめる、そして考え込むように黙ってしまった。
バーンダーバはカルバンの次の言葉をそわそわと落ち着かない様子で待っている。
「カルバン殿、気を悪くしたならすまない。もちろんこの話しは断ってもらって構わない」
バーンダーバの言葉にカルバンは首を左右に振った。
「……気を悪くか、少しニュアンスが違うな」
カルバンは小さくため息をついた。
「にしてもふざけたパーティ名だな、
《お主も、勇者のケツを蹴りたい筈だとギルドマスターが言っていたが?》
カルバンはジロッとギルドマスターを見る、見られたギルドマスターはサッと窓の外に視線を移して口笛を吹いた。
「ったく、そうだな、ま、アンタ達の身の上話を聞いたんだ。俺も少し話そうか」
カルバンは椅子に深く座り直した。
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俺は、勇者に憧れるどこにでもいるようなガキだった。
体を鍛えて、毎日飽きもせずに剣を振る程度には周りよりも熱心に勇者に憧れただけのな。
だが、残念な事に俺はグルマだった。闘気も魔力も扱えない、流石に迷宮へ入って鍛練するほどの気概も根性もなかった。
自分じゃどうひっくり返っても勇者にゃなれねぇと思って諦めて、商人になった。
よくある話さ、身の程を知って相応に生きるなんてな。
だが、魔王が現界に侵攻してきて俺の想いは変わった。歴史上でも最大の侵攻だったからか、俺の中にまだ夢を捨てきれないで燻っていた物があったのか。なにかが沸き上がってくるのを感じたんだ。
勇者に実際に会って、「アンタの力になりたい」と俺は申し出た。
俺の言葉を聞いた勇者はまるで親友を見つけたような顔で俺の手を握った、何て言うか、熱い物を感じた。これが"勇者か"ってな。
勇者は「魔王のいるタルワン島へ行くための飛空艇を作るのを手伝ってほしい」と言った。
魔王が攻め込んで、そのまま現界の根城にした王都クライオウェンはここから南にある島国だ。
魔王は勇者が島に渡れないように島の中の船を付けられる場所全てを封鎖した。
破壊できる場所は破壊して、それが出来ない場所は魔族を配置してな。
タルワン島へ渡るには空から行くしかないと考えた勇者は古代の飛空艇を作り上げる事を考えたんだ。
飛空艇。
それには莫大な金がいる。
それこそ、国家予算規模の金額だ。
だが、俺は二つ返事で「任せろ」と答えた。
勇者になれなくても俺なりに勇者の力になろうと火が着いたみてぇに躍起になった。
自分の人生の全てを掛けようと思ったくらいだ。
勇者は三人の仲間と共にまた旅立っていった、次に会う時までに、俺は必ずやり遂げて見せると自分に誓った。
俺は知り合いの商人に話を通して、出来うる限りの伝手を全て使って、果てには大陸を越えて商売の手を広げた。
自分でも、奇跡と思えるような手腕を発揮したし、かなり強引な手段も使った。
俺に対する不満や、いい加減にしろという苦言は「世界を救うためだ」と一蹴した。
それから約2年。
俺は目標の金額の2割を稼いだ、そこからは飛行船作りと金稼ぎを同時進行で行った。
方々に担保を立てて、担保と言ってもほとんど信用貸しみたいなモンだったが、借金しまくって資金を作った。
残り8割の資金は事業を続ければ回収出来ると思ったからな、ところがだ。
その頃に久しぶりに勇者にあった、俺は誇らしく「もうすぐ飛空艇の目処が立つ」と話した。
少し勇者の様子が変わっていた、朗らかで快活な印象の男だったんだが。その時は何て言うか、近寄りがたい雰囲気があった。
魔族との激戦を重ねて変わったのか、眼の奥に修羅でもいるんじゃないかってキツい鋭い眼をしてた。仲間も、戦士バスキアと賢者レイの姿がなかった。勇者のそばに立っていたのは拳鬼マチルダだけだった。
暗い眼で俺を見て、勇者はこう言った。
「お金はもうあります、だからもう大丈夫です」
意味が分からなかった。
勇者は、7つの迷宮を踏破して飛空艇の資金を作っていたんだ。
俺が2年で、やっと2割集めた資金を腕ずくで集めやがった。
信じられるか?
国家予算規模の金額だぞ?
だから大丈夫、もういいですって言われてもな。
俺は勇者のための資金集めという名目で方々に協力してもらって金を稼ぎに稼いだ。
それが勇者がいらないってんだから、なんの為にやってたんだか……
もちろん、俺の信用は地に落ちた。
どこからも総スカン食らって、俺は商売が出来なくなった。
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「今じゃ冒険者ギルドの素材をこっちからあっちに持っていくだけの仕事しか出来ない、それだって、マトモに出来ない時がある。相手の商人が俺を嫌ってな、そん時は冒険者ギルドの人間に間に入って貰わねぇと話しにならん。今はイオレクさんのご厚意でどうにかやらしてもらってるけどな」
カルバンは話し終えてからもなにかを考えるように中空をぼんやりと見ている。
「バーンダーバさん」
カルバンは中空からゆっくりと視線を下げて、バーンダーバを見つめた。
「バンでいい、なんだろうか?」
影のある瞳でカルバンはバーンダーバを見る、その視線を受けてバーンダーバは息を飲んだ。
「アンタの計画、魔界へと食料を送りたい。ハッキリ言おう、アンタのはた迷惑な計画は絶対に成功しない。アンタの魔王は糞だ、何にも分かっちゃいない」
カルバンの言葉にバーンダーバが立ち上がった、立ち上がったが、言葉が見つからずに、睨むことも出来ずにただカルバンを見るしか出来ない。
「説明が必要か?」
カルバンの冷たい視線に、バーンダーバは無言で答えた。
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