冒険者の暇。
「フェイ、バンに惚れてんだろ?」
「へえっ?」
フェイの素っ頓狂な声が湯気の中に響く。
いつもは照れるとすぐに赤くなる耳が今は既に赤い。
フェイとロゼは冒険者ギルドに併設されている宿のお風呂場で並んで湯浴みをしていた。
すると唐突にロゼがそんな質問を始めた。
フェイはなんと言って良いか分からず、ロゼの顔を見たまま固まる。
「どうなんだい?」
ロゼの表情は好奇心から茶化したり馬鹿にすると言うような物じゃなく、真剣な顔をしていた。
「ロゼは、本当にバンと、その、
フェイはロゼから視線を外し、ボソリと質問に質問で返した。
「今はアタイの話じゃないだろ? アンタの事を聞いてんだよ、フェイ」
「どうして急に?」
のらりくらりと躱そうとするフェイにロゼが「ふん」と鼻を鳴らす。
「アンタのバンへの好意は見てとれんだけどね、なんだか、やたらにバンの邪魔にならないように気を使ってんのが気になってね」
言われてフェイが思った事は(よく見てるな)だった。
確かに、フェイはバーンダーバの邪魔にならないように気を使っている。
自分でも、その自覚はある。
「そうですね、バンにたいして、好意は確かに抱いてると思います。ですが……」
桶に張ったお湯に視線を落とし、そこに写った自分を見つめる。
自信の持てない自分を。
「なんだい? はっきり言いなよ」
「…… それが、今の私の想いが本当にバンを想っての事なのかに、少し疑問を持ってるんですよね」
自分でも分からない自分の想い、フェイはお湯に写った自分の顔を見ていても、その答えは出ない。
「…… どういう事だい?」
フェイはお湯を張った桶を見つめながら、しばらくしてから口を開いた。
「バンって、アルセンに、勇者に凄く似てるんですよ」
「それは、フェムノの言ってたアンタを捨てて他の女に走ったっていう?」
ちらりとフェイがロゼを見る。
ロゼの眉間には皺がよっている、フェムノは全員の勇者の因縁をロゼに出会った時に面白おかしく喋っているのでフェイの事情もロゼは知っている。
「そうです」
「ふーん、どんなところが?」
フェイは眉間にシワを寄せてあからさまに(
ロゼの表情をちらっと見たフェイだが、とりあえず話を続ける。
「性格も似ているところがありますね、好奇心旺盛だったり、強いのに温厚だったり。でも、1番似ているのは……」
そこでフェイは俯いた、妙な罪悪感で胸がじわりとくすんでいく。
「どこなんだい?」
「…… 顔なんですよ、もうそっくりで。最初にあった時は本当にビックリしました」
フェイの顔はなんとも言えない苦笑いになっていた。
ロゼはまた「ふーん」と鼻を鳴らす。
「だから、ちょっと複雑で。 バンの事が好きなのか、アルセンの事を引きずってるだけなのか……」
初めて言葉にした、言葉にして、やはり確信を持てないでいる自分がまた少し嫌になった。
「やっぱアレだね」
ロゼの顔を見るといたずらっぽく笑っている。
「
……
…………
「ふふ」
「ふん」
「あはははははっ」
笑うフェイを見てロゼはニヤニヤしている。
「だろ?」
「そうですね、そうしましょう。 私、アルセンに「君とは一緒になれない」って言われた時、謝ったんですよね。「気を使わせてごめん」とかって、馬鹿ですよね。 なんであんなこと言ったんだろ」
笑いながら、フェイは瞳に涙を浮かべていた。
ロゼはフェイの背中をパチンと叩いた。
「いたっ!」
「泣いてんじゃないよ、後悔したってしょうがないじゃないか。吹っ切りたいんだろ? それなら前を向いてどうにかする方法を考えるんだね」
「…… はい」
泣くフェイの背中をバシバシとさらに叩いてロゼは立ち上がった。
「いや、見てたら焦れったくてね。なんでバンにちょっかいかけないんだい?」
「ちょっかいって、その」
フェイがモゴモゴと口のなかで言葉を噛む。
「焦れったいのは長命種の悪いところだね、っていうか。アンタは里を出ちまったんだからエルフでもそんなに長生きは出来ないんだろ?」
「はい、里を出たエルフは、普通の半分も生きれないと言われてます」
それでも、1000年を超えて生きるエルフ族なので人の一生と比べれば長い物であるのは間違いない。
「そんなら、"命短し恋せよ乙女"ってね。フェイ、言っとくけど、あんまりグズグズしてたらアタイがバンを盗っちまうよ」
ニヤリと笑ってロゼは先に風呂場を後にした、その後ろ姿を見送ったフェイは「くすっ」と笑って桶のお湯をざばっと頭から被る。
顔を拭って髪の毛の水気をギュッと絞るとその顔は少し笑顔になっていた。
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「料理ってのは美味いもんだね」
麗しい見た目とは裏腹にロゼが手づかみで料理を口に運びながらガツガツと食べる。
今、買い物から帰ってきたバーンダーバとセルカも一緒に冒険者ギルドの酒場で4人で食事を取っている。
「あの、ロゼ。ヒュームに混ざって食事をするならナイフやフォークを使った方が…… あの、目立ちますし」
ビキニアーマーに身を包んで手づかみで飯を食うロゼに回りの目が集まっている。
「あぁ、悪い悪い。 知らないわけじゃないんだけどね、ほとんど300年くらいずっと龍の姿でいたからうっかりしてたよ」
ロゼは布巾で口と手を拭いてナイフとフォークを取り上げて食事を再開した。
「おい、龍ってなんの話だ」
引きつった顔で見ていたセルカがバーンダーバの顔を見て尋ねる。
「あー、その話は明日にしないか? 見るのが早い」
バーンダーバがはぐらかす、昨日の冒険者ギルドへと降り立った時の大騒ぎを思い出して苦笑いを浮かべた。
「ははは、聖剣の他にまだなんかあんのかよ」
「そうだな、楽しみにしておいてくれ。明日は明け方に街を出るんだろう? 楽しみだ、門が開くと同時に出発しよう」
バーンダーバが遠足前の子供のようにソワソワしているのを見てフェイが笑う。
「そんなもん、アタイの背中に乗ってきゃあいいじゃないか」
ローストチキンを頬張りながらロゼが不思議そうな顔をする、まるで昨日の光景を大騒ぎとは思っていない。
「いや、アレはもう街中ではしない方がいいだろう」
「私もその方がいいと思います」
「いや、どういう事だよ」
流石に意味の分からない会話にセルカがジト目になる。
「明日、その目で見てくれ。良い景色が見られるのは保証する」
「だからなんだよそれ、全く、よく分かんないパーティに入れられたもんだな。 俺はもう寝るよ、明日はここで朝飯食ってから出発しよう。 じゃあな」
呆れた顔でセルカが立ち上がる。
「すまない、明日になれば疑問に答えよう」
バーンダーバの言葉にセルカは手をひらひらとさせて去っていった。
「なんだい、別に喋ったっていいんじゃないのかい?」
ロゼの言葉にフェイとバーンダーバは微妙な表情で応えた。
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