迷宮に惹かれて。1
「……」
セルカが龍の姿のロゼを見上げて口をパクパクとさせる、朝日に照らされたロゼの姿は神々しく輝いている。
現在、バーンダーバ一行はダイナスバザールの北門を出てしばらく歩いた草原地帯にいる。
『どうした、早く乗るがいい』
地響きのようなロゼの声にセルカがビクッと反応する。
「…… の、乗るがいいったって」
セルカがバーンダーバを見る、その顔は「昨日の内に言っとけよ」と訴えているが、バーンダーバは気付かない。
「景色は最高だ、道案内はセルカだから先頭に乗ってくれ」
「いや、そうじゃなくて。レッドドラゴン、なのか?」
『左様だ、この世に我ら以外に紅い鱗を持った龍族はいない』
轟くようなロゼの声にまたセルカが竦み上がる。
「えぇっと、本当に、乗らせて頂いてもよろしいんでしょうか? 恐れ多いというか、なんですが」
龍を前に愛想笑いを浮かべている自分が滑稽に思えるセルカ。
『構わぬ、さっさと乗るがいい』
「バンさん、なんでロゼさんの口調が全然違うんだ?」
小声でセルカがバーンダーバに耳打ちする。
「なんでも、龍に戻ると気分がガラリと変わるそうだ。前に"別人"と思えと本人も言っていた」
セルカはなにかを考えているが、意を決してロゼの元へと歩いていき跪く。
「では、失礼して乗せて頂きます」
『うむ』
ロゼの後ろ足に足をかけ、よじ登るように背中に上がる。
セルカの後ろにバーンダーバがひらりと座り、フェイはバーンダーバに手を取られ引っ張りあげられる。
《小僧、首の付け根の鱗を触ると怒るから気をつけろ》
フェムノの言葉にセルカが青くなって回りを見る。
『魔剣よ、嘘を教えるな。セルカ、気にせずにしっかりと掴まっておけ』
ロゼが翼を動かすと足が地面からフワリと離れる。
「うおぉ、おお! うほー!」
ぐんぐんと空を登り雲を掴めるほどの高さにセルカが歓声をあげる。
《五月蝿いぞ小僧》
「すみません、だけど、この景色はスゴいな」
『お好みなようで私も嬉しい。さぁ、目的地の方角を教えてくれ』
「あ、ここから北に進むと切り立った山脈があるんですけど、ダイナスバザールから道なりに行けば山脈を抜けやすい場所があるんです。そこを抜けたら左手に山脈沿いに進めば地面にぽっかりと穴が開いてます、それが入り口です」
『あい分かった』
ロゼが翼を強く打ち、さらに速度を上げる。
「すげぇ、空を飛ぶってこんな感じなのか。世界が違って見えるな」
「私もだ」
遠くに荒野が見えてくると、ふとセルカが口を開いた。
「魔界はどんな所なんだ?」
景色を眺めているとなんとなく、思い付いた疑問。
セルカがちらりと後ろに座るバーンダーバを見る。
「魔界か、これから行く荒野に似ているな。何もない、見えるのは砂と岩。思えば色も少ないな、空は暗く、大地は赤茶けている」
セルカは昔に読んだ絵本の、悪いことをしたら連れていかれるという地獄の絵を思い出した。
「そっか、ヒデェんだな」
「そうだな、セルカはなぜ私をそんなに簡単に受け入れられたんだ?」
またセルカはちらりとバーンダーバを見る。
「なんだよそれ?」
「私は魔族だ、現界で会う人にそれを伝えれば敵意を向ける者が多い。当然の話だろう、私の主だった魔王様が現界に攻め入ってからまだそう時も経っていない。セルカは魔族に、怨みは、ないのか?」
バーンダーバの言葉の最後は途切れ途切れになった。
「…… 俺はこの大陸の西の方の出身なんだ、海の近くだ。だから、魔族が侵攻してきた時にすぐに西大陸の帝国領に避難出来た。確かに国に帰ったら酷い有り様でムカついたのはムカついたけど、まだ12のガキだったしな。実際に魔族をこの目で見たわけでもないからなぁ、だからじゃねーかな、バンさんが魔族って言われてもなんか実感ねぇし。なんならその辺の冒険者よりバンさんの方がカラみやすいくらいだな」
そう言うと、セルカは何が可笑しいのかケタケタと笑った。
「…… そうか」
バーンダーバはなんでもなさそうな顔で地面に視線を移した、フェイはその顔が実は嬉しそうなのに気づいてなにも言わずに笑顔で見守る。
『セルカよ、あれが言っていた穴か?』
地面に目を向けると、荒野の真ん中にぽっかりと穴が開いていた。
それはまるで罠を張って待つ捕食者の様な雰囲気を放つ、奇妙な大穴である。
「そうです、スゴいな、太陽がまだ真上にも来てない」
ロゼが大穴に向かって高度を下ろす、大穴の隣に降りると姿を人間に変えた。
「やっぱり飛ぶのはスカッとするね」
長い手足を伸ばす。
「ご苦労様です」
「なにかしこまってんだよ」
ロゼが頭を下げるセルカの首に腕を回して捕まえる。
「ちょちょっ」
ビキニアーマーの胸に頬をぐいぐい押し付けられてセルカの顔が真っ赤になる。
「あらやだ、反応がウブだねぇ」
ロゼがニヤッと笑う。
「か、からかうなよ」
ロゼの腕から離れたセルカが掴まれていた首を撫でる。
「セルカ、この迷宮はどれくらい広いんだ?」
ロゼとセルカの悶着に全く感心を示さずに、バーンダーバが大穴の中を覗き込む。
地面にポッカリとあいた丸い穴には、階段が楕円に延びている。
中は暗く、なぜか階段だけがぼんやりと光を放っている。
「最下層は5つ目って言われてる、一応、地図は持ってきてるけど載ってるのは3つ目の階層までだ。食料にはかなり余裕があるけど、今回は様子を見ながら3階層までを目標にしよう。だけど、俺の判断で引き返す場合もある。いいな?」
「分かった」
「陣形はどうする? 先ずは俺が先行してトラップを探すけど戦闘になった場合は? 俺は後ろに引っ込むしか出来ないぜ」
「アタイがセルカの後ろにいるよ、フェイが真ん中、バンが1番後ろで弓で援護。それでいいだろ?」
「問題ない」
《我は前がいい、魔物を斬りたい》
「フェムノ、わがまま言ったらダメですよ」
「アタイが使ってやろうか?」
《嫌だ、ガサツな龍なんぞに我は握らせんぞ》
「フェイ、ちょっとソレ貸しておくれ。真ん中からへし折るから」
「待て待て、今のはフェムノが悪いぞ。セルカはどう思う?」
「あー、ロゼさんの言った陣形が良いんじゃないかな。フェイさんは聖剣を使って回復も出来るんなら真ん中の方がいいかと」
《裏切ったな小僧! 貴様、さっきのロゼのおっぱいでひよったんだろう!》
「よせフェムノ、セルカが下心で選ぶなんて。お前じゃあるまいし」
《どういう意味だオッサンエルフ!》
「分かりました、それじゃあ状況に応じてフェイさんとロゼさんを交代しましょう。それでいいですか?」
《ちっ、まぁいいだろう。それで手を打とう》
「全くウルサイ魔剣だね、セルカ、こっからは気を使わずにね。普通に喋んな」
「あー、分かりました。よし、じゃあ、もっかい確認しとくけど。迷宮の中じゃ俺に従ってくれ、いいな?」
「分かった」
バーンダーバの返事を聞いて、セルカが迷宮の階段に足をかけた。
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