軋轢。2

「あれが3階層への入り口だ」


 セルカが指さした先の地面に四角の穴が開いている、中を覗くと下へと降りる階段が見えた。


 一行はバーンダーバの弓で魔物を仕留めながら、2階層の平原を半日で歩ききった。


「まるで散歩だね」


 ロゼが大きなあくびをしている。


 それもそのはず、あれからは魔物の影すら見ていない。


 他の誰もが魔物を視認する前にバーンダーバが全て射抜いている。


「確かに、散歩みてぇな攻略だな。俺もこんなのは初めてだ」


 セルカは今までの攻略で、初めて迷宮に入ったパーティが初日でこの平原を踏破した者はいない。この平原フロアは広い空間に大型の魔物が点在し、戦闘回避が出来ない。


 大抵のパーティが大型の魔物との戦闘に慣れるまでは戦っては戻って2階層のセーフティゾーンで休養を繰り返しながら踏破を目指す。


 セルカを先頭に階段を降りると途中でまたセーフティゾーンがあった。


「よし、飯にしよう」


 セルカがリュックを降ろして食事の支度にかかる、フェイもセルカの横で行って手伝う。すぐに鍋から湯気が上り始めた。


「どうする、こっからは魔物も1つ手強くなるし、トラップもエグくなる。飯はかなり余裕があるけど4階層に行くにゃあ足りない、3階層からは単純に攻略の時間が倍はかかるからな」


 セルカがスープを配りながら喋る、確かに攻略のペースは驚異的だがここから先は単純に距離が長くなるのだ。


「ふむ、セルカはどう思う?」


「そうだな、チラ見して帰るのが最善かな」


 さりげなくセルカがフェイを見る、その視線にバーンダーバも気付いた。


「分かった、そうしよう」


「私の事なら大丈夫ですよ」


 2人の雰囲気にすぐにフェイが感づく、フェイの目は怯えているようで、若干の猜疑心も含んでいる。


「もちろん頼りにしている、だが、計画は最初から3階層までだ。今回の目的は迷宮の雰囲気を感じる事だからな」


「そうですね、では、3階層で少し私にも戦わせて貰えませんか? まだ迷宮内で私だけ戦っていないので」


《我もだ》


「分かった、魔物の依り代も多少は手に入れないといけないだろう。セルカもそれでいいだろうか?」


「ああ、分かった。ただ、これまでよりいっそう俺の指示に気をつけてくれ。フェイも、俺がこれ以上は危険だと感じた時は撤退する。それには絶対にしたがってくれ」


 フェイが「分かりました」と頷いてスープに口をつける。


 ロゼがなんともバツの悪そうな顔でフェイの後ろでスープを飲んでいる。


「セルカ、このセーフティゾーンは階段途中に毎回あるのか?」


「ん、あぁ、毎回じゃないけど大抵はあるかな」


 こんな時でも質問かと思ったセルカだが、バーンダーバの表情を見るとどうやら話題を変えたかったらしい。


「便利な部屋だな、なんでこんな物があるんだろうか?」


「迷宮は神様が勇者を鍛える為にって話はしただろ? これも勇者のためさ、それが証拠に見てみろよ」


 セルカが部屋の奥の壁を指差した、壁には魔法陣が描かれている。


 バーンダーバ達が近づいて見つめる、魔法陣は複雑な図形や文字が円の外側や内側に書かれている。


 だが、1番目を引くのは。


「この魔法陣、少しづつ変化してるね」


 魔法陣はまるで虫が蠢くように少しづつ、文字や図形が形や位置を変えながら変化している。


「時の大神の魔法陣らしい、勇者がここで紋章を魔法陣にかざすと魔力や闘気が満ちて体力も回復するんだとさ。もちろん、怪我まで治るおまけ付きでな。魔法都市ラスレンダールの魔法使い達がどれだけ調べても複製出来ないらしい」


「へぇ、流石は神様だね。勇者はそんな特典もある訳か」


 ロゼが「ふーん」と鼻を鳴らす、その表情は(なんで自分の所に来なかったんだ)と考え始めたようで鼻には臭いものでも目の前に置かれたように皺がよっている。


「だから今まで迷宮を攻略出来たのは勇者一行ばかりなんだ、実際、勇者以外で迷宮を踏破したのは帝国の英雄"魔将殺しのゲルハルト"だけだ。それも、パーティってよりほとんど一個師団に近い物量戦だったって話だしな」


「バン、どうしました?」


 バーンダーバは時の大神の魔法陣を見たまま固まっている。


「…… 同じではないが、これによく似た魔法陣が私の背中にもある」


「はい?」


 セルカが妙な声で返事をする。


「なんだい、見せてみなよ」


 ロゼの言葉に「分かった」と返事をしてバーンダーバが上着を脱いで鉄の胸当てブレストプレートを外し、上着を捲り上げる。


 背中には無数の傷の上を這うように魔法陣が形を変えながら這い回っていた。


「不気味な眺めだねぇ」


《いちいち口の悪いトカゲだ》


「アンタに言われたくないよ、それと、今度"トカゲ"って言ったらへし折るからね」


「これ、アルセンの手の甲にあった物に少しだけ似てますね」


「ふぅーん、ん? なんだかアタイもどっかで見た気がするねぇ、どこだったか」


《はぁ、口も頭も悪いのか》


「もうフェムノ、いい加減にしてください。言い過ぎですよ」


 ロゼがギロリとフェムノを睨む。


「フェイ、1回だけ貸してくんないかい。1度へし折らないと気がすまないよ」


《"トカゲ"ごときに折れるものならやってみるがいい、かははははっ》


「はぁ、ロゼ、1回だけですよ」


 フェイが腰からフェムノを外して差し出す。


 バーンダーバが背中を出したまま、蚊帳の外に置かれているのに若干寂しさを覚えつつ服を着直す。


「あー、なんなんだろうな、それ」


 セルカの気遣いが身に染みる。


「わからん、物心がついたころにはもう既にあった」


 ロゼが鞘からフェムノを引き抜き、迷宮の壁にガンガン打ち付けて火花を散らしている、


《かははははっ! その程度かトカゲの王よ、ヒビ1つ入っていないぞ!》


「クソッタレがっ!」


 フェムノを打ち付ける轟音、迷宮の床に穴があきそうな勢いで剣の腹を叩き付けている。


 それでも傷の付かないフェムノを壁に投げつけ、ロゼが大きく息を吸い込んで灼熱の炎を吐きかける。


「おいおい、洞窟で火を使ったら空気に毒が回るぞ!」


 セルカの言葉にロゼが火を吐くのを止め、赤熱したフェムノを掴んでまた床に打ち付ける。


 赤熱したフェムノの刀身にヒビが走る。


「粉々にしてやる!」


《かははははっ、やってみろ!》


「2人とも、いい加減にしておけ」


 バーンダーバがため息混じりに止めると、ロゼがフェムノを振りかぶった姿勢のままバーンダーバを見る。


「ロゼ、フェムノの口が悪いのは出会った時から分かっていただろう。いちいち付き合っていたら身が持たないぞ」


「ふん、分かったよ」


 返事と共にフェムノを乱暴に地面に叩き付ける。


《口ほどにもないな》


「フェムノ、もういいでしょう。ヒビが入ってますよ、大丈夫ですか?」


《これしきすぐに元通りだ》


 言葉通り、淡く銀色に輝くと熱を帯びていた刀身から赤みが薄れていき、ヒビ割れて欠けた刀身がみるみる修復されていく。


《フェイ、あれくらいで勘弁してやれ》


 フェムノがフェイにだけ聞こえるようにボソリと言った。


「へ? 何がですか? もしかして、私が言われたことを気にして仕返しみたいにあんなこと言ったんですか?」


《ん、まぁ、そうでもないかもしれないが。フェイ、次の階層から戦うのだろう? 戦いはどんな相手であっても命がけだ、集中しなければ雑兵に足元をすくわれる。実際にそういう者達を我は多く見てきた。明らかに格下の相手に不覚を取る強者をな》


 なぜか話しをはぐらかすように早口になるフェムノ、フェイはそれが可笑しくてクスリと笑った。


「ありがとうございます、3階層に行ったらよろしくお願いしますね」


《任されよ》


 フェムノのおかげで少し胸が軽くなったように感じるが、それでも、心に今まで押し込めていたものが疼くのをフェイは感じていた。

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