軋轢。3
3階層。
長方形の部屋、4つの壁に通路が4つ、通路を通るとまた長方形の部屋に通路が4つ。
同じ空間が無数に連なる、冒険者はこの造りの迷宮に"箱繋ぎ"と名をつけた。
「箱繋ぎはとにかくトラップが多い、しかも魔物まで多いんだ」
セルカが話している間にも、目前の通路から魔物が顔を出す。
甲羅から図太い手足を伸ばしているが、伸ばした手足は亀というより鳥のように羽が覆い指先からは鋭い爪が生えている。
顔つきは鳥のようだが嘴から長い舌がチロチロと出ては引っ込む。
嘴には鋭い牙が上下からギザギザにはみ出している。
「なんだいありゃ、不細工なヤツだね」
ロゼが嫌な顔をする。
「
「行きます」
フェイが剣を抜いて前に出る。
「大丈夫か?
セルカは言葉には出さないが、レベル15の冒険者が敵う相手ではない。
《案ずるなセルカ、フェイの強さは数字では表せん》
ドヤるフェムノにフェイが魔力を注ぎ込むと銀色の光が刀身から零れるように現れフェイを包み込む。
《フェイ、来るぞ》
フェムノの呟きとほぼ同時に
一気に3mは伸びた首をフェイは冷静に左に飛んで躱す。
だが、首はフェイの目前ですぐに向きを変えて横に飛んだフェイに襲いかかった。
中空で咄嗟に
が、肩口に嘴から突き出た牙が掠めて鮮血が舞った。
「フェイ!」
衝撃で後ろに飛ばされるが、身体を捻って着地する。
「大丈夫です!」
バーンダーバの呼び掛けに叫ぶように答える。
姿勢を低くして踏み込み、一気に間合いを詰めて甲羅に斬りかかるが剣が弾かれる。
首が凄まじい勢いで収縮し、フェイに噛みつこうと首をうねらせる。
フェイはまた下からの斬撃で首の軌道を変える、今度は同時に身体も動かしてしっかり躱した。
《フェイ、あの甲羅は斬れんだろう。首を狙え》
フェムノに言われて首を見るが、どれだけ長く伸びた状態からでも一瞬で収縮して戻る首。
首の先には触れただけで身体をひき裂く嘴がカチカチと嫌な音を出している。
《フェイ、伸びきった首を狙うよりも縮んだ状態の首を狙おう。それならば縮めて躱される事はないし、伸びてきても予測出来る。攻撃を躱し、一太刀加えて防御に徹する。単純だが難しいぞ》
「はいっ」
伸びてきた首に対してフェイが後ろに飛んだ。
《下がるな!》
首がまっすぐ伸びて嘴がフェイの胸元を貫いた。
かに見えた、
呆気にとられたフェイが、ゆっくり視線を巡らせると
「大丈夫かっ」
バーンダーバが走りよる。
フェイの胸元ギリギリで止まっていた
「…… はい、大丈夫です」
「そうか、良かった」
《バン、邪魔をするな》
「言っている場合じゃなかったではないか、あの直撃は危なかった」
《我の魔力障壁で防げた、余計な事をするな》
「馬鹿な、遊びではないんだぞフェムノっ!」
バーンダーバが珍しく険しい声を出す。
「いいんです、すみません、私が悪いんです。私が弱いのが……」
「待てフェイ、そういう事を言ってるんじゃない」
《フェイよ、もう一度だ。やるぞ》
「フェムノ、いい加減にしておけ。戦いが好きなのは分かるが」
「バン、お願いします。私も戦いたいんです」
フェイの言葉に、バーンダーバは出しかけていた言葉を呑んだ。
「…… 分かった、だが、危なくなったら援護することは許してくれ。いいか?」
「はい」
セルカが
ロゼは腕を組んで難しい表情。
「良い知らせだ、
セルカが拾い集めた依り代は甲羅、羽、爪だった。
「多分、
セルカは50センチはありそうな尾羽を指でつまんでくるくると回しながら見ている。
「詳しいな、見ただけで分かるのか?」
「ちげーよ、このフロアにどの魔物が出るか知ってるだけだ。こんな羽根見ただけでなにか分かるなんてワグナーおっさんくらいだよ」
背中のリュックに依り代を放り込む。
「行こう、あっちだ」
セルカが迷わずに4つある通路の1つに向かう、フェイがそのすぐ後ろについて歩く。
通路の手前で立ち止まり、床と壁に目を走らせる。
「壁には触らないようにしてくれ、そこにトラップがあるから踏まないように」
言いながらセルカが床に赤い染料を少し撒いた。
フェイが染料の撒かれた床を見るが、なにも変わった所はないように見える。
通路の先にすぐ次の部屋が見える。
「セルカ、魔物の気配がする。数は2体だ」
「分かった、フェイ行けるか」
「もちろんです」
腰からフェムノを引き抜いてセルカの前に出る。
通路から覗く部屋に見える魔物は
その目が通路から出たフェイを捉えると、ギシギシと鎧を軋ませながら歩いてくる。
手に持つ剣は錆び付いているが、肌に触れれば全てを砕きそうな重量感がある。
2体の
間合いに入られる前にフェイが蹴り足に力を込め、一気に加速して左に立つ
金属と金属のぶつかり合う甲高い音が響く、剣戟は傷こそ入るが胴を裂くには至らない。
《フェイ、しっかりと闘気を練るんだ。剣の切れは魔力強化よりも闘気の方が相性が良い》
「はい」
肉薄する
やはり、傷は入るが鎧を裂くには至らない。
《もっとだ、フェイ。集中しろ、闘気を剣に纏わりつかせ、刃を研ぐように練り上げるんだ》
「はい」
フェムノの言葉を聞きながら、
フェイは自分が今までにない集中状態で戦っている、フェムノの思考速度上昇の恩恵と、ロゼの"闘争の加護"。
または、一度死を覚悟したゆえか。
今まで魔物に襲われれば恐怖が全身を蝕んで、ひたすらに武器を振るか逃げるかのどちらかだった。
今は目前で自分に向かってくる刃をまばたきもせずに見つめている。
そんな自分の劇的な変化を、戦いの中で考えている。
フェイは思考が反れながらも、戦いに集中している妙な感覚に不思議な物を感じていた。
振り下ろされる剣を真正面からギリギリ半身で避け、今までに感じたことのない内から溢れる闘気を剣の切っ先に載せ、上段から真っ二つに
"ギャリン"という、金属の断末魔のような音を立てて
向き直り、もう1体の
自分が斬った事に信じられない面持ちで、胴から2つに裂かれた
「フェイ危ない!
セルカの叫びに呼応するように、
虚を突かれフェイは咄嗟に剣でガードするが衝撃で後ろに飛ばされる。
背中が壁に当たると、青い光に包まれてフェイの姿が一瞬で消えた。
バーンダーバが弓で
「セルカ! どうなってる!」
フェイの消えた場所に向かってバーンダーバが吠えた、青い光を放った魔法陣がゆっくりと消えるのを眺めるしか出来ない。
「転移罠だ、まずいぞ。でもどうして?」
隣に来たセルカは消えていく魔法陣を見て頭を抱えた。
「フェイがどこへ行ったか分かんないのかい?」
「多分だけど、最下層の
「でもなんだ?」
セルカの肩をバーンダーバが乱暴に掴む。
「この転移罠は勇者にしか反応しないはずなんだ」
「なぜそれがフェイに反応するんだ!」
「落ち着きなバン! セルカ、フェイの行った場所が分かってんならさっさと行こう」
「無理だ、ここから最下層までどんなに急いでも3日はかかる」
3日間、フェイが
今すぐそこへ行ってバーンダーバに倒してもらうしかフェイを救う方法はない。
セルカはいくら考えても、そんな方法があるはずないことは分かっている。
あのイカれた転移罠で生きていられるのは、魔王を倒すまで死なない運命を背負った勇者だけ。
セルカの絶望の眼差しを受けて、バーンダーバはそれでも思考を止めずにフェイの消えた場所を見つめた。
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