誘導者。2

「セルカ、これはなんだ?」


 バーンダーバが露店商で樽いっぱいに入った石を指差す。


「バンさんよ、悪いんだがちょっと黙ってて貰えないか?」


 何度目か分からないバーンダーバの質問にとうとうセルカが降参した。


 最初は質問に答える度に


「よく知っているな」

「詳しいな、ではこっちは?」

「ほー、なるほどな。 説明が分かりやすくて助かる」


 など、煽てられているようでセルカも最初は気持ち良く話していたが質問は既に10数回に及び段々とうんざりしてきて今に至る。


「すまない、邪魔になっていたか」


「いや、邪魔って程じゃないんだが」


 セルカはしゅんとなるバーンダーバを見てなんだか自分が悪いような気にさせられる。


「お主が聞けばなんでも答えてくれるのが楽しくてついな、すまなかった」


 まるで叱られた子供のように肩を落とすバーンダーバ。


「そんな顔すんなよ! ったく、それは夜行石だ。日中、たっぷり光に当てておけば一晩は淡く光ってくれる石で、光のない迷宮なら帰り道の印になる」


「ほほう、便利だな。買っていかないのか?」


 けろっと笑顔になってバーンダーバが石を取り上げ、太陽にかざす。


「今回の迷宮に灯りは必要ない、さ、備品もこんなもんか。食料も買ったし、準備完了だ」


 セルカの背負っているかなり大きな籠がほとんどいっぱいになっていた。


「凄い量だなやはり半分持とう」


「だからいいってば、雑に入れてるから余計膨らんで見えるんだよ。これでもかなり少なくなるようにしてんだぜ。迷宮探索中、食事は一人当たり1日に約400グラム摂取する、乾燥させた物ばっかりでな、今回は4人だから1日で1600グラム。 それを日数でかけると11200グラム、食料だけで約11キロ。 その他に塩コショウやら香草、今回は優秀な回復術士がいるからポーションは少なめでいいけど。 それでも無しって訳にはいかないからな、後は探索に必要な小物なんかも入れたらどうしてもこうなる」


 大きな荷物を背負い直しながらセルカが話す、最初にも「半分持とう」とバーンダーバは言ったが「荷物運びは誘導者ナビゲーターの仕事だ」とすげなく断られている。


「セルカがいれば迷宮でも困ることは無さそうだな」


「煽てんなよ、迷宮は初めてなんだろ? あの中じゃ一瞬の油断が命取りだ。ま、口で言っても伝わんないだろうけど。ギルドマスターに推されるような冒険者だから腕には自信があるんだろ? 自信があるのはいいけど、あんまり迷宮を舐めてかからない方がいい」


「うむ、肝に銘じておこう」


 バーンダーバが真面目な顔で頷くと、それをまた意外そうな顔でセルカが見返していた。


「おぉ、また今度は誰の金魚の糞をしやがるんだ! セルカちゃん」


 後ろからデカい声で呼ばれ、バーンダーバとセルカが振り返る。


 視線の先には冒険者と思しき4人組の男がこちらを見ていた。


 その中の腰に2本の剣を差した男が感じの悪い笑みを浮かべてセルカの名を呼んだ。


 セルカはあからさまでは無いが男の顔を見て表情が歪む。


「グルマの分際で冒険者の真似事なんかしてんじゃねーよ! 目障りなヤローだな」


 近づいて来るとわざと人に聞こえるような大きな声で喋る。


「グルマとはなんだ?」


 そこへすかさずバーンダーバが聞いた。


「バンさんよ、こんな時まで質問かよ」


 セルカが呆れた顔になる。


「おい、なにシカトこいてんだよ」


 男がセルカの胸ぐらを掴んだ、その手をバーンダーバが上から掴む。


「なんだてめぇ」


 男がバーンダーバを睨みつける。


「バンさん、この人達は銀等級でもかなり腕の立つ冒険者だ。 やめといた方がいい」


 セルカがバーンダーバに向かって首を振る。


「そういうこった、痛い目見たくなきゃ手を離せ」


「手を離すのはお主の方だ、大方、依頼でもしくじったのだろう? 前にそれでこんな風に絡まれた事がある」


 バーンダーバは凄むでもなく淡々と話している。


「いい度胸してんな、やろうってのか?」


 腕を掴まれた男がバーンダーバに凄むが、とうのバーンダーバはいかに暴力を使わずに事を済ませるかで頭がいっぱいだ。


 が。


「ふむ、向かってくるなら相手になろう」


 結局、何も浮かばなかったのでギルドマスターの言葉に従う事になった。


 バーンダーバのその言葉を聞いた途端に後ろにいた別の男が殴りかかってきた!


 バーンダーバは腕を掴んでいた男を放り投げた、投げられた男は殴りかかってきた男と一緒に5〜6メートルは吹っ飛んだ。


 残りの2人も殴りかかろうとしていたがそれを見て動きが止まった。


「ゲホッゲホ、っくそ、なめやがって!」


 投げられた男が立ち上がり、腰の剣を引き抜いた。


「おい! 剣まで抜くなよ!」


 セルカが叫ぶ。


「うるせぇ!」


 男がいきり立って剣を下段に構えて突っ込んでくる、バーンダーバはそれを構えもせずに迎える。


「あぶなっ!」


 セルカの悲鳴よりも速くバーンダーバの矢が男の剣を根元から射抜いて折っていた。


 その場の誰もがバーンダーバが弓を具現化し、構え、撃つまでの動作が全く見えなかった。


「な、に……」


 男は折れた剣を見て数瞬固まったが、すぐにもう一本に手をかけた、が、既にそちらも折られていた。


 折れた2本の剣を信じられない表情で見つめた後、ゆっくりと視線を上げてバーンダーバを見る、男の額に玉の汗が浮かぶ。


「まだやるのか?」


 やはり、凄むでもなくバーンダーバは言う。


「い、いや、悪かった」


 柄から手を離し、そのまま両手を上げる。


「謝る相手が違うな、私ではなくセルカに謝るべきだろう」


 さっきまで凄みの無かったバーンダーバの声がやや低くなる。


「すまなかったセルカ、謝るよ」


「他の者も謝るべきではないのか?」


 後ろの男達をバーンダーバが冷ややかに見つめる。


「いや、いいよバンさん。 もうよそう」


 たまらずセルカが止めた。


「ふむ、セルカがそう言うならよいが」


「アンタ、一体何者だ?」


 剣を折られた男が両手を上げたまま聞いた。


「私は冒険者だ、まだなりたて・・・・だがな」


「ルーキーか、パーティは組んでるのか?」


「あぁ、勇者のケツを蹴れブレイバーキックアスだ」


 聞いた男の口角が上がった。


「ははっ、面白い名前だな、覚えとくぜ」


 その言葉を最後に4人組は去っていった、その後ろ姿を眺めながらバーンダーバはため息混じりに「ままならんな」と呟いた。


「あー、ありがとう。 助かったよ」


 バーンダーバのあまりの圧倒的な強さにセルカの顔がこわばっている。


「いいんだ、それより、グルマというのはなんだ?」


「あ、あぁ、グルマってのは」


「兄ちゃん強いねー、見ててスカッとしたよ!」


 不意に乾き物の露天をしていたおっちゃんが大きな声でバーンダーバに話しかけた。


「いや、騒いですまなかった」


 笑顔でバーンダーバが答える。


「冒険者ってのはあんな威張った奴が多いんだが、兄ちゃんは雰囲気が全然違うね。 ほれ、サービスだ。 持ってきな」


 おっちゃんはバーンダーバに干し肉を1束投げた。


「おぉ、美味そうだな! いいのか?」


「お兄ちゃん、これも持っておいき」


 後ろから果物の露天のおばちゃんがリンゴを2つバーンダーバとセルカに手渡す。


「ありがとう、綺麗な色の実だな」


 バーンダーバが赤いリンゴをしげしげと眺めて嬉しそうな顔をする。


「アタシも見ててスカッとしたよ、ちょっと強いからってグルマを馬鹿にするなんてね。あの連中、気に入らないったらありゃしない」


 おばちゃんはプンプン怒っている。


「そのグルマというのっ」


 言いかけたバーンダーバの背中を押してセルカが歩き出した。


「それは後で俺が教えてやるよ、おばちゃん、おっちゃん、いっつもありがと。また来るよ」


「あぁ、セルカ。あんまり無茶するなよ」


 おっちゃんが去っていくセルカの背中に叫んだ。


「うん、それじゃ」


 バーンダーバを半ば引っ張るようにセルカが市場を後にする。


「グルマってのはな」


 ひとしきり離れてからセルカが話し出した。


「闘気を纏えない、魔力も操れない人間の事だ。だから俺は誘導者ナビゲーターなんてやってんだよ、大抵の冒険者は俺達ナビゲーターを軽んじる。金魚の糞やら、荷物持ちやら言われてな。初対面で握手されたのはアンタが初めてだ」


「なるほど、それをあの4人は馬鹿にしていたのか」


 バーンダーバが合点がいったという顔になる。


「ふん、アンタも馬鹿にする口か?」


 セルカの目付きが鋭くなる。


「私は馬鹿にはしない、そんな事になんの意味も無い。力無い者を馬鹿にする者はどこにでもいる、そうだな、理解は出来る。自分よりも劣る者を見て声を上げれば優越感を得られるからな」


 バーンダーバは言葉をきり考えるポーズになる。


「だが、愚かな事だ。他人を見て優越感を得ても敵を作るだけだ、私は敵など作りたくは無い。"力は戦う為にだけ使え、力をひけらかして他人を見下すな"。まぁ、受け売りの言葉だが。セルカ、お主からは学ぶことが多い。 私はお主と友になりたいとは思っても敵になりたくは無い」


『バン坊、魔族も人間も、見下しゃ怨みしか買わねぇ。敵が増えるだけだ。いいか、力を持てばそれは戦う為にだけ使え。力をひけらかして他人を見下すな。知識だってそうだ、知識を得りゃあそれはひけらかすんじゃなく、実践的に使う事だけ考えな。聞かれてもねぇ知識をひけらかすなんざ馬鹿のやることだ』


 バーンダーバは魔王の言葉を思い出した。


 セルカはバーンダーバの話しを暫く頭の中で反芻するとバーンダーバの方を向いてニッと笑った。


「悪くない考えだ、嫌いじゃないぜ」


 セルカは足取り軽く、冒険者ギルドへと歩きだした。


 バーンダーバの質問に笑顔で答えながら。

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