軋轢。1
眼前から迫る魔物。
名は
巨体に似つかわしくない速さは鋼の皮膚下にはち切れんばかりに詰まった筋肉故か。
身の丈と変わらぬ程の棍棒を軽々と振り上げロゼに迫る。
ロゼは腰の剣柄に手も添えずに無造作に
「おい! 危ないぞっ!」
巨大な棍棒が直撃すれば人の形は残らないだろう。
セルカの叫びに、ロゼはあろうことか振り返ってニヤッと笑った。
セルカが「馬鹿か!」と叫び、フェイが顔を手で覆った。
瞬間。
ロゼの身体がブレるように動いたかと思うと手を逆袈裟懸けに振り抜いた。
気付けば鋼の皮膚と言われる
「いや、剣使わねぇのかよっ!」
セルカの突っ込みが草原に響く。
ロゼがそれを見下ろして「ふん」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「歯応えってモンが無いね」
それだけ言うとスタスタと先へ進む。
「ちょちょ、待てよロゼ! こんなだだっ広い平原でもトラップはあるんだ、俺の後ろを歩いてくれ」
振り返り、素直に「はいよ」と返事をしてセルカの後ろに並ぶ。
《ロゼ、つまらんなら我に変われ》
フェムノが不機嫌そうに訴える。
「まだ木偶の坊1匹しか相手してないじゃないか、もうちょい待ちな。それに、あんたが変われって言っても戦うのはフェイだろ?」
《そうとも言う》
呆れたようにロゼが肩を竦める。
「ロゼ、また敵だ。数は6体」
「はいよ」
ロゼの目にも遠くにゆらゆらと突っ立っている魔物が見える、見渡す平原には身を隠すような場所は一切無い。
敵を発見すれば全てと戦う以外に道はない。
接近し、魔物がこちらに気付くと「ギィィアァァ」と叫び声を上げながら近づいてくる。
紫色の皮膚に首の無い頭はまるで肩から頭が生えているようだ、額から短い角が2本生え、まん丸で真っ黒な瞳。
口に収まらない牙が上下から4本剥き出している。
魔物の名は
ロゼは雄叫びを上げる
迫る
体格差は言わずもがな、ロゼの3倍はあろうかという
「マジか」
ロゼはそのまま
残り5体の
拳があたる度に
魔力となって霧散する
「うーん、歯応えってモンがないね」
「またかよっ! にしても強すぎだろ、まぁ、今の見た目じゃ忘れるけどレッドドラゴンだもんな」
「喧嘩は得意だからね」
ロゼが拳骨を作って笑う。
「なぁ、聞いてもいいかな。レベルはいくつなんだ?」
「これかい? 90って書いてるよ」
ロゼが胸元からライセンスを取り出す。
「はぁ? 90って、冗談だろ?」
セルカがロゼのライセンスを覗き込む。
「……」
「なんで黙ってんだい、ちゃんと書いてあるだろ、90って」
ロゼがセルカの眼前でライセンスをチャラチャラと振る。
「いや、伝説とかでしか聞いたことないぞこんな数字、90っておかしいだろ……」
「上限が99なんだってね、ま、そんなのがいるとすりゃアタイの親父かバンだろうね」
「はい? バンはこれより高いのか?」
セルカがバーンダーバを信じられないという目付きで見る。
「私は上手く表示されないんだ、ギルドマスターは「魔族なんか測ったこと無いから誤作動だろう」と言っていたが」
バーンダーバが胸元から出したライセンスをセルカが覗く。
「なんだこりゃ」
そこにはあいもかわらず、レベル666と記載されていた。
「むちゃくちゃだな、フェイは?」
「私は全然ですよ、レベル8からもう上がらなくって。え!? うそ」
フェイが自分のライセンスを見て驚いている。
「どうしたんだい?」
「レベルが15になってるんです、どうしてだろ?」
「そりゃ、アタイの加護のおかげだろうさ」
「スゴいな、レベル15か……」
「アタイの加護持ちにしちゃあショボいね」
「んなことねーよ、レベル15なら戦闘力は軽く銀等級だぜ? なんか90より普通に凄い感じがするよ、分かりやすいって言うかさ」
「いや、仮にも"闘争の加護"を持ってるのにこれじゃあショボいよ。せめて50くらいはほしいね」
「もうロゼ、そんなにショボいって言わないで下さいよ」
「50って、歴代の勇者がそれくらいだぜ? ロゼの基準がおかしいって」
「なに言ってんだい、元々は勇者に与える加護なんだから勇者が基準でいいじゃないか。それが中堅冒険者程度だったらショボいだろうさ」
「もうっ! ロゼ、そんなにショボいショボい言わないで下さいよ! 私だって頑張ってるんです! 頑張って頑張って、それでも、どうしてもダメだったんです。どうしても、ダメだったんですよ……」
フェイの言葉が、最後は擦りきれるように途切れた。
広い晴れやかな平原でポツンと暗い雰囲気が立ち込める。
「あー、悪かったよフェイ。許しとくれ」
バツが悪そうにロゼが謝る。
「…… いいんです、すみません」
うつむいたままフェイが答える、髪に隠れて表情は見えない。
《フェイ、数字では我の力は加味されないはずだ。実際にはレベル50程度の力はあるだろう》
フェムノがフェイを慰めながら"ドヤる"。
「…… いや、なんかズレてないか聖剣さん」
フェイが今落ち込んでいるのは"自分"の力の無さである。
「もういいです、大きい声を出してすみませんでした。先へ進みましょう」
セルカはフェイを見て悩む、迷宮では常に神経を張り巡らせておかなければ一瞬で命を落としかねない。
"余計"な事を考える場所ではない。
「そうだな、もうすぐ目的の3階層だ。フォーメーションをさっきまでのバンの速射に切り替えよう」
セルカはバンの弓があれば自分がトラップにさえ気を使って置けば大丈夫だろうと考えた。
「分かった」
バーンダーバの返事と共に行進が再開された。
「フェイ、私はフェイを頼りにしている。そんなに肩を落とさないでくれ」
前を歩くフェイの背中にバーンダーバが声をかけるが、「はい」と短い返答があっただけだった。
一行は重い雰囲気のまま、平原を進んだ。
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