迷宮に惹かれて。2

 螺旋階段を下りきると、左右と前方に通路が伸びていた。


 通路の幅は人が2人並んで少し余裕がある程度。


 階段と同じように床だけがうっすらと光を放ち、内部を怪しく照らしている。


「右だ、ロゼは俺の後を2mくらいあけて着いてきてくれ」


 セルカが周囲の気配を探ってから慎重に進もうと足を出した時、バーンダーバが突然弓を具現化し3方向に立て続けに矢を射った。


「ちょっ、何やってんだよ!?」


 セルカが小声で怒鳴る。


「すまない、魔物が見えたから撃ったんだ。今度からは一言言ってから撃つように気を付ける」


「は?」


 セルカがバーンダーバから視線を進行方向の通路に向ける。


 ひたすらまっすぐではない、通路は緩やかなカーブを描いているので奥までは見えない。


 セルカの目には魔物の影すら見えていなかった。


「いや、どうやって見えたんだよ。見えねーだろ」


「気配だ、流石にここからでは見えない」


 セルカがロゼとフェイを見る。


 ロゼとフェイも、頭にクエスチョンを浮かべている。


《…… 我の魔力感知には引っ掛かっていた》


 フェムノがぼそりと言う。


「距離は?」


《遠くだ》


「うーん、まぁ、魔物に先攻出来るのはありがたいな。このまま進もう。バン、俺達に気にせずに撃ってくれ」


「分かった」


「よし、進もう」


 セルカを先頭に進む、迷宮内が異常に静かなせいで砂を踏む微かな足音が五月蝿く感じられる。


 しばらく行くと、道の端に魔物の爪が転がっていた。


 セルカがそれを拾い上げる。


影縫い狼シャドウウルフか、バンが撃ったのはこれか?」


「分からんが、数は3体撃った」


「マジか、あ、ほんとだ」


 すぐ近くに同じ爪が2つ落ちている。


「スゲーな、コイツって気配を消すのが上手い魔物だけど」


 セルカが手の中で鋭い爪を転がす。


「森の中なら難しいかも知れん、遮蔽物のない一方通行の道だから気付けた。セルカ、それが言っていた依り代・・・か?」


「あぁ、そうだ。1階層じゃあんまり魔力が込もってないからそんなに価値はないけどな」


「そうか、見せてくれ」


 セルカが「はいよ」と返事をしてバーンダーバに爪を渡した。


「これが依り代か、どうやってこれから魔物を具現化しているんだろうか?」


「さあな、魔法都市の魔法使いがいくら調べてもわかんねぇくらいだから。神のみぞ知るってヤツさ」


 セルカは興味なさそうに肩をすくめる。


「貰ってもいいか?」


「もちろん」


 バーンダーバが嬉しそうにレザーコートの内ポケットに魔物の爪を仕舞うのをセルカが可笑しそうに見る。


「んじゃ、行こう」


 セルカが進行を再開する。


 通路は緩いカーブを右へ左へ変えながらどこまでも続く。


 時折、道が二手に分かれたりするがセルカは迷いなく進んでいく。


 進みながらも、バーンダーバが矢を飛ばす。


 セルカが1階層の半分を進み終えた辺りでまだ魔物・・を見ていない事に、今回の迷宮探索に今までにない異様さを感じた。


 結局、魔物の姿を見ないままに1階層の終わりを告げる階段が見えた。


「階段途中のセーフゾーンで飯にしよう」


「分かった」


 階段を下りていくと途中で右側にぽっかりと開けた空間があった。


「ここには魔物は入ってこない、休憩だ。今日はここで飯食ってちょっと寝よう」


 懐から懐中時計を取り出す、時間は午後6時をさしている。


 夜明けから行動を始めている、まだ早いが2階層に入ってしまうと次のセーフゾーンまではまた10時間前後はかかる。


 ここで休んでおかないと体が持たない。


 セルカがその場にドカッと腰を下ろし、リュックから乾燥した肉やら果物やらを取り出す。


「誰かこれに水出してくんない?」


 セルカが鍋を出した。


「はい、私が」


 フェイが鍋を水で満たすとそれを網の上に置いて火の準備をする。


「火は魔法で起こさないんですね」


 セルカが草に火打石を擦る。


「あぁ、魔力はできる限りの節約しとかないとな。迷宮の中じゃそれが生死を分けるかもしんないから。水は流石に持ち歩いたらかさばるからアレだけど」


 喋りながらも、リュックから出した食材をちぎっては火にかけた鍋に放り込んでいく。


「バン、アンタのせいで暇だから次の階層に行ったら弓は禁止だよ」


《我も暇だ》


 ぼんやりとセルカを見ていたバーンダーバがロゼの方を見る。


「だが、それだとセルカが危険ではないか?」


「大丈夫だよ、アタイを信用しな」


《我も暇だ》


「ふむ、セルカは構わないか?」


「もちろん、このまま魔物全部バンが倒しながら進んで行ったらロゼとフェイの戦い方が見れないもんな。それもまずいっちゃまずいし、まずはロゼが戦って、その後でフェイにもお願いしよう。戦力の把握は大事だ」


 バーンダーバがウンウンと頷く。


「なるほど、確かにな。ではそうしよう」


「ほい、たいして旨い物でもないけど」


 セルカが鍋のスープをよそって渡す。


「ありがとう」


 中身は乾燥させていた野菜や肉が少し浮いているだけの簡素なスープだ。


 一口啜ると、疲れた体にじわりと染み渡るような心地がした。


「美味しいな」


「そりゃどうも」


「セルカはなぜ魔力や闘気を使えないのに迷宮へと入るんだ、危険だろう?」


 スープを啜っていたセルカがバーンダーバを見る、嫌な顔はしていない。


「そりゃあ、魔力と闘気を使えるようになりたいからさ。しらないのか? 魔力濃度の濃い場所にいると体の中の魔力を貯める何とかって器官が活性化してグルマも魔力が使えるようになるんだ」


「そうなのか、そこまでして冒険者になりたいのか?」


 言われてセルカは天井を見上げた。


「うーん、別に冒険者になりたい訳でもないんだけどな。自由な職業の代名詞が"冒険者"だろ? 俺って結構お堅い家で育ったからさ、自由が欲しくて家出して、冒険者にでもなろうと思ったら今度は"グルマ"のせいで自由が制限されてる気がしてさ。それなら魔力を扱えるようになってやんよって思ってこんなことしてんだよ」


 バーンダーバがセルカの顔をじっと見る。


「な、なんだよ」


「困難に向かい、決断し、行動する。それを英傑と言うのだと魔王様が言っていた。聞いた時はあまりピンとこなかったが、今、意味が分かった気がしたよ」


「ばっ、真顔で恥ずかしい事言ってんじゃねーよ。もう寝るぞ、今日の探索はここまでだ」


「良いこと言うじゃないかバン」


 ロゼが嬉しそうに笑っている。


「いや、言ったのは魔王様だ、私じゃない」


「バカだね、アンタに言ったのは魔王でも、セルカに言ったのはアンタだろ」


「まぁ、そうなるか」


 セルカはどんな顔をして話を聞いていいか分からず狸寝入りを決め込んでいる。


 が、顔は少しほころんでいる。


「私達も休もう」


 バーンダーバは自分のリュックを枕に、レザーコートを羽織って横になった。


 バーンダーバは久しぶりに入った迷宮が、以前に籠っていた時とは違って居心地が悪くない事に少し不思議に思いながら目を閉じた。

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