不屈の剣。

《フェイ! 早く魔力を込めろ!》


 握った聖剣に魔力を込める、銀色の光が左手の傷口を綺麗に塞いだ。が、疼くような鈍い痛みが尾を引くように残る。


 岩人形ゴーレムが4本の剣を振り下ろす。


 フェイは左に躱し、すぐさま踏み込んで右足を斬りつけるが黒曜石の身体にはかすり傷一つつかない。


 フェムノはフェイがすぐに攻撃に転じたことに驚いた。


《フェイ、一旦距離を取れ》


 フェムノの言う通り、フェイは巨大なドーム型の空間の中で名一杯岩人形ゴーレムから距離を取る。岩人形ゴーレムはすぐにフェイを追って駆ける。


 ドーム状の空間で距離を取り続ける事は難しくない、耳に届くのは自分の息づかいと足音だけ。


 岩人形ゴーレムの黒い重厚な体は動いても物音一つたてない。


《フェイ、現状で我の魔力感知に出入口のようなものはない。目視では何かそれらしい物はないか?》


 さっと視線を巡らせる。


「ないですね」


 岩人形ゴーレムがゆらりとフェイを捉え、膝を曲げて跳躍すると地面が割れんばかりの轟音と共に距離を詰めてくる。


 迫る岩人形ゴーレムからフェイが距離を取る。


 魔力強化されたフェイの速度の方が速い、加えて戦うフィールドはドーム型。


 逃げるだけなら、いつまででも逃げ続けられる。


 魔力が続く限りは。


《あれがセルカの言っていた迷宮の支配者ラビリンスマスターか、なるほど凄まじい圧力プレッシャーだ》


 軽口のように喋るフェムノだが、内心では彼我の実力差を冷静に考えていた。


 逃げ道を考える程度には追い詰められている。


「フェムノ、どうしますか?」


《このまま少し距離を保ってくれ》


「はい」


 |詰め寄る岩人形ゴーレムから鋭いバックステップでフェイが距離を開く。


《フェイ、後ろに下がるのは愚策だ。生き物は何でも前に進むのが一番速い、逆に後ろに下がるのは前に進むよりも遅い。つまりは相手の追撃を受けやすいんだ、避ける時は左右に避けるんだ》


 まずフェムノはフェイにこの巨体と戦うのに慣れさせる事を考えた。


 幸い、フェイは初撃で左手首から先を失ったことに対する動揺は大きくない。


 フェムノはそれに若干の違和感を覚えたが、今はそれを良い方向に考える。やられた後もすぐに攻撃に転じた、フェイの心は折れていない。


 ならば、勝算は常にある。


《フェイ、アレの動きを良く見てくれ。岩人形ゴーレムは自然に産まれた魔物じゃない、誰かが造り出した物だ。動きは自然のそれに見えるが、必ずパターンがある。それを見極めてから反撃に入るぞ》


「はい」


 とは言え、フェムノには大きな懸念がある。


 あの高硬度の岩人形ゴーレムがフェイに斬れる・・・のか、という問題だ。


 見るからに、3階層で相対した異質同体キマイラの甲羅よりも硬い。


 恐らく、フェムノが魔力強化で名一杯に出力を上げれば斬れるだろう。


 だが、そこまで斬る・・事に集中してしまうと身体能力の強化にまで回らなくなる。


「フェムノ、分かりました。私と一定の距離から踏み込む際は必ず左の懐が開きます。そこを狙いましょう」


 左手を失ったフェイが、相手の左を狙うなら定石か。


 思いの外に早く、良い判断をしたフェイに内心フェムノはまた驚いた。


 そして高揚した、戦いは急激に人を変える。


 闘争に身をゆだね、闘争に全てを捧げた魔族たるフェムノの本性が不敵に笑う。


《分かった、相手の動きに合わせてまずは一太刀。これで決めるつもりではなく、小手調べのつもりで撃ち込んでみろ》


「はい」


 フェイが柄を強く握る。


 距離を取った岩人形ゴーレムに向き合う、岩に彫られた無機質な表情が不気味な圧力を放つ。


 力強い踏み込み、そして左の2本の腕を上げてフェイに向かって振り下ろす。


 その刹那、フェイが向かってくる岩人形ゴーレムを迎え撃つ。


 黒と銀の剣が交差する、黒曜の剣閃よりも数段速くフェムノの銀色の剣閃が岩人形ゴーレムの脇腹を捉えた。


 甲高い音が響く。


 が、フェムノの思う通りに斬撃は硬質な身体に傷1つ付けることは出来なかった。


 だが、目的である一太刀は完璧である。


《フェイ、お前はロゼの加護のお陰で魔力と闘気が一気に上がっている。だが、そういう物は自らの力で徐々に高めていきながら扱いを覚えるものだ。フェイはそれが一気に上がったせいで制御が全くと言っていいほどに出来ていない、分かるか?》


 フェイは岩人形ゴーレムから注意を反らすことなく、フェムノの話を聞いている。


 言っている意味は分かる。


 確かに、内から溢れる闘気は今までに感じたことのない物だ。


 それを剣に集中させる前に殆どが風に乗った煙のように逃げていく感覚がある。


「はい、なんとなく」


《増えた魔力は我が全て完璧に制御している、だが、我が制御出来るのは魔力だけだ。闘気のコントロールはフェイがしなければならん、そして魔力だけではあの相手はちと厳しい。勝機はフェイ、お前の闘気にある》


 フェイが闘気を完璧に制御出来ても勝機はごく僅か。


 それを分かっていながらフェムノはフェイを戦いへと誘う。


(さて、フェイには悪いが楽しませて貰おうか。ただ、少し力量に差がありすぎる。脱出経路を探りたいところだが……)


 先程からフェムノは出入口が無いなら壁を貫くしかないかと、触手のように壁の奥へと魔力を差し込むようにして探っているがどこを調べても強力な結界に阻まれて結果が出ない。


(流石は神々が細工をした迷宮か…… 流石に少しばかりまずったか……)


 3階層でのさまよう鎧リビングアーマーとの戦いの最中、室内を魔力感知で調べていると面白そうな転移魔法陣を見つけたフェムノはこっそりと細工をして魔法陣を起動させた。


 フェイがそこに触れるように誘導したのだ。


(まぁ、少しフェイには酷だが。ここはギリギリまで命のやり取りを学んで貰うとしようか)


 フェムノはほくそ笑みながら、死地に向かうフェイの手にあった。



 ===============




 何度目か分からない金属音が響く、フェイの剣閃が硬質な岩人形ゴーレムの皮膚に弾かれる。


 何度弾かれても、フェイは闘志を燃やし、握る銀剣へと闘気を漲らせる。


《フェイ、もっと肩の力を抜いてみろ。闘気は力で込める物ではない、それは言うなれば力で水をたくさん掴もうとするような話だ。闘気はお前の一部だ、だが、内から出した時点で外へ流れ始める》


 フェムノの講釈を聞きながら、フェイはゆっくりと闘気を練り上げる。


《焦るな、確実に練度は上がっている》


 それと同時に、確実にフェイの内にある闘気の量も減っている。


 長時間の戦闘を見据えてフェムノは魔力を最小限で使っているが、闘気を扱っているのはフェイだ。


 かなりの量をロスしながら使っているせいで、フェイ自身も内から出る闘気の量が減っている事に気付いている。


 気付いているが、今は成長している自分に意識を集中する。


 確実に強くなっている。


 その感覚が、後のないこの状況をしてもフェイの心を強く前に突き動かしている。


(もう、置いていかれるのは嫌)


 岩人形ゴーレムの攻撃を掻い潜り、足に剣を穿つ。


(あんな惨めな思いをするのは嫌)


 上段から迫る黒曜石の剣を受け流し、腕を斬りつける。


(あんな悔しい思いをするのは嫌)


 岩人形ゴーレムから距離を取る。


(強くなりたい、もっと強く、待つのは嫌。今度はそばにいられるように、一緒に歩いていけるように、強くなるんだ!)


「んあぁぁぁぁあっ!」


 戦いにおいて、フェイは初めて声を上げた。


 裂帛の気合いと共に駆け出し、振り上げた岩人形ゴーレムの剣を躱して抜けざまに胴を薙ぐ、撃ち込まれた一撃が初めて小さな傷をつけた。


「フェイ、次は我も全力で強化する。フェイも次の一撃で決めるつもりで闘気を練り上げろ」


「はいっ」


 銀色の光がフェイの全身を包み込む、切っ先を岩人形ゴーレムへとまっすぐ向ける。


 胸の奥から沸き上がる闘気を剣身へ送る。


 岩人形ゴーレムの黒い剣閃、何百と見たその軌道を紙一重で躱して身体を深く沈める。


 刹那、刀身に漲らせた闘気を刃線へと集中。


 銀色の光の中に、薄い紅が混ざる。


 すり抜けざまに紅銀の一閃が岩人形ゴーレムの脇腹を捉えた。


 黒曜石の身体を深く抉り、銀剣が腹から背へと抜ける。


「やった!」


 会心の手応えにフェイの表情が緩む、瞬間、今までにない闘気を使用した反動と張っていた緊張の糸が切れて膝をついた。


《フェイ! 危ない!》


 2本の黒い剣閃がフェイに襲い掛かる。


 上からの斬撃を咄嗟に剣を立てて受けるが弾き飛ばされ、黒曜石の刃が肩口から脇腹までを切り裂いた。

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